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六人乗りの車の巻


「まだ右の籠手(アニマ )を使いこなせていないようだな」


 『美桜』が立ち去って数分後。

 酒乱天使の治療を受けるボロボロの教主様を眺めながら、息を整えていると、脳筋女騎士が声を掛けてきた。


「真の姿とかけ離れた心器(アニマ)は、使用者の心身を蝕む。今さっきお前が使った龍の心器(アニマ)は二度と使わない方がいい。無駄に体力とメンタルを消費するだけだ」


 脳筋女騎士曰く、俺は間違った進化を遂げてしまったらしい。

 重苦しい溜息を吐き出しながら、身体にのしかかる疲労感に嫌悪しながら、俺は脳筋女騎士の方に視線を寄せる。

 そして、彼女に疑問を呈した。


「なあ、……何で『美桜』を追いかけなかったんだ?」


「理由は二つある」


 黄ばんだ空を仰ぎながら、脳筋女騎士は白い息を吐き出す。

 彼女の瞳には『美桜』の姿は映し出されていなかった。


「一つは、『美桜』とやらの本体がこの場にいなかったからだ。ここにいた『美桜』は水面に映る鏡像のようなもの。幾ら私達が攻撃した所で、本体に傷一つ与える事はできない」


「つまり、……さっきの『美桜』は分身だったのか?」


 ここに来る前に喧嘩した『美桜』の分身を思い出しつつ、首を傾げる。

 確か俺と喧嘩した『美桜』の分身は化物みたいな姿をしていたような。


「分身ではない。ヤツの姿を魔力で再現した『影』のようなもの……と言っても、ピンと来ないか。立体映像のようなもの……と喩えたら分かるか?」


「立体映像のようなものだったら、何で教主様をボコボコにできるんだよ」


「あの立体映像には膨大な魔力が込められていた。神域に至っていない者だったら、立体映像に込められた魔力で返り討ちにできる」


「なら、何でそれを分かった上で、教主様を『美桜』に嗾けたんだよ」


「それがアイツの選択だからだ」


 酒乱天使の不思議な力により、教主様──フィルは死の淵から脱する。

 しかし、完全に傷は癒えていないのか、彼の顔は青褪めていた。


「あの立体映像は本体と繋がっている。攻撃は届かなくても、言葉は本体に届く。故に彼は『美桜』とやらを言葉だけで止めようとした」


「……その結果がアレか?」


 荒い呼吸を繰り返す教主様を睨みながら、俺は右の拳を握り締める。

 となりにいる脳筋女騎士はというと、表情一つ変えようとしなかった。


「お前が彼に挑戦しろと言ったんだ」


 黄ばんだ空から目を逸らした脳筋女騎士──アランは俺に視線を向ける。

 彼女の目からは強い光が放たれていた。


「ダメだった時はお前がどうにかするんだろ?なら、責任を取って、フィルの尻拭いをしろ」


 以前、金郷教騒動の時に口にした自分の言葉を思い出す。

 自分の言葉をゆっくり噛み締めながら、俺はアランから目を逸らした。


「……言われなくても、そのつもりだ。急いで『美桜』を追いかけよう。何もかもが手遅れになる前に」


「『美桜』とやらを追いかけなかったもう一つの理由。それはこの騒動の行く末をお前に委ねているからだ」


 アランの眼光が肌に突き刺さる。

 その眩しさに目を背けながら、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。


「この騒動を本当の意味で解決できるのはお前だけだ。フィルは役目を果たした。次はお前が役目を果たす番だ」


「………分かっているよ」


 先生の顔と『美桜』の顔が脳裏を過ぎる。

 『美桜』を止めなければ、大変な事が起きる。

 それを分かっているにも関わらず、俺の心と身体は鉛のように重かった。

 

(…………俺に、『美桜』を止める資格があるのだろうか)


 かつての美鈴の姿を思い出しながら、復讐を誓う『美桜』の姿を思い出しながら、地下室にいた子ども達の成れの果てを思い出しながら、俺は拳を握り締める。

 止めなければならない。

 『美桜』を止めなければ、『美桜』は取り返しのつかない罪を犯してしまうか。

 『美桜』を含む沢山の人の幸福を願うのならば、止める事が最善である筈だ。

 けど、『美桜』を追い詰めた大人達も救う必要があるのだろうか。

 そもそも俺は違う世界から来た人間だ。

 『美桜』を止めた後、俺は元の世界に戻らなければならない。

 この世界の『美桜』を止める事はできても、本当の意味で彼女を救う事ができないのだ。

 俺に止められた後の『美桜』は、どうなるのだろうか。

 いい大人に拾われるだろうか。

 元の世界にいるバイトリーダーみたいに成長してくれるだろうか。 

 もしかしたら悪い大人達に拾われてしまうかもしれない。

 彼女は今以上に不幸になってしまうかもしれない。

 俺達が元いた世界と今俺達がいるこの世界は『細かい違いはあるけど、大きな流れは殆ど同じ』だ。

 きっと俺が空気を読んで動いたら、元の世界と似たような結末に陥るだろう。

 始祖ガイアの力を有した『美桜』を失う事で、金郷教という組織は勢力を弱めてしまうだろう。

 多くの人を救いたいのなら、空気を読んで動くべきだ。

 けど、俺の行動で『細かい違い』が生じてしまったら?

 その『細かい違い』で不幸にならなくて良い人間が不幸になってしまったら?

 数多の疑問が俺の歩みを阻害する。

 ああ、結局こうだ。

 小さい頃から──先生に立派な大人のなり方を尋ねた時から何も成長していない。

 

「本当に分かっているのか?」


 自問自答で足踏みしている俺に脳筋女騎士が問いかける。

 すると、遠くから聴き慣れた声が聞こえてきた。

 視線を向ける。

 声の主は啓太郎だった。


「司っ!何があった!?」


 六人乗りの車から降りてきた啓太郎が俺の下に駆け寄る。

 俺は説明した。

 『美桜』が何かしようとしている事を。


「魔力から察するに、『美桜』とやらは此処から数十キロ離れた所にいる」


 俺が説明を終えた途端、脳筋女騎士が『美桜』の居場所を教える。


「ジングウツカサ。車で移動する。移動している間に心器(アニマ)を完成させろ。本当に『美桜』とやらを止めたかったら、な」


 そう言って、脳筋女騎士は俺の首根っこを掴むと、啓太郎が乗ってきた六人乗りの車に引き摺り込む。

 案の定、車の中には美鈴がいた。

 

「じゃあ、この世界の『美桜』くんの下に向かうぞ。アラン、正確な場所を教えてくれ」


 美鈴と軽く会釈を交わしている内に、啓太郎は『助手席』に座り込む。


「おい、啓太郎。何でお前、運転席に……」


「──私が運転するからだ」


 聞き覚えのある声が俺の脳を強く揺さぶる。

 すぐさま運転席に座る人物に視線を向ける。

 そこにいたのは、一番会いたくない人だった。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイント・感想・いいねを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方といいねを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は来週金曜日22時頃です。

 公募小説に注力するため、再来週はお休みさせて貰いますが、ちゃんと最後の最後まで更新するのでお付き合いよろしくお願いします。

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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