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「とっくの昔に救われていた」の巻

 黒を基調とした異空間。

 辺り一面に散らばった極光の塊が周囲を淡く照らす。

 そんな神秘的とも言える場所で、俺と啓太郎は褐色の青年と睨み合っていた。


「……啓太郎、ヤツを殺すつもりで挑め。じゃないと、ヤツに勝てないぞ」


「君達みたいな万国びっくり人間ショーに参加できる程、僕は人間を辞めていないぞ」


「おい、さり気なく俺を化物扱いしたよな?」


「君の勝利を陰ながら祈らせて貰おう。司、僕を巻き込むな」


「うっせー、お前が闘う事は決定事項だから。お前がいねえと、一瞬で終わらにねえんだよ」


 目の前にいる褐色の青年を睨みながら、俺は右の拳を握り直す。

 ──魔法みたいな不思議な力を一切使わない彼に右の籠手は通用しない。

 全ての魔を払い除ける右の籠手──アイギスが有効打になり得るのは、相手が魔法使いの時だけだ。

 加えて、彼の体術と洞察力は俺のものを優に上回っている。

 結論だけを述べると、褐色の青年は俺の天敵なのだ。

 1対1でヤツに勝つ事はほぼ不可能。

 負けないようにするのが精一杯だ。

 長期戦に持ち込めば勝てるかもしれないが、今の俺にそんな事をやっている余裕も暇もない。


 だから──

 

「司、僕は平凡なお巡りさんだ。その上、君や先輩みたいに喧嘩のプロでもなければ、キマイラ津奈木達のような魔法使いでもない。そんな僕が君の役に立てると本気で思っているのか?」


 いつも以上に弱音を吐きながら、啓太郎は視線を褐色の青年の方に送る。

 俺の発言とガラスの竜の忠告を間に受けているのか、褐色の青年は啓太郎にも敵意を向けていた。


「なあ、そこにいる君も何か言って……」


「──松島啓太郎、今すぐ三文芝居を止めろ」


 眉間に皺を寄せながら、褐色の青年は啓太郎を睨みつける。


「目を見れば分かる。貴様、俺の油断を誘うために演技をしているのだろう?」


 微かに動揺を表に出しながら、啓太郎は息を短く吐き出す。

 そして、俺の右横までやって来ると、いつもの太々しい態度を俺と褐色の青年に見せつけた。


「バレてしまっては仕方ない。君はガラスの皇女と違って、油断も慢心も抱かないんだな」


「俺はアレと違い、イレギュラーを楽しんでいない」


 褐色の青年から放たれる敵意と殺意が鋭いものに変わる。

 時間稼ぎはできないと判断したのか、啓太郎は俺の右肩に手を置くと、彼に質問を投げかけた。


「一つ質問だ、僧兵。君は何故ガラスの皇女と共にいる?アレが何をしようとしているのか分かって隣にいるのか?」


「松島啓太郎、一つだけ言っておこう。俺達は背景(ものがたり)は必要としていない」


 褐色の青年の右脚が固形化した極光(オーロラ)に減り込む。

 今にも襲いかかって来そうな敵の姿を睨みながら、俺は再度右の拳を握り直した。


「名も、過去も、信仰も、使命も捨てた。故に貴様の質問に答えられない。今の俺は貴様の質問に答える材料(なかみ)を持ち合わせていない」


「そうか。なら、現在(いま)の話をしよう。何故僕らと敵対している?君の今の目的はなんだ?」


「ヤツの言葉を借りるならば──」


 ヤツの敵意と殺意を感じ取った途端、鳥肌が立ち、冷や汗が背筋を伝う。

 俺の危機感がピークに達した途端、褐色の青年は啓太郎の質問に答えた。


「──暇潰し、だ」


 その一言が開戦の狼煙だった。

 褐色の青年の姿が消え失せる。

 魔法や魔術を使う事なく、純粋な身体能力だけで褐色の青年は地面を蹴り上げると、一瞬で俺と啓太郎の死角に入り込む。

 敵の接近に気づいた瞬間、俺の視界に映る色は白と黒だけになった。

 赤い線が視界に過ぎる。

 左斜め後ろに褐色の青年がいる事に気づいた。

 脳のリミッターを外す。

 格段に向上した身体能力で左腕を動かした俺は、間一髪の所で敵の拳を受け流す。

 この間、僅か1秒。

 敵が二撃目を繰り出そうとする。

 すぐさま()()()()を啓太郎に向ける。

 俺の殺意に反応した啓太郎が、殺意の源である俺──ではなく、褐色の青年に敵意と殺意を向けた。

 その瞬間、褐色の青年の視線が啓太郎の方に吸い寄せられる。

 ──チャンスだ。

 敵意と殺意から攻撃を読まれないように、俺は啓太郎に殺意を向けたまま、右の拳を握り締める。

 そして、啓太郎のムカつく顔を思い浮かべながら、隙だらけだった褐色の青年の顎に右拳を叩き込んだ。


「……!」


 俺の不意打ちを喰らった褐色の青年は、眉間に皺を寄せながら、後方に吹き飛んでしまう。

 固形化した極光の上を転がる敵の姿を眺めながら、俺は息を短く吐き出した。

 それと同時に視界が元の状態に戻る。

 

「司、本当に僕の力が必要だったのか?」


 気絶した褐色の青年を睨みながら、啓太郎は疑問を投げかける。


「ああ。あいつ、ガラスの竜の言葉を真に受けて、必要以上に啓太郎を警戒していたからな。啓太郎がいなかったら、ヤツの不意を突く事なんてできなかった」


 褐色の青年がちゃんと息をしている事を把握した後、俺は眉間に皺を寄せる啓太郎に視線を投げつける。


「なるほど。必要以上に僕を持ち上げたのは、彼の警戒心を高めるためだったのか」


 何となく俺の目的を把握していたのか、啓太郎は特に驚く素振りを見せる事なく、微かに胸を上下させる褐色の青年を見つめる。


「ああ、そうだ」


 詰まる所、俺が褐色の青年に勝てたのは『ヤツが必要以上に啓太郎を警戒していた』お陰なのだ。

 もしヤツが啓太郎を警戒していなかったら、ガラスの竜の忠告を聞かなかったら、ヤツの隙を突く事なんてできなかっただろう。


「………」


 苦虫を噛み潰したような心境に陥りながら、俺は褐色の青年に背を向ける。


「褐色の青年(あいつ)は平行世界の(ジングウ)に任せよう。啓太郎、さっさとあの世界に戻るぞ。早くしないと、取り返しのつかない事になっちまう」


「ああ、同意だ。早く金郷教本部に戻ろう。あの世界にいる『magia』を頼れば、金郷教本部にいる人達を救えるかもしれない」


 遠くでガラスの竜と闘うジングウと『赤光の魔導士』を一瞥しながら、俺と啓太郎は異空間の外に向かい始める。


『俺達は背景(ものがたり)は必要としていない』


 ふと先程の褐色の青年の声が脳裏を過った。

 名も過去も信仰も使命も捨てた彼の今までに思いを馳せる。

 彼が名前を捨てた理由。

 彼が信仰を捨てた理由。

 そして、彼が自らの役目を放棄した理由。

 それらの理由を足りない頭で考えてみる。

 しかし、一瞬考えただけで、考える事が無駄である事に気づいてしまった。

 何故なら、彼はもう()()()()()()()()()()


「…………」


 先程金郷教本部で見た『石像と化した信者』達と『人としての姿を失った子ども達』を思い出しながら、大人達への復讐心を燃えたぎらせる『美桜』の姿を思い出しながら、俺は右の拳を握り締める。

 俺と同じ事を思っているのだろうか、啓太郎の眉間にも皺が寄っていた。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は来週金曜日10月14日22時頃に予定しております。

 あと少し(半年前からあと少しを連呼している)で終わりますが、ちゃんと最後まで更新し続けるのでお付き合いよろしくお願い致します。

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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