4月3日(2) VS巨人殺しの巻
病院の待合室の壁が豆腐のように崩される。床には亀裂が走り、天井から破片が絶え間なく降り注ぐ。俺が駆けつける頃には、待合室は廃墟同然の姿になっていた。
「もしかして、お前がジングウツカサかぁ?」
瓦礫と化した待合室にいたのは、小学生の身の丈程ある大剣を肩に担いだ男だった。彼は布留川以上に横幅が広く、剣を持つ腕は大樹のように太ましかった。彼の着ている黒いローブから、彼が金郷教の信者である事が分かる。
「……そうだと言ったらどうする?」
「お前を殺す」
男は大剣の切っ先を俺に向けると、不敵な笑みを浮かべる。
「あんたみたいな奴の恨みを買った覚えはないんだけどな」
一足飛びで奴の間合いに入り込めるように身を屈める。横に大きい男は俺の意図に気づく事なく、べらべら喋り出した。
「生憎、俺もお前にこれっぽっちも恨みなんかねえよ。けど、これも教祖様の命令でな。ジングウツカサを殺す事が1番神器の心をへし折る事ができるらしい」
「なるほど。俺を殺さなきゃ儀式ができないって訳か」
「そういう事だ。無闇矢鱈に首突っ込んだのが間違いだったな、子羊。魔法が使えないお前じゃ逆立ちしたって俺には勝てねえよ」
男が剣を構えると同時に院内にいた警備員が現場に駆けつける。
「君、下がりなさい!!」
彼等は今にも危険人物に喧嘩を売りそうな俺を止めようとする。だが。
「おっと」
男が大剣を床目掛けて振り下ろした途端、彼等は言葉を失ってしまった。
「下がるのはお前らの方だ、雇われ警備員。少しでも動いてみろ、この床みたいに粉々にしちまうぜ?」
たったそれだけの威嚇で警備員は地蔵みたいに固まってしまった。
「宗教上、無益な殺生は禁じられているが、有害となると話は別だ。お前らはジングウツカサが殺されるのを大人しく見守っていろ」
「……随分、余裕そうだな。そんなでっかい剣を振り回しているだけなのに」
挑発しながら、俺は一歩前に出る。有難い事に奴の狙いは俺のみ。警備員達を守りながら喧嘩する必要がない。俺にとって好都合な展開だ。
「これがただでっかいだけの剣だと思うのか?これは『巨人殺し』っていう神造り兵器だぜ?」
「巨人殺し……?」
「その名の通り、巨人が巨人を殺すためだけに造られた同族殺しの大剣だ。その長さは北欧最高峰ガルフピッゲンを優に超え、その太さはユグドラシルの幹を凌ぐと言われている」
「ただデカイだけじゃねぇか」
「ただデカイだけで脅威になり得るんだよ。一部伝承によると、この大剣は山脈を平地にするくらいは朝飯前らしいぜ?」
「なっ……!?」
思わず耳を疑ってしまう。ただデカイだけで地形を変えられる破壊力を持つ?それが本当ならかなりやばい代物だ。あの大剣1本で桑原街は平地になってもおかしくない。
「やっとヤバさを理解できたか?この巨人殺しは神器が造り出した神装兵器の中で唯一調整が必要になる程の代物だ。人間が扱えるサイズまで縮め、且つ俺の筋力でも振り回せるように加工した究極の一品。山程の長さがなくても大樹程の太さがなくても、巨人殺しである事に変わりはねえっ!!」
「要するに、デカさが売りの武器なんだろ?」
男は地面を蹴り上げると、俺目掛けて大剣を振り下ろす。それを左に大きくステップする事で斬撃を躱す。大剣の一撃を回避した俺は勝ち誇った表情を浮かべる男に半ば呆れながら指摘した。
「長くも太くもないこの武器に、一体何の価値があるんだよ」
「あっ………」
俺の指摘を受けた男は宿題を家に忘れて来た子どものような表情を浮かべる。その隙に俺は彼の顎目掛けて右アッパーを放った。
「ぎゃふん!!」
男は口から情けない悲鳴と歯を口から零しながら、仰向けの態勢で倒れてしまう。落とした巨人殺しを慌てて拾おうとする男に近づいた俺は、全力のビンタを彼の両頬に喰らわした。
「ぶふっ!!」
赤い紅葉が両頬に刻まれるのを確認した後、俺は尋問を開始する。
「言えっ!美鈴はどこだ!?さっさと言わんともっとビンタするぞ!!」
「い、言えねぇなっ!俺は金郷教四天王す……ぶほっ!」
関係ない情報を喋る度に全力のビンタを打ちかます。
「ほら、吐けっ!吐かないともっと痛いのを喰らわすぞ!!」
「はっ、言うかよ。そもそも神器を助けた所で何になる?全ての人の幸福を踏み躙る程に神器の人格に価値はあんの……ぶほっ!」
関係ない事を言ったのでビンタする。
「今そんな事考えても何も進展しねぇんだよ!!おら、美鈴の居場所吐け!!」
「んだよ、その自分勝手な答え!?漫画やアニメのラスボスでさえもっとマシな事言って……ぶほっ!」
関係ない事を言ったのでもう1回ビンタする。
「ほら、とっとと美鈴の居場所を吐きやがれ!!じゃないと、もっと痛いのぶちかますぞ!!」
「だから、何回も言っているだろ、俺は言わな……ぶほっ!」
躊躇う事なくビンタ。
「俺はして……ぶほっ!」
まだ強がっているのでビンタ。
「わ、わかった、少しだけじょ……ぶほっ!」
まだ吐きそうにないのでビンタビンタ。
「ちょ、た……」
ビンタビンタビンタ、更にビンタ。
「イウ、イウカラコレイジョウ……ぶほっ!」
男はかなり強情だった。何度ビンタを繰り返しても吐く事なく、気絶してしまった。両頬を赤く腫れ上がらせても尚、情報を吐かなかったこの男に一種の敬意を感じる。だが、時間が無い今の俺には不都合極まりない展開だった。
「くそっ!手掛かりなしかっ!!」
おたふくのようになった男を地面に叩きつけた俺は急いで病院から出ようとする。確か金郷教の本拠地は東雲市にある筈だ。そこに行けば美鈴がいるかもしれない。そんな淡い希望を胸に抱きながら走っていると、エントランスで黒フードを着た男女と遭遇してしまった。目元までフードを深く被っている怪しい2人を敵と見なした俺はやられる前にやる精神で攻撃を仕掛ける。
「なっ!?司、お前、起きて……」
「おらあっ!!」
聞き覚えのある声が聞こえて来たが、無視。黒フードの女の顔面にドロップキックをぶちかます。途端、これまた聞き覚えのある呻き声が聞こえて来た。目元まで隠していた女のフードが脱げる。フードの下から白目を剥いた鎌娘の顔が出てきた。
「鎌娘……って事は……!」
「そうだ、お察しの通り僕だ」
突っ立っていた男の方に殴りかかる。彼はフードに手をかけると、俺に顔を見せつけた。フードの中から出て来たのは啓太郎の顔だった。
「啓太郎っ!?無事だったのか!?」
俺は勢いに身を任せるがまま、啓太郎の左頬を殴る。
「ひでぶっ!?」
啓太郎は情けない断末魔を上げると、地面に尻餅をついてしまった。彼は左頬を押さえながら、何かを言おうとする。
「くそ……!やっぱ、踏み込みが甘かったか……!!」
「何故、今殴った!?何故、拳を止めなかった!?」
「すまん、ノリと勢いだ」
「タチ悪いな!」
啓太郎と話していると、倒れていた筈の鎌娘が起き上がる。
「よくも私の美しく可憐な顔にキックしやがってえええええ!!!!」
激昂した彼女は両掌から風の魔法を繰り出すと、躊躇う事なく俺ら目掛けてぶっ放す。彼女の魔法を防ぐため、俺は籠手を身に着けようとした。しかし、幾ら念じても籠手は出てこない。
「「ぎゃああああああ!!!!」
俺と啓太郎の断末魔が院内に響き渡った。




