3月31日(2)税金泥棒に追われるの巻
コンビニに着いたのは、雫さんと別れて数分後の事だった。
日暮市桑原町内にある唯一のコンビニ店に駆け込んだ俺は、入店するや否やお目当てのエロ本を探す。
だが、肝心のエロ本は売り切れていた。
「司、確か君は寮生だっただろ?こんな時間に出歩いて、門限は大丈夫なのか?」
雫さんと同じく、桑原交番で勤務している松島啓太郎は、エロ本コーナー前に突っ立っている俺に声を掛ける。
喉から手が出るくらい欲しがっているエロ本を彼は脇に挟んでいた。
半分嫉妬半分呆れを滲ませながら、俺は勤務中にエロ本を購入する彼に疑問を投げかける。
「……お前、仕事中なのにエロ本買っていいのか……?」
「いやいや、これも立派な公務なんだぞ。有害指定図書を健全な青少年の手に渡らないようしているんだから。これを公務と言わずになんと呼ぶんだい?」
「税金泥棒」
「公務執行妨害で逮捕する」
「お前ら公務執行妨害っていう単語好き過ぎだろ」
欲しいエロ本が売り切れていたので、仕方なく隣町のコンビニに行こうとする。
「ん?何も買わないのか?」
「雫さんにチクろうと思ってな。お前がサボっている事を」
「へえ、そうかい。ところで、話は変わるが、こんな夜更けに未成年の就学生が徘徊しているそうだ」
「へえ、そうなのか。こんな時間に出歩くなんて相当悪だな、その未成年者」
自分の事を棚に上げ、噂の深夜徘徊者を詰る。
「ああ。だから、先輩は血眼になって探しているそうだ。こんな時間に出歩く悪い子をね」
啓太郎は意地の悪い顔でニヤつくと、身につけていた無線機の電源をオンにする。
それを見た途端、俺の背筋に冷たいものが流れた。
「先輩、司を見つけましたよ。交番まで連行すれば良いんですか?」
身の危険を感じ取った俺は速攻でコンビニから飛び出した。
ここで雫さん達に捕まったら、寮長から怒られた上、暫くお目当てのエロ本が手に入らなくなる。
どんな犠牲を払ってでもこの場から逃げ切らねば。
「待て司!今、君に逃げられたら僕が先輩に怒られてしまう!」
「素直に怒られろ!このサボり魔!!」
エロ本を脇に挟んだ啓太郎が必死な形相を浮かべながら俺の後を追う。
これ以上、無駄な時間を割きたくない俺は彼を振り払うためだけに、コンビニの近くにあった畑の案山子を指差すと、こう叫んだ。
「あ!あっちにボインの姉ちゃんが!!」
「なにっ!?本当か!?」
啓太郎は足を止めると、俺が指差した方向──案山子に視線を向ける。
彼が案山子に目を奪われている隙に俺は全力ダッシュでこの場から逃げた。
「って、こんなど田舎にボインの姉ちゃんいる訳ないだろう!!」
「そりゃそうだろうよ!」
小学生でも引っかからないような苦肉の策がまさか通じてしまった。
啓太郎から逃げ切るのに成功した俺はコンビニから数百メートル先の所に位置する雑木林の中へ突入する。
雑木林の中はむせ返る程、濃ゆい緑の匂いと暗闇が充満していた。
木の葉の狭間から垣間見える月明かりを頼りに、俺は雑木林の奥にある桑原神社へ向かう。
桑原神社の社に向かう理由は至って単純。ここが隣町にあるコンビニまでの最短ルートだからだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、それだけの理由で、俺はこの道とは言い難い道を通り抜けようとしている。
この道を通れば、最短距離でコンビニに向かう事ができ、かつ啓太郎達を巻くことができる。
今の俺にとって、このルートはまさに一石二鳥の道なのだ。
この道を通る以外の選択肢は考えられない。
それくらい俺にとってはこの道を通る事は、ベストな選択だったのだ。
そう、俺がこの選択肢を選ぶのは必然だった。
もし俺がエロ本を欲していなければ。
雫さんと遭遇してなければ。
ローブを着た怪しい男達と遭遇してなければ。
啓太郎より先にエロ本を購入していれば。
雫から尻を叩かれた啓太郎から追いかけられていなければ。
俺はこんな夜更けに桑原神社なんて行かなかっただろう。
結論だけを先に言わせて貰う。
4月馬鹿が始まったある春の日の夜、俺は不思議な少女と遭遇してしまった。