ドロップキックの巻
◇side:啓太郎
「そんなに身構えないでください」
翼を背に生やした子ども達と共に金郷教教主を名乗る女性──玖陽土華亞真が現れる。
「──抵抗しなければ、『ぱん』しませんから」
突然、現れた彼女達を見て、啓太郎・脳筋女騎士──アラン・酒乱天使──カナリアは沈黙を貫く。
美鈴と金郷教元教主──フィルはというと、言葉を失っていた。
その様子を見た啓太郎は一瞬で理解する。
美桜とフィルが目の前にいる女にトラウマを抱いている事を。
「くすくす、賢い人達ですね」
そう言って、金郷教前教主──この世界では金郷教現教主だが──は指を鳴らすと、翼を生えた子ども達に指示を飛ばす。
彼女の指示に従った子ども達は、一瞬で啓太郎達を取り囲んだ。
「……抵抗しないで。目の前にいる子ども達は天使よ。本物の天使よりも性能は劣るけど、人間よりも遥かに強いわ」
狼のキーホルダーになったカナリアは忠告の言葉を口にする。
彼女に忠告されなくても、啓太郎も美鈴もフィルも──どっかの手の早いバカと違って──抵抗しようとしなかった。
「カナリア。こいつらを時空の狭間に連れて行けないのか?」
犬のキーホルダーになったアランが敵に悟られないよう疑問の言葉を口にする。
「こいつらを時空の狭間に連れて行けたら、とっくの昔に連れて行っているわよ」
カナリアはアランの言葉を食い気味に否定する。
そんな彼女達に啓太郎は疑問の言葉を投げかけた。
「……君達は闘う事ができないのか?」
「ええ。この世界の『ティアナ』が私達という規格外を許容していない。もし暴れるとなると、速攻で追い出されてしまうわ」
「ここで暴れられるのは、この世界の『ティアナ』に認められた者、或いは他の世界の『ティアナ』に認められた者だけだ」
「……なるほど。司が暴れられるのは『ティアナ』とやらに選ばれたからなんだな」
この場にいない司を思い出しながら、『ここに司がいなくて良かった』と心の底から思う。
もしここに司がいたら、美鈴とフィルの異変に気づいていただろう。
そして、彼女達にストレスを与えている前教主にドロップキックを叩き込んでいただろう。
そうなった場合、自分達を取り囲んでいる子ども達が一斉に襲いかかって来ていただろう。
そう思った啓太郎は『此処に司がいなくて本当に良かった』と心の底から思う。
「では、貴方達を金郷教本部に幽閉しますね」
だが、手の早い司がいなくても不利な状況である事には変わりなかった。
この状況を打破するための時間を稼ぐため、啓太郎は金郷教教主を名乗る女性──玖陽土華亞真に話しかける。
「何故僕らを幽閉しようとする?他の世界から来たからか?」
「ガイア神は仰いました。貴方達を野放しにしていたら、大変な事になると。ですが、金郷教は無駄な殺生を好みません。私達の下で貴方達の思想を『洗浄』した後、貴方達も金の郷に導きます」
啓太郎は『洗浄』という単語に引っかかる。
恐らく洗脳を高尚っぽい言い方に変えただけだろう。
そう判断しながら、啓太郎は目線だけを周囲に向ける。
さっきまでいた一般人は何処にも見当たらなくなっていた。
恐らく目の前にいる彼等に恐れをなして逃げたのだろう。
次に美鈴とフィルを見る。
2人は顔を青褪めたまま固まっていた。
最後にアランとカナリアの方を見る。
彼女達は難しそうな表情を浮かべていた。
いつものように時間を稼いでも無駄かもな、と思いながら、啓太郎は時間を稼ぐためだけに言葉を紡ぐ。
「で、君の目的はなんだ?金郷教とやらの教えに従って、全人類を理想郷とやらに導くのか?」
「ええ、そうです。私達は全人類を金の郷に連れて行く事を目的にしています」
「何で全人類を理想郷に連れて行こうとする?何で君達だけで理想郷とやらに行こうとしない?全人類に頼まれたのか?」
啓太郎の質問に対して、玖陽土華亞真は笑うだけで口を開こうとしなかった。
警官としての勘が啓太郎に知らせる。
目の前にいる女は『化けの皮が厚い俗物である事』を。
啓太郎の警察としての勘が正しければ、彼女個人は全人類を理想郷とやらに連れて行くつもりはない。
もっと個人的且つショボい理由で動いている筈だ。
そんな大層ではない理由を彼女が醸し出す妖艶且つ知的な雰囲気が覆い隠している。
(……彼女個人の目的を暴いた所で、この騒動は止められないだろう)
玖陽土華亞真が権力とラスボスっぽい雰囲気を持っているだけの凡人である事を見抜くと、啓太郎はゆっくり息を吐き出す。
そして、彼女の背後の空間に空いた小さな罅を見つめながら、挑発の言葉を口にした。
「玖陽土華亞真。君は僕達に用があるみたいだが、僕達は君に興味がない」
敢えて玖陽土華亞真を怒らせるような事を口にしながら、啓太郎は明後日の方を見る。
「君は金郷教のトップなだけで、本筋に何の関係もない人間だ。いや、厄介事を増やした原因という表現の方が適切だろう。今の君に時間をかけた所で、時間と労力の無駄だ」
「あら?負け惜しみですか?」
「やはり雰囲気だけだな、ハリボテ女。君は外見と雰囲気だけの女だ。上辺しか見ていない奴等なら騙せるだろうが、ここにいる者は誰一人騙す事はできないぞ」
「なら、上辺だけの人間がどうか判断して貰いましょうか」
そう言って、玖陽土華亞真は掌を光らせる。
「……っ!光魔法……!」
啓太郎に聞こえるかどうかの声量でカナリアが驚きの声を発する。
「貴方は知らないかもしれませんが、光魔法を使えるのは歴史上数える程にしかいません。──これでも私の事を上辺の人間と言うのですか?」
勝ち誇ったような表情を浮かべる彼女を見て、啓太郎はつまらなそうに溜息を吐き出すと、事実を淡々と告げた。
「珍しい魔法が使えるからと言って、僕達は君を重要視したりしない。君の計画とやらもガイア神さえ倒せば潰れるんだろ?君達が大きく動き始めたのは、ガイア神が現界したからだ。君が大きい顔をしていられるのも、ガイア神のお陰なんだろ?」
玖陽土華亞真の眉間に青筋が浮かび上がる。
啓太郎の挑発により、彼女が指示を飛ばそうとしたその時だった。
玖陽土華亞真の背後の空間に大きな穴が空く。
すると、その穴の中から長身の青年──ジングウ・ツカサが飛び出て来た。
「おりゃあああああ!!!!」
神宮司の同一存在であるジングウは玖陽土華亞真の後頭部にドロップキックを叩き込む。
そして、華麗に着地すると、地面を無様に転がる玖陽土華亞真を無視して、啓太郎達に声を掛けた。
「──どうだ?タイミングバッチリだったろ?」
「やっぱ、君は大きくなっても手の早い大馬鹿野郎なんだな」
玖陽土華亞真が蹴られた事で、羽根を生やした子ども達が殺気を放ち始める。
それを見たジングウは額から冷や汗を垂れ流した。
「……あれ?もしかして、やらかした?」
その問いに対して、啓太郎も美鈴もフィルもカナリアもアランも首を縦に振った。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマ・評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマ・評価ポイントを送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
今月も毎週金曜日に更新していくつもりです。
スローペースではありますが、ちゃんと完結させるので、もう暫くお付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は7月8日金曜日22時頃に予定しております。




