開戦の巻
「『価値あるものに花束を』。私は価値ある者の、価値ある者による、価値ある者のための金の郷を創る事で、この世からの苦しみを全て除去する」
銀髪の少女──この世界のバイトリーダー改め『美桜』は、俺に自らの目的を告げる。
彼女の述べる目的は荒唐無稽で、とてもじゃないが、実現できるとは思えなかった。
「そのためには、先ずこの世界にいる魔法使い・魔術師をコロコロしなきゃいけないの。だから、魔法・魔術を無効化できる君の力が必要って訳」
「俺の力を借りれば、全ての魔法使いをコロコロできるのか?」
「うん。君が私を守ってくれたら、全ての魔法使い・魔術師を確実にコロコロできる」
料理と呼べない焼け焦げた肉と雑に切られた野菜を眺めながら、俺はテーブルに肘を着く。
「で、魔法使い達をコロコロした後、魔法を使えない全ての大人達をコロコロするって訳か」
「うん、そうだよ」
「全ての大人達をコロコロした後、お前はどうするんだ?」
彼女の抱く目的の『先』を尋ねる。
案の定、彼女は言葉を詰まらせた。
「たとえ現存する大人達を全員排除した所で、大人はいなくならない」
彼女の抱く目的も願いも不毛であると暗に告げる。
「いつか、俺達も大人になるんだぞ」
努力しても変えられない現実。
それを憎しみで目が眩んだ彼女に突きつける。
しかし、俺の言葉は彼女の心に届かなかった。
「そもそも、大人って何なの?」
銀髪の少女は今の俺では答えられない質問を口にする。
「身体が大きくなったら大人なの?お酒が飲めるようになったら大人なの?働けるようになったら大人なの?子どもが産めるようになったら大人なの?………自分よりも弱くて若い人を虐げられるようになったら大人なの?自分よりも弱くて幼い人に犠牲を強いるようになったら大人なの?」
高そうなテーブルに置かれていた食器が小刻みに揺れ始める。
彼女の怒りに呼応しているのか、高そうな机も椅子も食器も独りでに震え始めた。
「なら、私は大人になりたくない。そんな醜い大人になるくらいなら死んでやる」
彼女の目は本気だった。
そんな彼女を眺めながら、俺は此処に来る前に会った純粋悪『鬼』を思い出す。
彼等も彼女と同じように大人達に犠牲を強いられていた。
「……大人って、何なんだろうな」
思った事を口にする。
けれど、俺の疑問に答えてくれる大人は駆けつけてくれなかった。
◇啓太郎side
「……で、あいつは何処に行ったのよ」
喜多駅前広場。
狼のキーホルダーのような姿になったカナリア──司が酒乱天使と読んでいる天使は、あいつ──神宮司の姿を探す。
「恐らく司は金郷教本部……或いはガイア神の下に向かったんだろう。あいつはレベル上げせずにラストダンジョン向かうタイプの人間だ。きっと今頃ラストエリクサーもガンガン使っている筈」
適当な事を口にしながら、松島啓太郎は心の中で冷や汗を垂れ流す。
寝るべきでは……否、司から目を離すべきじゃなかった。
昨夜──司の恩師である光洸太との邂逅──から司の様子がおかしい事を啓太郎は知っていた。
けれど、啓太郎は様子がおかしい司を放置し続けた。
理由は至って単純。
『なんて声を掛けたら良いのか分からなかったから』だ。
(くそ……!自分の事しか考えていなかった……!)
心の中で焦りを覚えながら、啓太郎はあまり感情を表に出さないように気をつけながら、司の姿を探す。
しかし、幾ら見渡しても、司の姿は見当たらなかった。
「もしかして、あいつ、オレ達を巻き込まないように一人で行ったんじゃ、……」
今の今まで黙っていた金郷教元教主──フィルが口を開く。
そんな彼を安心させるため、啓太郎は事実を口にした。
「それも少なからずあるとは思うが、一番の理由はさっさと終わらせたいだけだろう。あいつ、RPGでいう寄り道クエストを疎ましく思うタイプの人間だし」
「何で啓太郎さんは、さっきからゲームで喩えているの……!?」
ガイア神改め始祖ガイアの狙いである美鈴が口を挟む。
彼女は兄のように慕っている司が消えた事に不安を感じているのか、顔を真っ青にしていた。
「まあ、今はヤツの事はいい。それよりも気づいているか?」
犬のキーホルダーのような姿になったアラン──司は脳筋女騎士と呼んでいる──が、視線を周囲に向ける。
「ああ、気づいている。──君も僕と同じラストエリクサー症候群だな?」
「殺すぞ」
啓太郎の軽口にアランは殺意で返す。
そして、つまらなそうに溜息を吐き出すと、周囲に視線を向けながら、こう言った。
「──囲まれているぞ」
アランの言葉を肯定するかの如く、何処からともなく、翼を背に生やした子ども達が現れる。
「そんなに身構えないでください」
そして、翼を背に生やした子ども達と共に金郷教教主を名乗る女性──玖陽土華亞真が現れた。
「──抵抗しなければ、『ぱん』しませんから」
カナリアとアラン、そして、美鈴は気付く。
自分達の周りにいる子ども達が、『天使』と似て非なる存在である事を。
◇
「じゃあ、貴方はこの世界を肯定するんだね?」
殺意と敵意をゆっくり体外に排出しながら、銀髪の少女──『美桜』は目を赤く光らせる。
「別に肯定も否定もしない。世界を語る程、俺は立派な大人じゃないからな」
高そうな机に肘を突いたまま、俺は目の前の少女を睨みつける。
「けど、お前の目的だけには賛同できない。そんな破綻している目的を果たした所で、待っているのは破滅だ。誰も幸せになれない」
「だから、私が幸せに……」
「その目的は、お前が求める幸せなのか?」
『美桜』の頬が引き攣る。
それをぼんやり眺めながら、俺は彼女と本気で向き合った。
「その目的を果たして、お前は幸せになれるのか?」
「……もう、いい」
そう言って、『美桜』は席から立ち上がる。
俺は彼女を眺めながら、いつ何が起きても良いように身構えた。
「貴方が私の目的に賛同してくれないんだったら殺してやる。私の作る世界に貴方みたいな大人はいらない」
「俺は子どもだよ」
自嘲しながら目の前の女の子に現実を突きつける。
「目の前の女の子一人救えない、愚かで哀れなガキだ」
『美桜』の身体が紅く光る。
その瞬間、俺は右の籠手──アイギスを装着すると、迫り来る不可視の攻撃に白雷を流し込んだ。
不可視の攻撃が白雷に喰い殺される。
俺と彼女の間にあった高そうなテーブルも、高そうな皿も、料理と呼べない代物も、何もかも吹き飛んでしまった。
「奇跡を憎んでいる貴方なら、私の事を分かってくれると思ったのに」
恨み節を口にしながら、彼女は腰を落とす。
臨戦態勢に入った彼女を見て、俺は『違う世界の彼女』から貰った決め台詞を口にした。
「──あんたじゃ、俺には勝てねぇよ」
いつも読んだくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、いいね押してくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
そして、新しくブクマしてくれた方にも厚くお礼を申し上げます。
今回のお話で6月の更新はお終いです。
次の更新は7月1日金曜日22時頃に予定しております。
これからも完結目指して更新していきますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




