壁当ての巻
喜多駅から少し離れた所にある高級ホテルに辿り着いた。
この世界のバイトリーダーは物怖じする事なく、高級ホテルの中に入り込む。
いつもなら『やっべー、高級ホテルじゃん。めちゃくちゃソワソワするじゃん』的な事を思う俺でも、この雰囲気でおちゃらける事はできなかった。
「……なあ、俺、殆ど金持っていないんだけど」
前を歩く銀髪の少女に声を掛ける。
彼女は俺の声に応えてくれなかった。
「駅前のラーメン屋でお茶しようぜ。安心しろ、美味いラーメン屋に連れて行ってやるから」
「女の子とのデートでラーメンって、正直ないと思う」
「いや、お前みたいなチンチクリンを女として見ていな……」
目にも留まらない速さで光の刃が唐突に飛んで来る。
本能に促されるがまま、右の籠手を身につけた俺は、ほぼ無意識で飛んできた光の刃を受け流そうとする。
重く鋭い一撃だった。
受け止めていたら身体が吹き飛んでいただろうと思いながら、光の刃を背後に受け流す。
受け流された光の刃は、先程俺達が入ってきた出入り口をぶっ壊した。
「いきなり何すんだよ!」
「貴方がデリカシーのない事を言ったから」
「んな理由で、あんな攻撃放ったのか!?」
改めて確信する。
目の前にいる銀髪の少女は、間違いなくバイトリーダーだ。
「てか、お前みたいな子どもを女として見る方がおかしいだろ!幼女に興奮できる程、俺はストライクゾーン広くねぇぞ!」
「だったら、今すぐ広くしてよ」
「なに!?お前、俺の事が好きな訳!?」
「好きでも嫌いでもないよ。ただ女として見られないのが腹立つだけ」
「理不尽な理由だな、おい!」
先程の攻撃は敵意も悪意も感じられなかった。
多分、俺の力量を把握するために攻撃してきたんだろう。
(……或いは出入り口を潰すための攻撃だったか)
高級ホテルの中にある人の気配が全てザラついている事を肌で感じ取る。
多分、俺の感覚が正しければ、この気配は彼女の味方だ。
恐らく他の出入り口は彼女の味方──金郷教信者達が封鎖しているのだろう。
上の階にもザラついた人の気配を感じ取る。
もしかして、この高級ホテルを選んだのは俺を袋叩きにするためだろうか。
(……クソ、啓太郎達を置いていくべきじゃなかった)
苛立っていた所為で、迂闊な行動をしてしまった。
酒乱天使辺りに行き先を伝えとくべきだったなと思いながら、俺とこの世界のバイトリーダーはエレベーターの到来を待ち続ける。
「大丈夫です、ここにいる人達は金郷教の信者だった人達です。貴方の敵じゃありません」
考えている事が顔に出ていたのか、銀髪の少女は丁寧な口調で自身の手の内を明かす。
「じゃあ、何でお前の味方ばかりいる所に俺を連れて来たんだよ?袋叩きするためじゃないのか?」
「今からする話を他の人に聞かれたくなかったのです。始祖ガイアの記憶を読む限り、貴方は話が通じそうなので」
エレベーターが俺達の前にやって来る。
銀髪の少女は高そうなエレベーターの内部に入ると、俺に『さっさと中に入れ』と目で促した。
『え、万能の力を得たのにエレベーター使うの?』みたいな事をちょっとだけ思ってしまった。
彼女を刺激したら、また攻撃が飛んできそうなので、大人しくエレベーターの中に入る。
「今、『始祖の力を得たのにエレベーター使うの?』みたいな事を思ったでしょ?」
「ナチュラルに思考読むのやめてくんない?」
「だったら、顔に出さないでよ。私だって知りたくて知っている訳じゃないから」
先程までの丁寧語が綺麗さっぱり消え失せてしまった。
どうやらこの短時間で『俺に丁寧語を使う必要はない』と判断したらしい。
うん、舐められているな、俺。
エレベーターが動き始める。
高級ホテルのものだからなのか、エレベーターは物音一つ立てる事なく、最上階に向かい始めた。
「で、さっき言っていた話ってなんだ?」
「それは食事しながら話そうよ。君、ムードってものが分からないタイプの人間なの?」
余裕を含んだ笑みを浮かべながら、この世界のバイトリーダーは俺の疑問を疑問で返す。
その笑い方は俺が知っているバイトリーダーと殆ど同じだった。
「それよりも他の話をしようよ。私、外の人間と話すの初めてなんだ」
「大体承知。好きな食べ物は?」
「好きな食べ物なんてないよ。今まで乾パンと味のしない干し肉しか食った事がないんだから」
どっかで聞いた事のある返答が返ってきた。
「で、君の好きな食べ物は?」
「プリン」
「プリンってどんな食べ物なの?」
「プリンプリンしている食べ物だ。めちゃくちゃ甘い」
「君って甘党ってヤツなの?」
「ああ、そうだ」
全然、話が盛り上がらない。
俺の気分が暗い所為か、或いは彼女が心を閉ざしている所為か。
壁にボールを投げているような感じがして、素直に気持ち悪いと思った。
「……しりとり、する?」
「いや、話す事ないんだったら、さっさと本題に入ってくれよ」
「やっぱ、君ってモテないでしょ?女の子を急かす男は嫌われるわよ」
「仲間に聞かれたくないのか?」
図星だったのか、銀髪の少女の頬が少しだけ強張る。
それを見逃す程、俺は鈍感じゃなかった。
「……始祖ガイアの記憶を覗き見しただけなのに、随分俺の事を買い被っているんだな」
「……だって、君も嫌いなんでしょ?」
想定外の返答の所為で、少しだけ思考が乱れてしまう。
その隙を見逃さないと言わんばかりに、彼女は畳み掛けるように言葉を連ねた。
「その籠手を着けているって事は、君も魔法……いや、神の奇跡に嫌悪感を抱いているんでしょ?」
この世界のバイトリーダーの声が俺の心にすっぽり入る。
彼女の言葉は俺が求めていた答えと酷似していた。
「幾ら本音を隠したとしても、己の願望を形にしている心器だけは偽る事ができない。だから、私は君を選んだの。私好みの金の郷を作るために」
エレベーターが最上階に辿り着く。
鉄の扉が開いた途端、俺の視界に映し出されたのは翼の生えた子ども達だった。
いつも読んでくれている方、ここまでよんでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は6月15日水曜日22時頃に予定しております。
来週は水曜日と金曜日に更新できるように頑張りますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。




