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4月2日(8) 『お前は全人類を不幸にしてまで自分の我儘を押し通そうとするのか?』の巻

 奴は俺から籠手を奪い取ると、右腕に籠手を装着する。力を奪われたというのに俺はあまりショックを受けていなかった。奴が俺の籠手を装着した途端、奴の左腕に装着された籠手は独りでに壊れる。


「ほう、オレのヤールングレイプが上書きされたのか。いや、上書きというより役目を果たした故の自壊と言うべきか。どちらにしろ、全ての魔を払い除けるアイギスならミョルニルを扱えそうだ」


 奴は物理的破壊力を喪失した。この機を逃す選択肢は考えられない。ダメージを負った身体を無理に動かし、奴の懐に入り込もうとする。だが、俺の快進撃は突如地面から現れた石像により遮られてしまった。


「ぐがっ……!」


 巨像の平手打ちが俺の身体に炸裂する。それはまるで蝿でも追い払うような動作だった。

にも関わらず、たったそれだけの動作で俺の身体は石塀に叩きつけられてしまう。後頭部を強打した事により、俺の視界は真っ白に染まった。


「……な、何で貴方がここに……!?貴方は山口にいるんじゃ……?」

 

 バイトリーダーの苦しそうな声が聞こえて来る。彼女は何かに驚いているようだった。


「まだ気づかないのか。こいつはオレ達金郷教のスパイだったんだよ」


 正常な状態に戻った視界が、山口で出会った追手──名もなき少女の姿を映し出す。


「お前ら元信者が暴れ出すのは火を見るより明らかだったからな。予めオレと息のかかった奴を忍ばせておいたのだ。お前らが不用心にもこいつを信頼してくれたお陰で、かなりやりやすかったぞ」


 どうやら、こいつ──あの名もなき少女は教祖側のスパイだったらしく、バイトリーダー達の動向を逐一報告していたらしい。彼女が県外に逃げる俺達に追いつけたのも、教祖がここにいるのも、全て彼女のスパイ活動の賜物だろう。もし俺がバイトリーダー達の事情をもう少し知っていたら、あの名もなき少女がスパイである事を看破できただろう。元信者の集団よりも金郷教の方が組織として優れていた。ただそれだけの話だ。


「第3者奴が介入した時は焦ったが、まさか、回収した神器の護衛をこいつに任せるとはな。お前らが何故こいつを信じたかのは知らないが、まあ、オレにとっては嬉しい誤算だった。こうして、アイギスも神器も回収できたからな」


 名もなき少女の頭を乱雑に撫でながら、教祖は勝ち誇った表情を浮かべる。すると、奴の懐から着信音が聞こえて来た。


「どうやら神器の回収も上手くいったようだな。では、オレも儀式場へ向かうとしよう」


 奴は背中を見せる。俺は最後の力を振り絞ると、勢い任せに突っ込んだ。ここで奴を見逃したら、間違いなく美鈴の人格は破壊されてしまう。奴の救済を否定する事が正しい事なのかどうか分からないけど、それだけは避けなければならない。まだ俺は答えを出せていないのだから。


「無駄だ、魔法も魔術も使えない小羊如きじゃオレに勝てない」


 彼は振り返る事なく、俺の身体に見えない打撃を加える。俺の身体は近くにあった塀に叩きつけられてしまった。一瞬だけ妖しく輝く名もなき少女の姿が視界を掠める。多分、俺を攻撃したのは彼女の魔法らしい。名もなき少女は憎しみと哀しみが入り混じったよく分からない視線を俺に送っていた。


「……っあ……!!」


 立ち上がろうとする。内臓にダメージが入ったのか、息をする事さえも辛い。それでも俺は強引に起き上がると、再び特攻を仕掛けた。


「滑稽だな。まだ、自分の行動がどのような価値を持っているのか知らないのか」


 奴が指を鳴らすと同時に名もなき少女は俺目掛けて目に見えない攻撃を放つ。


(そうか、巨像を作ったのも地面を浮かしていたのも、そして今の攻撃もサイコキネシスみたいな力でやっていたのか……!?)


 彼女の魔法の効果を理解した俺は間一髪の所で直撃を避ける。彼女は眉間に皺を寄せながら、目に見えない衝撃波を淡々と俺目掛けて放ち続けた。


「くそっ……!」


 最小限の動きで攻撃を避け続ける。だが、今まで蓄積されたダメージの所為で完全に避け切る事はできなかった。一撃でも直撃すれば気絶する攻撃が俺の身体を掠める。必死に逃げ惑う俺の姿が愉快なのか、奴は顔を歪ませながら淡々と言葉を紡いだ。


「何故そこまで必死になって、神器を助けようとする?お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」


 俺の返答を最初から求めていないのだろう。奴は涼しい顔をしながら、語りかける。


「お前があの神器を助けようとするだけで、多くの人が不幸になるんだぞ?貧困に苦しむ者、戦争により大切な人と生き別れになった者、理不尽な事故で植物状態になった者、先天的な身体特徴により生まれた時から差別を受けている者、生まれてすぐに虐待を受ける者や上級階級の保身のために犠牲を強いられている者、それらの人々を見捨ててまで、お前は神器を助けたいのか?」


 奴の述べる不幸な人物像は在り来りで妙に薄っぺらなものだった。


「お前は自分が何をしているのか自覚しているのか?何故、出会って数日も経っていない奴のために命を張る?自分の行動にどれだけの価値があると思っている?自分の行動により、どれだけの願いが踏み躙られると思う?」


 攻撃が掠める度に徐々に動きが鈍くなる。今まで気迫と根性で無理矢理動かしていた身体がとうとう限界を迎えようとしていた。


「お前は全人類を不幸にしてまで、自分の我儘を押し通そうとするのか?」


 腹部に強烈な一撃が走る。


「………!」


 もう悲鳴さえ上げられなかった。浮遊感を感じた後、俺の身体に強い衝撃が走る。

視界がぼやける。周囲の音が遠退く。臭いは曖昧な上、触感が生暖かい液体を感じ取る。口内に広がった鉄の味に吐き気を催しながら、俺は両腕に力を込める。そして、立ち上がった俺は今にも手放しそうな意識で、教祖を名乗る男の跡を追いかけた。


 自分が今どうなっているのか何しているのか分からない。何が起きているのか知らない。五感と共に思考力も落ちていると気づいた。霞んだ世界を闇雲に走る。側から見たら千鳥足で歩く不審者にしか見えなかっただろう。

どれだけ時間が経ったか分からない。どれくらい時間が経ったのだろう。俺は何とか奴等の下へ辿り着く事ができた。ローブに身を包んだ集団が美鈴を拘束している光景が辛うじて見える。その集団の中心に教主の名乗る男がいた。

拳を何とか握り締めた俺は覚束ない足取りで奴の顔面を殴ろうとする。すると、ピントが合ってない眼鏡を掛けた時と同じような光景が眼前に広がり始めた。


 誰かが何かを言った。けど、今の俺の聴覚じゃ何を言っているのか分からなかった。身体に強い衝撃が走る。数秒経って、俺は自分の身体が倒れた事に気付いた。立ち上がろうとする。けど、身体はピクリとも動かなかった。じわじわ麻痺していた痛覚が蘇り始める。

 

 誰かが俺の名前を叫んだような気がした。美鈴が何か叫んでいるような気がした。じわりじわり蝕む痛覚が俺の意識を刈り取って行く。今まで無視できていた痛みが脳を激しく揺さぶる。立とうとすればする程、痛みが増して行く。意識が徐々に沈んで行く。鉛のように重い身体。俺は残った力を振り絞り、起き上がらせた。

何のために?それは勿論、美鈴を助けるためだ。どうして?彼女が肉塊になるくらい殴られないように。どういう理由で?勿論、彼女がもう泣かなくて済むように。

 

 俺は美鈴の事をこれっぽっちも知らない。彼女が何のために嘘を吐いていたのか。何を思って俺をお兄ちゃんと呼んでいたのか。何も知らない。


 けど、助けなきゃと思った。理由はそれだけだった。この気持ちは作り物なのか?世界中の人々の幸せを踏み躙ってまでしなくちゃいけない事なのか?幾ら考えても答えは出ない。それでも、俺は今抱えているこの思いを──美鈴の親の代わりに、彼女を守ってやりたい──という思いを大切にしたかった。親が──いや、大人が子どもの未来を守るのは当たり前だと思ったから。子どもの未来を守る事は正しいものだと思いたかったから。たとえ子ども1人生贄にする事が絶対的な善だったとしても、子ども1人見捨てるような大人になりたくなかったから。俺は誰かのためでも、美鈴のためでもなく、自分が信じるもののために走り続けたかった。

 

 でも、この思いは全人類が幸せになれる可能性を踏みにじってまで、──いや、世界中の人を敵に回してまで、優先すべき思いだろうか?


 答えの出ない疑問が頭の中で巡り巡る。すると、教主を名乗る男から暴行を受けている美鈴がぼやけた視界に映り込んだ。

血に濡れた拳を握り締めると同時に、俺は地面を蹴り上げると、倒れるように一歩踏み出した。全体重を真っ赤に染まった右足で受け止める。たったそれだけで口内から血が漏れ出た。多分、内臓もダメージを受けているのだろう。


 次は傷だらけの左足を動かす。今度は背中に激痛が走った。それを何度も痛みに耐えながら、繰り返す。どれくらい近づけているのか分からない。時々、俺に静止を呼びかける甲高い声が聞こえて来る。息を短く吸うだけで身体は崩れ落ちそうになる。


 あと一歩という所で俺の身体は強烈な爆風の所為で倒れてしまった。騒めきが遠退く。とっくの昔に限界を迎えていた身体を起き上がらせようとする。


 すると、聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきた。その声は"助けて"と呟いたような気がした。助けを求めたような気がした。朦朧とした意識のまま、俺は身体を動かす。自分が今どうなっているのか分からない。けど、拳は行く手を遮る肉みたいな何かを延々と殴り続けた。鉛のように重い身体は次々に襲い来る攻撃を紙一重で躱していった。


 自分が今どうなっているのか分からない。ふと、俺を取り囲んでいた人の気配が遠退いて行くのを感じ取った。俺の事を呼ぶ甲高い声も次第に遠退いていく。俺はそれを聞きながら、跡を追おうとした。


 けど、俺の意思に反して、意識は闇に沈んでいく。身体に幾ら動けと命じても身体は動いてくれなかった。

 次の話は本日13時頃に投稿します。

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