4月4日(3)終わりの始まりの巻
標高500メートルの山よりも大きい体を揺らしながら、純粋悪"魔蛇"は唸り声を上げる。
その瞬間、テレビは甲高い悲鳴を上げると、画面を真っ黒に染め上げた。
テレビの画面が砂嵐の映像に切り換わる。
白と黒で構成された乱れに乱れた映像は、俺の不安を駆り立てた。
「な、何が起きて……!?」
俺の戸惑いの声は地鳴りによって掻き消される。
またもや大きな縦揺れが室内を揺らした。
「なるほど……!この声は純粋悪によって引き起こされたものだったのね……!」
キーホルダーみたいな姿になった酒乱天使──カナリアが悔しそうに顔を歪ませながら、腹の底から声を絞り出す。
それにより、俺は思い出してしまった。
純粋悪"魔猫"の雄叫びによって枯れ果てる草木を。
純粋悪の雄叫びに耐え切れず吐血する教主様の姿を。
世界に存在する全てのものを雄叫びだけで破壊する純粋悪の姿を。
沢山の人達が死ぬ姿を幻視した瞬間、心臓が跳ね上がる。
ここは過去の世界だ。
もしこの世界で沢山の人が死んだら、俺の知っている顔の奴らも死んでしまうかもしれない。
元の世界に戻ったら、俺の知っている人達と会えなくなるかもしれない。
そう思うと、居ても立っても居られなくなった。
慌てて先生の家から飛び出そうとする。
「待て、司っ!」
いつにも増して緊迫感溢れる啓太郎の声が俺を静止させる。
「君のやろうとしている事は正直言って無謀だ。急いであの大蛇を何とかしたいと思う君の気持ちは分かるが、どうやってあの大蛇の下に向かうつもりだ?何か策があるのか?」
「そ、それは……」
「あの大蛇に勝ち目があるかどうかは二の次だ。先ずは情報を整理しつつ、大蛇の下に向かう手段を確保しよう。それが今できる僕達の最善だと思うが、君はどう考えている?」
啓太郎も純粋悪という存在の脅威を理解しているのだろう。
彼の額には脂汗が滲み出ていた。
柄にもない彼の慌てふためく姿を見て、俺は少しだけ落ち着きを取り戻す。
「彼の言う通りね。先ずは移動手段を確保しましょう。この世界の抑止力の所為で力を制限されている私達じゃ、あんたらを純粋悪の下に連れて行く事はできないし」
自称神様同様、犬みたいなキーホルダーになった脳筋女騎士は口を開く事なく、首を縦に振る。
「とりあえず、今やるべき事は2つ。ここが何処なのか把握する事。そして、大蛇がいる北部九州に向かう手段の確保。先ずこれらをクリアしよう。あの大蛇をどうするかは、移動しながら考えれば良い」
「大体承知。とりあえず、ここは俺の故郷だ」
俺は知っている情報を啓太郎達に提供した。
ここが俺の故郷である事。
そして、ここは過去の世界──約10年くらい前の世界である事。
村から駅或いは空港に向かう手段は自家用車かバスしかない事。
そのバスも始発は6時である事を。
俺はできる限りの情報を提供した。
「その情報、1つだけ誤りがあるわ」
酒乱天使は小さな身体に相応しい小さな手を挙げながら、俺の提示した情報を修正する。
「ここは過去の世界じゃない。平行世界よ」
「平行、世界……?」
酒乱天使の言っている事を理解できず、俺は首を傾げてしまう。
「要するに、ここはあんたらが元いた世界──e世界群とは何も関係のない世界群って事。この世界はD世界群の中の1つ。キリスト教・イスラム教・仏教が世界3大宗教として認知されている平行世界って訳よ」
そう言って、酒乱天使は先生の家にある小さな本棚を視線で指差す。
そこには宗教関連の本──『キリスト教の教え』が置いてあった。
「きりすと、教……?何その宗教。聞いた事ないんだけど……」
今の今まで口を閉じていた美鈴が驚愕に満ちた独り言を言い放つ。
「他の世界群ではガイア教の代わりにキリスト教っていう宗教が世界3大宗教の1つとして認知されているのよ」
酒乱天使の指摘により、この世界が俺の知っている世界じゃない事を把握する。
じゃあ、先程出会った俺の両親も先生も俺の知っている彼等と限りなく近いそっくりさんって事なのか……?
「いい?幾ら全能に近い開拓者であっても、時間旅行は基本的に不可能だわ。唯一の例外は滅亡が確定した世界だけ。未来が確定した場合のみ時間旅行できるって訳。アンダスタン?」
「……だったら、デロ○アンみたいなタイムマシンは作れないって事なのか?」
「いいえ、作れないって事はないわよ。世界の滅亡が確定した場合のみ、タイムマシンの製造は成功するわ」
「ん?それって、タイムマシンができたから滅亡するって事なの?それとも、滅亡が確定したからタイムマシンの製造に成功するの?」
美鈴が『卵が先か鶏が先か』みたいな疑問を呈する。
「さあ?どっちでしょうね?私は全知じゃないから、その答えに答える事はできないわ。答えらしいものを言う事はできるけど」
「話が脱線している。さっさと本筋に戻れ。じゃないと、手遅れになるぞ」
脳筋女騎士が理知的な事を口にする。
それに賛同するかの如く、教主様は首を縦に振った。
「本筋に戻ろう。とりあえず、ここが関東である事。この村から急いで出るには自家用車を確保する必要がある事。そして、九州地方に向かうには新幹線が最適である事が分かった。先ずは駅まで向かう自家用車の確保。そして、僕が持っている貨幣が使えるかどうか確認しよう。ここが平行世界だったら、このお金は使えないかもしれない」
いつもだったら冗談の1つや2つ入れていると言うのに、啓太郎は茶化す事なく、淡々と話を進める。
その姿に……いや、今俺達が置かれている状況に対して、少しだけ恐怖心を抱いてしまう。
「大体承知。んじゃあ、先生か俺のオヤジに車を借りに行こ……」
そう言った瞬間、今まで砂嵐の映像しか流れていなかったテレビが歓喜の声を上げる。
俺達の注目は真っ白に染まったテレビ画面に向けられた。
真っ白の映像が俺達の視界を埋め尽くす。
カメラが修復されたのだろうか、再び画面は山よりも大きな巨体を持つ純粋悪"大蛇"を映し出した。
『■■■■■!』
純粋悪"大蛇"が咆哮を上げる。
もう何処にも命が見当たらないというのに、大蛇は枯れ果てた大地を更に破壊する。
が、大蛇の咆哮はテレビ画面を埋め尽くす真っ白の光によって遮られてしまった。
「なっ……!?」
白い光が止む。
それと同時にテレビ画面に大きな穴が映し出される。
荒野と化した大地に直径数キロ規模の穴が空いている映像だけが淡々と流れ始める。
大蛇の姿は何処にも見当たらなかった。
「も、……もしかして、穴の中に落ちたのか?」
教主様の気の抜けた声が室内に響き渡る。
その疑問が正解じゃない事を俺も酒乱天使も脳筋女騎士も、そして、啓太郎も美鈴も気づいていた。
あの大蛇が消滅した事を。
圧倒的な破壊力によって、大蛇の身体は破壊し尽くされた事を。
大穴しか映し出されていないテレビ画面に少女が唐突に映り込む。
事態を把握しようと、頭をフルに回転させる。
すると、何の前触れもなく、テレビ画面に少女が映り込んだ。
その姿はかつての美鈴の姿とそっくりだった。
この世のものではないくらい整っている容姿。
不気味さを感じる程に美しい容姿。
いや、美しいというより可憐という表現が適切だろう。
少女は天真爛漫・人畜無害を体現するかのような容貌をしていた。
その姿に既視感を覚え、テレビ画面に映った少女の顔をじっと見つめる。
少女の顔を見た瞬間、俺と啓太郎と美鈴と教主様は絶句した。
彼女の顔は俺達が知っているものよりも幼かった。
それでも確信してしまう。
画面に映り込んだ少女の正体を。
そして、大蛇を滅した者の正体を。
「どうやら始祖ガイアは、あの娘を依代にしているみたいね……!」
酒乱天使が震えた声を発しながら、画面を睨みつける。
恐らく彼女は始祖ガイアという脅威に畏れを抱いているんだろう。
けど、俺は違う恐れを抱いていた。
もし酒乱天使の言う通り、この少女が始祖ガイアの力を手にしていたら。
始祖ガイアがこの少女の身体を借りて破壊の限りを尽くしていたら。
俺はこの少女を殴らなければならない。
「おい、お前ら。この少女を知っているのか?」
顔を歪ませる俺と啓太郎と美鈴と教主様に脳筋女騎士は疑問を呈する。
俺はそれを首を縦に振る事で答えた。
「ああ、知っている。この世界のじゃなくて、俺達の世界の彼女だけどな」
画面の向こう側にいる無表情の顔をした少女と睨み合う。
彼女の眼は酷く悲しい色をしていた。
「元金郷教信者であり、現役女子大生。オカルトだけでなく宗教にも精通している知識オタク。俺が唯一苦手意識を持っている女性であり、今は美鈴の姉を名乗っている身勝手な女」
右の拳を握り締める。
幾ら俺の知っている彼女ではないとはいえ、彼女そっくりの赤の他人と敵対する事は気持ち良いものじゃなかった。
「……"バイトリーダー"……いや、黄泉川美桜……!」
床に転がっていた目覚まし時計が4時44分を指す。
テレビの向こう側に立っている彼女は、無感情には程遠い瞳で目覚まし時計を睨みつけていた。
───第4人類始祖『ガイア』顕現────
転章:4月31日(急)──閉幕
転章:4月31日(転)
『真・金郷教騒動編』開幕
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を書いてくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
今回のお話で10万PV達成記念短編『4月31日(急)』は終了です。
次回から最終章『真・金郷教騒動編』を始めたいと思います。
本編でやり残した事(特にバイトリーダーや金郷教元教主フィル、そして、司の恩師である先生周り)を掘り下げていきますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は2月18日金曜日22時頃に更新します。




