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4月4日(1)失敗した理由の巻

 

「そいつらは大丈夫よ。身体に異常は見当たらないわ」


 先生の部屋で寝ている啓太郎と美鈴の症状を診た酒乱天使カナリア──つい数分前に合流した──は俺に診察結果を教える。


「ん……ありがとう」


 狼のキーホルダーみたいな姿になった酒乱天使にお礼を告げた俺は、右の拳を弱々しく握り締める。

 あの後、右の籠手の力で鬼達を封印した俺は吐血した美鈴と啓太郎を背負って、先生の家に戻った。

 今は家主のいない先生の部屋で美鈴と啓太郎が目覚めるのを待ち続けている。


「あの"鬼"の事は忘れなさい」


 全長15センチサイズに縮んだ酒乱天使は、溜息混じりに俺の瞳を覗き込む。


「犠牲者を出さなかった時点で上出来よ。あれが人里に降りていたら、少なくとも百万人は死んでいたわ」


「でも、あいつらは犠牲者だ。俺達人間がもっとしっかりしていれば、あいつらは鬼にならずに済んだ」


 身勝手な大人達の所為で死んでしまった子ども達を思い出しながら、俺は先生の家にある目覚まし時計に視線を向ける。

 時計の針は午前3時を指していた。


「ええ、そうね。あんたら人間の弱さと愚かさが、あの鬼を生んだわ。それは純然たる事実よ。だけど、アレはあんたの責任で生まれたもんじゃない。アレは命の価値を軽んじた奴らが生んだものよ」


 人外の視点で俺達人間を詰りながら、酒乱天使は俺をフォローする。

 その言葉は怒りと慈愛に満ち溢れていた。


「……俺はあいつらを救う事ができなかった」


 右の籠手──アイギスの力で鬼を封印した事を思い出しながら、俺は右の拳を弱々しく握り締める。


「あいつらを封印する事で精一杯だった。……鬼だから、化物だからって理由であいつらを殺す事ができなかった」


「それで良いわよ。だって、(アレ)は湖面に映る月みたいなものだから。あの土地を浄化しない限り、アレを倒す事なんてできない。幾ら倒そうが、無限に湧き出てしまう」


「……俺がその気になれば、あの土地に染み込んだ憎悪を払拭できると思う」


 右の拳を見つめながら、俺は思った事を吐露する。


「あの土地に白雷を流し込めば、あの土地に巣食う鬼達を討伐できる筈だ。……けど、それが最善だとは思えない」


 先生の部屋の汚い壁を右の拳で軽く殴る。


「結局、俺ができるのは問題の先送りだ。根本的な問題を暴力で有耶無耶にしているだけで、誰のためにもなっていない」


 最善を尽くす事ができない自分に苛立つ。

 立派な大人になりたいと思っているのに、誰かのために走れる(がんばれる)大人になりたいというのに、何もできない。

 小学生の頃から成長していない。

 いつまで経っても、俺は無力で小さな子どものままだ。


「ん……誰か来たわよ」


 無力感に打ちひしがれていると、部屋の外から男の人の足音が聞こえてきた。

 多分、この部屋の家主──先生の足音だろう。

 強引に気持ちを切り替えた俺は、重い足取りで玄関に向かう。

 そして、玄関の扉を開けると、帰宅した先生を出迎えた。


「おー、先生、今、俺の連れが寝ているから静かに……」


「オレはお前の先生じゃないぞ」


 玄関の扉を開けた俺の前に現れたのは、金郷教元教主──フィルだった。

 数時間前の出来事──鬼が教主様のフリをしていた事を思い出した俺は、念のために彼の顔面を軽く殴る。


「うおっ!?」


 彼は俺の拳を間一髪のところで避けると、情けない声を上げながら、玄関に尻を着けた。


「い、いきなり何をする!?」


「ギリで避けるって事は、お前、本物の教主様か」


「本物かどうか確かめるために、オレを殴ったのか!?もっと良い方法があっただろ!?というか、ギリ避けイコールオレってどういう事だよ!?お前、オレの事をどう思っているんだよ!?」


 あまり気分が良ろしくないので、教主様の正論を聞き流す。


「正論だと思うなら無視するな!」

 

 案の定、頭の中で考えている事が教主様に全部バレてしまう。

 でも、良いか。

 こいつを怒らせても、全然怖くないし。


「うおおおお!オレの事を舐めやがってえええて!!オレの事を見返してやるうううう!!」

 

「はいはい、それより脳き……いや、アランはどこ行った?一緒じゃないのか?」


「私はここだ」


 ムスッとした声が足下から聞こえてくる。

 そっちに視線を向けると、ゴールデンレトリバーを模したキーホルダーが転がっていた。

 キーホルダーから漂う殺気から、これが脳筋女騎士──アランである事を理解する。

 ……え、何でお前も酒乱天使もキーホルダーになってんの?


「この姿じゃないと、私達はこの世界にいられないのよ」


 そう言って、狼のキーホルダーが俺の左肩に乗っかる。


私達開拓者(アウトサイダー)は、ただ存在するだけで世界に影響を与えてしまう。基本的に私達みたいな超越者は、他の平行世界にお邪魔できないの。だから、他の世界にお邪魔できるよう、姿形を変えたって訳」


「あー、……えと、つまり、そのキーホルダーみたいな格好は、お前ら流のドレスアップって事か?」


 酒乱天使の言いたい事を感覚的に理解する。


「そういう事。私達はこの状態でないと、この世界に留まれないって訳」


「……その状態で闘えるのか?」


「無理ね。でも、まあ、世界が滅びかけたら闘えるようになるかも」


 酒乱天使の言葉に犬のキーホルダーみたいな形になった脳筋女騎士が同意する。


「んじゃあ、俺しかいないのか……?この世界に逃げ込んだ始祖ガイアを倒せるのは……?」


「始祖ガイアが世界を滅亡直前にまで追いやったら、私達も闘えるようになる。だが、この世界が平穏を保ち続けた場合、私達は手も足も出せない。もし闘おうとしたら、その瞬間、世界の外に追い出されてしまう」


「……大体承知。んじゃあ、お前らが闘えるようになるまで俺と教主様で頑張るよ」


「おい、ナチュラルにオレを巻き込むな。オレ如きがお前らみたいな化物の闘いについていけ……ん?お前、どうした?さっきから暗い顔しているぞ?」


 考えている事が顔に出ている所為で、教主様に落ち込んでいる事がバレてしまった。


「……なんでもねぇよ」


 鬼と出会った事は敢えて伏せる。

 俺の反応を見て何かを察したのか、教主様は"ピンと来たぜ"みたいな表情を浮かべると、馴れ馴れしく俺の方に手を置いた。


「何かあったんだったら聞くぞ。こう見えて、オレは元教主だからな。人の悩みを聞くのは慣れているぜ」


 ドヤ顔君の彼の顔を見た瞬間、少しだけ苛立ちを覚える。


「だから、何でもねぇって」


 "これ以上、追及するな"と暗に告げる。

 が、遠回しな言い方では彼の理解を得る事ができなかった。


「いいから話せって。どんなにくだらない悩みだろうが、オレに話せば楽になる筈だ。オレはこの世にある全ての啓典に目を通した人間だ。悩み苦しむお前に適切な助言を与える事ができるだろう」


 話してもいないのに、くだらない悩み認定してきやがった。

 何様だ、こいつ。

 もしかして、俺が皮肉で教主様と呼んでいる事を理解していないのか?

 理解していないから、こんなに調子に乗っているのか?

 彼への苛立ちが少しだけ募る。

 殴りたいという衝動が俺の胸の内を焦がす。

 だけど、俺は我慢した。

 立派な大人になりたいので。


「これ以上、追及するな。ぶん殴るぞ」


「分かる分かる、悩みを打ち明ける時って恥ずかしさが先行するよな。オレはお前の気持ちをよく理解でき……ごほっ!」


 ストレートに"追及するな"と言ったにも関わらず、追及し続けたので、俺は教主様の顔面を軽く殴った。

 ちょっとだけスッキリすると同時に、彼が金郷教騒動で失敗した理由を理解した。

 ……ああ、こいつ、人の心が分かっていねぇ。

 


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 今回のお話で1月の更新は終了です。

 次の更新は2月4日金曜日21時に予定しております。

 来月は更新頻度を増やしたいと考えているので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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