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竜胆色の空・苔生した石畳・赤紫の壁の巻

「傷の具合を見るに、どうやら彼等は何者かに"食われた"らしい」


 古びた神社の本殿に転がっている人の形を辛うじて保っている肉塊を見ながら、啓太郎──さっき気絶から立ち直った──は眉を顰める。


「……殺されたんじゃなくて、食われた?どういう事だ?」


「これを見てくれ」


 啓太郎は死体の腹部を指差す。

 

「腹部と一緒に腹部にある内臓がなくなっている。近くに内臓らしき肉塊が転がっていない事から、恐らく彼等は"何者"かによって腹部を食い荒らされたんだろう。ほら、これを見ろ。咬み傷だ。刃物でつけられた傷じゃない」


 流石、警察官と言った所か。

 啓太郎は金郷教信者と思わしき死体を冷静な態度で分析し続ける。

 俺はと言うと、生々しい死体を見て、吐き気を催していた。

 冗談抜きで暫く肉を食えそうにない。


「……だったら、こいつらを殺したのは熊か猪か?」


「いや、これをやったのは猪でも熊でもない」


 そう言って、啓太郎は死体の顔面を指差す。

 死体は赤い涙を垂れ流していた。


「眼球部分が綺麗に抉られている。獣の蹄ではできない抉り方だ」


「んじゃあ、これをやったのは人間だって言いたいのか?」


「多分、な。証拠不十分故に断言はできないが、これをやった犯人は食人嗜好の持ち主だと思われる」


 啓太郎は血に染まった己の手をハンカチで拭いながら、現場を一望する。

 金郷教信者と思われる死体の中に教主様は混じっていなかった。

 ここにいないって事は、多分、生きているんだろう。


「そういや啓太郎、教主様達は?一緒じゃなかったのか?」


「金郷教元教主と女騎士アランとははこの世界に来る前に逸れた。さっきこの世界に来たばかりだから、彼等がどこにいるのか把握していない」


「ん?酒乱天使は?」


「彼女はこの世界について調査している。で、僕は彼女にお願いされて、君達と合流したという訳だ」


 本殿の中から出ながら、啓太郎は俺に事情を説明する。


「……この世界の調査?カナリアさんは具体的に何をしているの?」


 本殿の外で待っていた美鈴が啓太郎に疑問をぶつける。

 ……多分、俺達の話を外で聞いていたのだろう。

 彼女の表情は青褪めていた。


「この世界に逃げたガイア神の行方を優先的に探っている。そのついでに、この世界の実態とやらを把握しているらしい」


「ああ、そうだった。俺達、始祖ガイアを追って、過去(ここ)に来てるんだった」

 

 ここに来た理由を思い出す。

 そうだった。

 俺達はバックでトゥーでフューチャーするために、ここに来たんじゃなかった。

 

「君の事だから忘れていると思ったよ。……で、これからどうするんだい?」


「教主様には悪いが、啓太郎と美鈴を連れて下山させて貰う。人を食う何かがいる以上、啓太郎と美鈴を放置する訳にはいかないし」


「ん?ここに彼がいるのか?」


「ああ、多分。さっき悲鳴が聞こえてきた」


「──それは本当に彼のものだったか?」


 啓太郎が意味深な事を言い始める。


「カナリアは僕と別れる前、こんな事を言っていた。"この地には良くないものが封印されている"、"聞き覚えのある声が聞こえても気にするな"、"アレは声に惹かれた者を狙う"、……と」


 良くないもの。  

 封印。

 聞き覚えのある声。

 そして、声に惹かれた者を狙う。

 そのワードによって、俺はある真実に至る。

 慌てて本殿の方に引き返した俺は、本殿の中にあるであろう御神体──神が降臨して宿る物の通称。一般的に神社の本殿に納められている──を探す。

 御神体と思わきしき鏡は木の床に落ちていた。

 割れた鏡面と剥がれたお札を見た瞬間、俺は声を荒上げた。


「啓太郎っ!美鈴っ!逃げろ!!封印が解かれている……!!」


 叫んだ瞬間、世界から光が消失した。

 突然、真っ暗闇の中に放り出される。

 先ず俺が知覚したのは浮遊感だった。

 今の今まであった足元が唐突に消えてしまう。

 だが、重力が働いていないのか、俺は落ちる事も浮上する事もなく、ただその場に浮き続けた。


(な、何が起きた……!?)


 状況を飲み込めないまま、事態が進展する。

 今まで灯り1つなかった空間に赤紫の炎が灯った。

 安っぽい和製ホラー映画に出てくる火の玉のように漂う赤紫色の炎が、俺の身体を淡く照らし上げる。

 先ず目に入ったのは真っ黒に染まった天地だった。

 天と地の境目が分からない程に、黒く塗り潰された空間が赤紫の炎によって照らし上げる。

 赤紫の炎という光源のお陰で、俺の身体がはっきり見えるようになったというのに、空間は真っ暗闇のままだった。

 違和感を抱く。

 それと同時に四方八方の空間に赤紫の炎が点在し始めた。

 赤紫色の炎が蕁麻疹のように広がっていく。

 画用紙の上に絵の具を溢したように、黒い空間は瞬く間に赤紫に染め上げられてしまう。

 その赤紫色の炎を見て、俺の本能が警告を発した。

 "気をつけろ、ここから先は地獄だぞ"

 本能の囁きを間に受けた俺は、右腕に白銀の籠手を身につける。

 それと同時に赤紫色に染まった空間が燃え始めた。

 空間を焼き尽くす赤紫の炎の向こう側から、竜胆色に染まった空が垣間見える。

 今まで見た事がないくらい不気味な空だった。

 苔生した石畳が俺の足元を埋め尽くす。

 何もかも燃やし尽くした赤紫色の炎が、跡形もなくこの世界から消え失せてしまった。

 竜胆色の空と古びた石畳、そして、四方を取り囲む枯れ木が俺の視界を支配する。

 突如、放り出された異空間は俺にとって馴染みのないものだった。

 全身の鳥肌が逆立つ。

 この感覚は先程経験したものと酷似している。

 そう、あの化け猫──純粋悪"魔猫"と。


「縺溘☆縺代※縺医∴縺医∴縺医∴縺!!!」


 鼓膜を劈くノイズと共に俺の眼前に"何か"が煙のように現れる。

 煙のように現れた"何か"の頭頂部には獣のような角が付着していた。

 赤紫色をした筋骨隆々の身体が壁のように俺の前に立ちはだかる。

 それは御伽噺に出てくる化け物と瓜二つだった。

 

『この時間帯に封山(ふうざん)行くのは止めといた方がええ』


 全長5メートル級の人型の化物を見て、俺は超ババアの言葉を思い出す。


『社に封じられている"鬼"に食われちまうぞ』


 俺の前に現れた"それ"は人の形をした厄災だった。



   ───純粋悪"鬼"変現────

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。

 次の更新は1月21日金曜日に予定しております。

 また、1月16日に本作品が1周年を迎えるため、「価値あるものに花束を1周年記念短編」をTwitter(@norito8989)の方に先行掲載致します。

 もしよろしければ、1月16日からTwitterで掲載致しますのでよろしくお願い致します。

 

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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