悪霊退散の巻
懐中電灯片手に夜の裏山を探索する。
夜の裏山は虫の音しか聞こえない程、静寂に包まれていた。
隣を歩く美鈴の方を見る。
夜の闇に怯えているのか、美鈴は俺の服の裾を力強く握り締めていた。
「大丈夫だって、美鈴。ここは俺の庭みたいなもんだから」
「で、でも、……」
俺の言葉程度で不安を拭えないのか、美鈴は表情を曇らせる。
こんな怖がるんだったら、強引にでも実家に置いて行けば良かった。
自分の選択ミスを心の中で呪いながら、美鈴に話しかける。
「……なあ、美鈴。一旦、実家に戻るか?」
懐中電灯を持っていない手で後頭部を掻きながら、美鈴の方をチラ見する。
彼女は俺の話を聞いていないのか、怯えた様子で前を見つめていた。
「……美鈴?」
「……お兄ちゃん、ここ、何か変だよ」
俺の脚にしがみつきながら、美鈴は前を指差す。
「……何か良くない気を感じる。上手く言えないけど、何か嫌なものがこの先にある」
「嫌なもの?」
美鈴の言っている事を理解できず、首を傾げる。
「うん、……もしかしたら、さっきおばあちゃんが言っていた鬼がいるかも……」
「大体承知。良くないものがいるんだったら、一旦撤退するか。ほら、カンフー危うきに近寄らずって言うし」
「カンフーじゃなくて、君子だよ」
「オケツに入らずんば叔父を得ずって諺もあるが、今回はリスクを背負う場面じゃない。やばい奴がいるんだったら、尚更だ」
「オケツじゃなくて虎穴。叔父じゃなくて虎子だよ」
諺を間違えまくった。
恥ずかしさで頬が熱くなる。
今度からちゃんと勉強しようと思いながら、裏山から離れようとする。
すると、山の奥から教主様の悲鳴が聞こえてきた。
「……あいつ、本当、驚くか叫ぶかしかしてねぇな」
山の奥から聞こえる野太い悲鳴を聞きながら、俺は溜息を吐き出す。
「美鈴、撤退は取り消しだ。教主様を回収しに行くぞ」
「だ、だいたいしょうち」
米俵を担ぐように美鈴を右肩に担いだ俺は、悲鳴の下に向かって駆け出す。
真っ暗闇で殆ど何も見えなかったが、裏山を歩き慣れているので、木にぶつかる事も小石に躓く事もなく、現場に向かう事ができた。
「よっ、……と」
悲鳴が聞こえてきた場所──裏山の神社に辿り着く。
裏山の神社は記憶しているものよりも寂れていた。
落ち葉に埋もれた境内。
朽ち果てた本殿。
鳥居は苔まみれで、手洗い場の水は枯渇しており、狛犬像は砕けている。
とてもじゃないが、管理しているように見えなかった。
(……あれ?この神社、こんなに寂れていたっけ?)
記憶しているものよりも寂れている神社を見て、少しだけ戸惑う。
とりあえず、肩に背負っていた美鈴を下ろす事にした。
「お兄ちゃん、あれ!」
地に足を着けた瞬間、美鈴は月明かりに照らされた本殿を指差す。
そっちの方に視線を向けると、本殿の前に転がっている靴を目撃した。
教主様の靴だ。
そこそこ映画好きな俺の血が少しだけさわく。
多分、これ、ホラー映画でよくあるパターンだ。
恐らくあの靴を拾おうとした瞬間、化物に背後を取られるんだろう。
……やべえ。
不謹慎だけど、映画みたいな場面に遭遇して、ワクワクしてきた。
「あいつ、どこにもいないけど……もしかして、化物に連れて行かれたのかな?」
「さあ?けど、あの靴が何かしらの鍵を握っている可能性が高い。……今からあの靴を拾いに行く。美鈴、俺から離れるなよ」
「何でお兄ちゃんニヤついているの?人1人消えているんだよ?」
どうやら考えている事が顔に出ているらしい。
なるべく無表情になるよう努めながら、俺は本殿の前に転がっている教主様の靴を拾いに行こうとする。
さあ、何が出てくるのやら。
個人的には殺人ピエロとか鮫の化物とかに出会いたい。
だって、そっちの方が鬼よりもホラー映画っぽいじゃん。
何だよ、鬼って。
角が生えたくらいの化物なんて怖くないっての。
どうせ人型ならウォーキングなデッドの方がホラー映画っぽくてマシ。
まあ、ゾンビって数が多いだけで全然怖くな──
「──っ!」
背後から美鈴のものとは違う人の気配を感じ取る。
俺はすぐさまポケットからビー玉を取り出すと、視線を背後に向けた。
背後にあった雑木林から人影のようなものが見える。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。
できるならば殺人ピエロに出会いたい。
そんな事を考えていると、雑木林から見慣れた顔──啓太郎が出てきた。
「僕だ」
「悪霊退散」
ビー玉を指で弾き飛ばす。
真っ直ぐ飛んでいった勢い良く啓太郎の眉間に突き刺さった。
「何やってんの!?」
気絶した啓太郎と俺を交互に見ながら、美鈴は激しいツッコミを繰り出す。
「除霊だ」
「啓太郎さんは霊じゃないと思うけど!?」
「霊みたいなもんだろ。最近、出番なかったし」
「そりゃあ、仕方ないよ!私も啓太郎さんもお兄ちゃん達みたいな万国ビックリ人間博覧会参加者じゃないんだから!あんな化物達の中で存在感発する事ができないから!」
「おいおい、俺を酒乱天使と脳筋女騎士と一緒にするのはやめろよ。あいつら戦闘機並みの速さ出せるわ、九州地方を海の底に沈める事ができるわで、めちゃくちゃなんだぞ。ノーマルな俺ではついていくのが精一杯だった」
「その闘いについていけるお兄ちゃんも大概だと思うんだけど!?」
嫌々ながら気絶している啓太郎の方に歩み寄ろうとする。
その瞬間、鉄の匂いが俺の鼻腔を擽った。
匂いの方に顔を向ける。
吐き気を催す鉄の匂いが漂ってきたのは、本殿の方からだった。
「美鈴、そこから動くな!あと、目を閉じてろ!」
朽ち果てた本殿の向かった俺は、カビの生えた木の扉を蹴破る。
扉を蹴破った俺が目にしたのは、血に塗れた黒フードを着ている男達の死骸だった。
「こいつら、……まさか」
見覚えのある黒フードを見て、俺はつい驚きの声を出してしまう。
この黒フードは、かつてキマイラ津奈木や鎌娘、そして、教主様が着ていたもの。
……間違いない、この黒フードは"金郷教"のものだ。
「……何で、こいつらがここに……」
金郷教の信者らしき死骸を見て、俺は疑問の言葉を漏らす。
だが、謎が謎を呼ぶだけで、誰も俺の疑問に答えてくれなかった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉と新年の挨拶を申し上げます。
あけましておめでとうございます。
残念ながら2021年内に8〜10万PV達成記念短編『4月31日』を終わらせる事ができませんでしたが、必ず完結まで投稿しますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。
また、ブクマ200件記念中編は現在投稿している『4月31日(急)』完結後に投稿する予定です。
ブクマ200件記念中編『花束は価値あるものに(仮)』では『4月31日(破)』で出てきたジングウと赤光の魔導士を掘り下げていきたいと考えておりますので、読んでくださると嬉しいです。
今年も定期的に更新していきますので、お付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は1月14日18時頃に予定しております。
今月も先月と同じような更新スピードになると思いますが、ご理解の程よろしくお願い致します。




