4月3日(3)両親の巻
「うわー、懐かしい。そういや先生の家、こんな感じだったわ」
美鈴と一緒に小学校から少し離れた所にある先生の家──木造アパートの一室。俺の記憶が正しければ、広さは六畳くらいだったと思う──に脅された俺は、久しぶりに見る先生の部屋に感動を覚える。
薄汚い畳み、敷きっぱなしの布団、年季の入ったちゃぶ台に地デジに対応していない箱型テレビ。
部屋にあるもの全てが俺にとって懐かしい代物だった。
(確か天井裏に金髪爆乳もののエロ本があるんだっけ)
エロ本捜索は美鈴がいるので、流石に自重する。
ほら、教育に悪いし。
「か、かなり独創的な部屋だね」
ゴミ箱から溢れるカップ麺のゴミを見ながら、美鈴はぎこちなく笑う。
「美鈴、これは独創的な部屋なんかじゃない。ただの汚部屋だ」
「お姉ちゃんは言っていたよ。『褒める所がないものを褒める時は"独創的"という言葉を使え』って」
「そうか、言葉を選んだのか」
お姉ちゃん──バイトリーダーの教育が功を成したのか、美鈴は言葉を選べる子どもに成長していた。
「悪かったな、独創的な部屋で」
工房にある靴が3個くらいしか置けないような狭い玄関の方を見る。
そこには先生が立っていた。
「掃除する習慣を身につけろよ、じゃないと、また掃除しに来た奥さんに小言言われるぞ」
「慣れている」
「あと、毎食カップ麺は止めといた方が良いと思う。早死にするぞ」
「問題ない」
先生は俺の忠告を全て受け流す。
その顔は無愛想そのもので、可愛げなんてものは全然なかった。
「……来客用の布団は押し入れの中にある。食事は冷蔵庫の中から勝手に取ってくれ。私は少し出掛けてくる」
「出掛ける?どこに?」
「病院だ。多分、今日はここに戻らない。……この家は好きに使うと良い。何かあったら病院の方に電話を掛けてくれ」
そう言って、先生は部屋を後にする。
残された俺と美鈴は、彼の背中を黙々と見送った。
「………もしかして、機嫌悪いのかな?」
「気にすんな、あの人は昔からあんな感じだ」
忘れかけていた過去の記憶が徐々に蘇る。
確か先生はあんな感じの人だった、
愛想がなくて、人付き合いが下手な癖に寂しがり屋で、足が臭くて、生活はズボラで、足が臭くて、運動が苦手で、足が臭くて、とにかく足が臭い人だった。
「どんだけ足の臭さ強調してんの!?」
俺の思考を読んだ美鈴はツッコミの声を上げる。
「というか、恩師なんでしょ!?何で長所よりも短所の方を思い出しているの!?」
「でもなー、足が臭い事だけは確かだし」
「足が臭いのはもう良いよ!」
「でも、良い所はあるぞ。えーと、………………………」
「思い出せないの!?」
ガチで先生の良い所を思い出せなかった。
「まー、良い所はあるよ、うん。言語化するのが難しいだけで」
そんな事を考えていると、玄関の方からチャイム音が鳴る。
俺は深く考える事なく、玄関の扉を開けると、来客者に先生がいない事を伝えようとした。
「はいはい、先生は出掛けていま……」
先生の家に訪れた来客者の顔──茶髪の20代後半の女性を見る。
その顔は……年齢よりも若く見える顔は俺にとって見覚えのあるものだった。
「…………」
「……….…」
見覚えのある茶髪の女性と睨めっこし続ける。
俺も彼女は目を点にしたまま、固まっていた。
俺が驚くのも無理もない。
だって、俺の目の前にいる女性は俺の母親なんだから。
「つ、……司がでっかくなってるううううううう!!!!」
硬直から解けた瞬間、俺の母は奇声を発する。
「え!?嘘!?何で!?何で身長めちゃくちゃ高くなっているの!?数時間前まで豆だったじゃん!?何でこんなに大きくなってんの!?変なキノコを食べた!?」
「誰が豆だ!!」
「うわー、ついさっきまで女の子みたいに可愛かったのにいいいいい!!!!今では澄んだ目をしたトロールになってるうううう!!!」
「誰が澄んだ目をしたトロールだ!暴力ゴリラ女!!」
「あ゛あ゛ん゛!?誰が暴力ゴリラ女だって?顔だけショタ!!てめえ、あんま舐めていると、ど突くぞ!!」
「ああ、やってみろよ、クソババア!あんたじゃ俺には勝てないだろうがな!」
「上等じゃ!売られた喧嘩は買……」
「やめなさい」
母の背後に立っていた黒紅色の髪をした男性──ボーイッシュな女性みたいな容姿をしている──が溜息を吐き出しながら、チョップを繰り出す。
男のチョップを後頭部に受けた母は"いてっ!"と発すると、男にメンチを切り始めた。
「で、でも、こいつが喧嘩を売って……」
「いつまで暴走族気分でいるつもりだ、母さん。もうアラサーだぞ?そろそろ落ち着きを……」
「うるせー!心は今でもブンブンだから!」
「ほら、バナナだぞー」
やる気なさそうに呟きながら、男性は懐から取り出したバナナを母に与える。
母はいつものようにバナナを受け取ると、それをモシャモシャ食べ始めた。
「すみません、ウチの妻が無駄に絡んでしまって……」
「いえいえ。こういうのは……その、慣れているんで」
俺に頭を下げる礼儀正しい男性を見て、俺はつい動揺してしまう。
だって、目の前にいる彼は俺の父なんだから。
「にしても、……本当、司とそっくりだ」
そう言って、父はまじまじと俺の姿を見始める。
「司が大きくなったら、こんな感じになるのかなぁ」
「無理無理。あの子、全然牛乳飲まないし。こんなに大きくはならないでしょ。あの子は一生低身長のまま、女の子と間違われ続ける運命よ。おーっはっほっほっ!」
「んだと、ゴリラババア!!大人しくバナナ食ってろ!」
「お前には関係ないだろうが、ショタ顔オーク!」
「というか、何で君がキレているんだ……?」
母と睨み合いをしながら、俺は父にツッコミを入れられてしまう。
いかん、いかん。
このままでは俺が未来から来た事がバレてしまう。
良い感じに誤魔化さないと……
「……もしかして、君、未来から来た司、……なのか?」
映画オタクである父は一瞬で真実に辿り着いてしまう。
というか、勘が良過ぎだろ。
「もしかして、バックでフューチャー案件に巻き込まれているのか?」
しかも思考回路が前回の俺と同じだった。
流石は俺の父親。
思考回路がバカな俺とよく似ている。
「なるほど、なるほど、大体承知。バックでフューチャー案件なら話が早い。母さん、さっさと帰るぞ。ここにいたら歴史が変わってしまう」
「歴史変わる?何それ?……って、ちょ、どこ連れて行くのよ!?光先生にお礼を言うんじゃなかったの!?」
「司、頑張れよ。未来の世界は君にかかっている」
「あー、うん、頑張る」
「え、司!?やっぱ、アレ司なの!?え!?どういう事!?あなた、ちょっと説明し……おーい!!!」
俺が置かれている状況を爆速理解した父は、すぐさま事情を理解していない母を連れて、この場から立ち去る。
この場に残された俺と美鈴は、ポカンとした様子で立ち去る彼等を見送った。
「……何か嵐みたいな人達だったね。あの人達、お兄ちゃんの知り合い?」
「ん、ああ、俺の父ちゃんと母ちゃんだ」
「ああ、通りで」
「おい。通りでって、どういう意味だ?」
遠い目をする美鈴に疑問を投げかける。
幾ら尋ねても美鈴は遠い目をするだけで何も答えてくれなかった。
おーい、どういう意味だー?
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
そして、突然更新時間を変更した事について謝罪の言葉を申し上げます。
本当に申し訳ありません。
もしかしたら来週も更新時間変わるかもしれませんが、その時はTwitterや最新話あとがきにて告知致します。
また、次の更新は来週金曜日大晦日の18時頃に予定しております。
来年も定期的に更新していきますので、お付き合いよろしくお願い致します。




