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4月2日(7)『「貴様は、自分のくだらない感情だけで全人類の幸福を踏み躙るのか?』の巻

 悲鳴の下に向かって走り始める。が、幾ら足を懸命に動かしても、激痛が生じる所為で足は上手く動いてくれなかった。

朝、起きた時よりも痛みは和らいでいたが、それでも無理に動かしたら悲鳴を上げてしまうくらいの激痛に見舞われる。多分、腕や脚、肋骨などの骨に罅が入っているのだろう。痛む箇所があり過ぎる所為で、逆に何処が痛いのか分からない。とてもじゃないが、万全の状態とは言えなかった。


 そんなネガティブな事を考えている内に、俺は悲鳴の主の下に辿り着く。現場に着いた俺が目にしたのは、黒焦げになった男女4人の姿だった。


「おい、大丈夫かっ!?」

 重傷を負った男の身体を揺さぶる。その瞬間、背後から冷たい視線が突き刺さった。反射的に振り返る。視界に映り込んだのは、紫電の槍。空気を引き裂きながら飛翔する雷槍を俺はいつの間にか装着していた右の籠手で受け止める。


「ぐっ……おっ……!?」

 

 が、勢いを殺し切れず、俺の身体はあっさりと吹き飛ばされてしまった。態勢を崩している間にも、紫電の矢は豪雨の如く降り注ぐ。俺は避け切れない攻撃を右の籠手で受け止めながら、降り落ちる紫電の槍を間一髪の所で避け切った。


「ぐっ……」


 だが、無理に動かした所為で、怪我が悪化してしまう。痛みに堪え切れず、声を少しだけ漏らしてしまった。そして、自分の限界が近い事を悟る。


「ほう、オレの雷を難なく捌き切るとは。その神造兵器はオレのと同じ性能を持っているらしい」


 雷が飛んで来た方向から男の声が聞こえて来た。視線を声の主の方に向ける。そこには、左腕に白銀の籠手をつけた若い男が立っていた。


「──何者だっ……!?」


「フィルラーナ・ロランディーノ、金郷教の現教主だ」


 金郷教の教主を名乗る男は左腕から紫電を発生させると、俺に向けて電撃を放つ。俺は咄嗟の判断で、襲い来る紫電の波を右の籠手から発生する雷で受け止めた。紫電は右の籠手に触れた途端、白雷に変換されると、跡形もなく消え去ってしまう。


「ふむ、その雷はありとあらゆる魔を払い除けるようだな。差し詰め、お前のその神造兵器は、主神ゼウスが用いていた防具、アイギスであると予測する。ゼウスが使うアイギスは盾に肩当て、胸当てが主流だと言い伝えられていたが、籠手のアイギスは中々珍しい。が、驚きはない。アイギスは元々、山羊皮を使用した防具全般を指すのだからな」


 自称金郷教教祖はそれっぽい専門用語を吐きながら愉悦に浸る。隙だらけの奴の顔面を殴るため、俺は思いっきり地面を蹴り上げた。こいつを倒せば、この事件も抱えているモヤモヤも有耶無耶にできる。そう思った俺は拳を力強く握り締めた。

しかし、一歩踏み出しただけで、激痛が脳を激しく揺さぶる。痛みに耐えようとして、俺の身体は硬直してしまう。痛みを堪えようと力み過ぎた所為で、俺は隙を作ってしまった。全力疾走とは程遠い速さで走る俺を見た途端、男は口の端を吊り上げる。


「おいおい、いいのか?そんな不用心に突っ込んで。背中、がら空きだぞ?」


 奴が背中という単語を発した途端、危機感が最高潮に達する。深く考えないまま、俺は右手の籠手を背後に向けた。瞬間、俺の右掌は何かを受け止める。衝突したのは、赤黒い鉄の塊だった。籠手から生じた電撃を赤黒い塊に流し込むが、手応えは全く感じられない。このままでは押し負けると判断した俺は塊を受け流した。


 赤黒い何かは勢いを殺す事なく、勢いよく飛翔すると奴の足元に突き刺さる。態勢を崩した俺は、アスファルトの地面の上に倒れると、激痛が走る身体を無理に起き上がらせた。


「ほう、音速で放たれたグングニルを受け止めるのか。アイギスの力かお前自身の力なのか分からないが、とても面白い。通りでキマイラ津奈木を退け、数百の信徒から逃げ切れる訳だ」


 アイギスとかグングニルとか厨二病が好きそうな単語使いながら、奴は俺を物理的にも精神的にも見下す。


「神様が使う武器を名乗るにしては威力がちゃっちいな。名前負けしているぞ?」


 皮肉を飛ばしながら、この状況を打破する方法を見出そうとする。が、全身に走る痛みの所為で考えがまとまる事はなかった。


「そりゃそうだ。これはお前らが連れ去った不完全な神器に造らせたものだからな。もし神器に人間性がなければ、ガイア神がいなくても真に迫るものを造れただろうよ」


 奴は地面に突き刺さった赤黒い鉄塊を軽く蹴る。たったそれだけでグングニルと呼ばれていた鉄塊は粉々に砕け散ってしまった。


「唯一、まともな形になったのはオレのヤールングレイプとお前のアイギスだけだ。オレとお前の籠手が左右対称になったのは、神器の判定だろう。“右を善、左を悪”とする観念は世界的に存在するのだからな。恐らく神器は自分を追い詰めるオレを悪、自分を助けてくれるお前を善と見なしただろう。なるほど、やはり、神器に人間性など必要はない。それの所為でグングニルみたいな攻撃性のある武器は造れないのだからな」


 奴がごちゃごちゃ訳分からない事言っている隙に距離を詰める。だが、奴は左腕を振るうだけで俺の進行を阻んだ。紫電の津波が押し寄せて来る。俺は発生させた白雷で強引に相殺させた。


「くそ……!」


 紫電が邪魔で中々距離を詰められない。こいつさえ倒せば、全てが解決するのに。


「お前、オレさえ倒せば全部解決するって思っているよな?」


 俺の心を見透かしたような発言に、思わず身を縮こまらせる。


「それは逆だ。オレを倒した所で全ての問題が悪化するだけだ。貧困問題、少子高齢化問題、人口減少、LGBT、そして、格差社会問題。これら全ての社会的問題は全人類の欲望が満たされない結果、引き起こされたものだ」


「話のスケールが大き過ぎて、よく分からねぇよっ!」


 胸の中のモヤモヤが悪化の一途を辿る。奴の言葉に耳を貸したらいけない。そう思った俺は再度地面を蹴り、奴との間合いを詰めようとする。


「なら、話のスケールを小さくしよう。お前は何故、人は悩んだり落ち込んだりするか分かるか?」


 奴は紫電の矢を大量に放ちながら、俺との会話を続ける。俺は右の籠手で矢を捌きながら、奴との距離を少しずつ詰めていく。


「答えは理想と現実との間にギャップがあるからだ。自分はこんな人生を送りたいのに、自分はこんな評価を他人から受けたいのに、そんな神が聞いたら一蹴されるような理想を誰しも抱いているから人は苦しみに囚われるんだ」


 奴の狙いが俺の背後で転がっている人達に変わる。途端、紫電の槍は豪雨の如く、降り注ぎ始めた。黒焦げになった彼等を守るため、俺は防戦に専念する。


「理想通りにならないのは当然だ。この世界は椅子取りゲームみたいなもんだからな。劇の主役になれる奴も4番エースになれる奴も、そして、救世主になれる奴も数に限りがある」


 捌き漏らした奴の紫電を受ける度に鈍い痛みが広がる。内臓が焼かれる。視界が真っ白に染まる。どうやら俺の雷と違って、奴の電撃は物理的破壊力を持っているらしい。歯を食い縛りながら、今にも倒れそうな身体を動かし続ける。自分の身体も盾に使う事で、何とか背後にいる彼等に電撃が届かないように踏ん張る。


 名もなき少女が言った“機械的な善”というワードが脳裏に過った。自分を嘲笑する。確かに彼女の言う通りだ。今、俺は見ず知らずの怪我人を守るために、自分の身体も盾に使っている。自分の身体を蔑ろにする事で、誰が見ても正しい事をやっている。けど、この行為に理由はない。俺はただ“目の前にいる人がピンチだから”といいう事実だけで、自分の身を犠牲にしている。目の前で苦しんでいる人に愛情や好意なんてものを向けていない。なのに、俺はこの人達を守るために我が身を削っている。何のために?誰かのために?美鈴のために?それとも、自分のために?考えても答えは出ない。俺は何故ここにいるんだろう?


 電撃の矢が直撃する度に激痛が走る。俺は気合いと根性だけで意識を保ち続けた。気を抜いたら一瞬で気絶しそうだったが、舌を噛む事で意識を保ち続けた。


「だから、オレは全ての人の願いを叶えてやる事にした。全人類が理想郷に行けたなら誰も椅子取りゲームしなくて済むだろ?誰もが主役や救世主になれる優しい世界だ。これこそがガイア神が望む誰もが平等な世界なのだ。何しろ皆が皆、最高の境遇に浸る事ができるからな」


 奴の電撃を受ける度に身体は上手く動かなくなる。今は脳内麻薬が発生しているから、辛うじて動けているのだろう。だが、それも時間の問題だ。俺が奴の攻撃を防げなくなったら、終わりだ。


「あの神器となった女の人格を潰すだけで理想郷が手に入るんだぞ?安い犠牲だと思わないか?」


「……思わねえ……なっ!!」


 このままでは拉致が明かないと判断した俺は、打開策を頭の中で模索し始める。だが、いくら考えてもいい案は浮かばなかった。考えはまとまらなかった。


「その犠牲もガイア神に頼めばなかった事になる。神を降ろすって事は全ての救いをもたらすって事なんだよ」


「それが100パーセント叶う保証がどこにある!?下手したらここら辺一帯が焦土になっちまうだろうが!?」


「いいや、そんな事はない。何故なら、あの神器は過去に類がないくらい完成度が高いんだ。失敗など有り得ない」


 1番聞きたくなかった言葉が鼓膜を激しく揺さぶる。


「貴様は、自分のくだらない感情だけで全人類の幸福を踏み躙るのか?」


 胸にかかったモヤモヤが俺の胸を締め付ける。未だ納得のいく答えを出せていない俺は、全人類の幸福を踏み躙る事ができない俺は言葉を詰まらせることしかできなかった。奴はそんな俺を嘲笑うかのような動作で口を動かし続ける。


「しかし、現段階ではお前の言う通りだ。神器の人間性を消失させ、儀式を完遂させたとしても、今のままでは神の手綱を引く事ができない。全人類の幸福のため、オレはミョルニルを完成させる必要があるのだ。全知全能の力を持つあの神造兵器さえあればガイア神を制御する事ができるからな」


 奴は右掌を俺に向けて差し出すと、傍若無人な態度で、とんでもない事を要求し始めた。


「オレにアイギスと神器を渡せ。そうすれば、オレが全部救ってやる」


 すぐには答えられなかった。多分、奴に任せたら本当に全ての人が幸せになれるだろう。俺が大人しく従うだけで、美鈴が少し我慢するだけで、全部丸く収まるのだ。それは頭で分かっている。なのに、心が納得しない。例えそれがどうしようもない正論だとしても、美鈴を犠牲にするのだけは許せなかった。その気持ちが本物か偽物か判別はつかなかった。が、それでも引く訳にはいかないと思った。


「と、言っても従う訳がないか。お前は神器に操られている──かもしれないからな。どんなに正論を突きつけても、首を縦に振る筈がない」


 俺のその思いは偽物だと、奴は暗に告げる。俺は否定しようにも否定できなかった。それは、ずっと保留にしていた答えだから。


「なら、もういい。お前は寝ていろ」


 奴は左掌を俺に突き出す。その瞬間、奴の背後から黒の稲妻を身に纏ったバイトリーダーが現れた。

「がっ……!?」


 バイトリーダーが黒い雷を放とうとした瞬間、彼女の背中に赤黒い鉄塊が突き刺さる。彼女は無様に地面の上に着地すると、鉄塊を背中に生やした状態で気絶してしまった。


「バイトリーダーっ!!」


 背中から血を流している彼女に駆け寄ろうとする。だが、俺の足は突如現れた巨大なペンチにより止まってしまった。巨大ペンチは瞬く間に俺の右腕に着いていた籠手を引き剥がす。何の痛みもなく、俺は持っていた唯一の武器を奪われてしまった。


「返してもらうぞ、それはお前には過ぎた力だ」

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