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?月?日 赤光vs白雷(後編)


「なっ……!?」


 ルルイエはすぐさま喉仏に刺さった矢を引き抜くと、血に濡れた鏃を信じられないような目で見つめる。

 ルルイエが驚くのも当たり前だ。

 彼女は魔法の力で自身の防御力を限界以上に引き上げていたのだから。

 鉄塊さえも斬り刻むフクロウの斬撃を無効化する程に。

 鉄塊さえも砕く褐色の青年の殴打を無効化する程に。

 そんな圧倒的な防御力を持っていたルルイエが、ジングウの一撃により致命傷を負ってしまったのだ。

 ルルイエの口から驚きの声が出るのも無理はない。


「ちっ……やっぱ、あの人は厄介ですね」


 すぐさま魔法で治癒速度を底上げしながら、ルルイエは忌々しいと言わんばかりにジングウを睨みつける。

 本来、致命傷だった傷を癒すため、彼女は全ての魔力(リソース)を回復に割く。

 その所為でルルイエは隙だらけの状態になってしまった。

 その隙をジングウは見逃さない。

 造形魔術で造った弓に白銀の矢を番い、回復に徹するルルイエの心臓を射抜こうとする。

 

「ライトニング・ガンズ・ショット」


 赤光が放った無数の光弾がジングウの頭上に降り注ぐ。

 ジングウは即座に弓矢を手放すと、無駄のない動きで降り注ぐ光弾の雨を避け続ける。 

 その所為でジングウはルルイエを逃してしまった。

 空間に割れ目を作ったルルイエは、すぐさま平行(ちがう)世界に跳ぶ。

 

「逃がすか……!」


 光弾の雨が降り止むと同時にジングウは逃げたルルイエを追いかけようとする。

 しかし、ジングウの進行は割り込んだ赤光によって遮られた。

 赤光が振り下ろす斬撃をジングウは懐から取り出した短剣で防いだ。

 ──甲高い金属の音が異空間内に響き渡る。

 後退しようとするジングウに追撃を仕掛ける赤光。

 ジングウは短剣が壊れないように細心の注意を払いながら、赤光の間合いから抜け出そうとした。


「そんなにあの女を殺したいのか?」


 目にも映らぬ速さで剣の形を象った光を振るいながら、赤光はジングウに話しかける。


「君こそ何故あの女を守っている?」


「世界を救うためだ」


 赤光とジングウは鍔迫り合いをしながら、言葉を交わす。


「彼女の思想は危険だ。放って置いたら、間違いなく多くの人達に危害が及ぶ。もしかしたら"絶対悪"になってしまうかもしれない。……赤光の魔導士、君が彼女を守った所為で救える世界も救えなくなるぞ?」


「それは同感だ。だが、今殺さなくても良いだろ。あいつを殺したら、あっちの世界で暴れている"純粋悪"の成り損ない──純粋悪"魔猫"──が消えてしまうぞ?」


「それがどうした?」


「あの女──ルルイエはあの成り損ないを始祖ガイアにぶつける事で始祖ガイアを潰そうとしている。あの女の企み通りにいけば、世界は救われるんだ。なら、今、殺すべきじゃないだろ」


「その企み通りいかなかったら?あの成り損ないが始祖ガイアと闘わなかったら?他の世界に進行してしまったら?最悪の事態が起きた場合、君はどうするつもりだ」


「その時は、その時だ。それなりのリスクを抱えないと、最低限の命さえも守れないぞ?」


「リスクを背負うべきという主張は同感だ。しかし、無駄なリスクを背負う必要はない」


 懐から拳銃を取り出したジングウは、赤光の腹部に銃弾を叩き込む。

 銃弾(それ)を赤光は咄嗟の判断で避ける。

 放たれた白雷を纏った鉛玉は、赤光の左脇腹に擦り傷を負わせた。


「目の前にある脅威を排除するために、新たな脅威を見逃す訳にはいかない。──そこを退け、赤光の魔導士。それ以上、やると言うのなら手加減はせんぞ」


「はっ、青いなクソガキ」


 そう言って、赤光は魔法と魔術の力で弓矢を象った光を創出する。


「世界を救うんだったら、使える手段は全て使うべきだ。たとえ、それが人の道から逸れた手段(もの)であったとしても、だ」


 世界を救うという目的で動いている赤光とジングウが対立している理由。

 それは価値観の相違。

 世界を救うためならハイリスクハイリターンを選ぶべきだと主張する赤光に対し、ジングウはリスクをなるべく削減しようと考えている。

 故に彼等は対立している。

 もし話し合う時間があったら、上手い落とし所を見つける事ができただろう。

 しかし、純粋悪"魔猫"が暴れている上にルルイエが逃亡を図っている現時点で話し合う時間を作れる訳がなく。

 価値観の違う彼等は自身の考えている最善を尽くすために対立する以外、術はなかった。


「そのためにハイリスクハイリターンを選択するのか。どうやら君はかなりの博徒らしい。正直、君の案に魅力は感じない」

 

「なら、話は以上だ。これ以上、語り合った所で何方が正義かなんて答えは出ないだろう。──どっちも正しくもなければ、間違ってもいないからな」


 赤光は弓を象った光に紅色の光を放つ矢を番う。

 その矢を見て、ジングウは切札を使う事を選択する。


「時間稼ぎはこれでお終いだ。──行くぞ、白雷の代弁者。あの女が別の世界に逃げるまでの間、少しばかりおねんねして貰うぞ」


「おねんねするのは君の方だ」


 ジングウは秘密裏に切札を切る準備を始める。

 心の中で呪文を呟き、魔導の最奥──心器(アニマ)を起動させる。

 心器(アニマ)を発動するタイミングは、赤光の弓から矢が放たれた瞬間。

 そのタイミングをジングウは密かに待ち続ける。


「行くぞ、白雷。この一撃、凌げるものだったら、凌いでみろ」


 紅色の矢から膨大な魔力が零れ落ちる。

 それと同時に紅色の光が異空間内を包み込んだ。

 ジングウは本能的に察する。

 赤光が放とうとしている一撃はかなりの破壊力を秘めている事を。

 あの魔力量ならば、小国程度の領土なら更地にする事ができるだろう。

 だが、赤光はジングウを殺すつもりはない。 

 当たり前だ、赤光の目的は始祖ガイアの討伐。

 ジングウという貴重な戦力を失う訳にはいかない。

 故に赤光は矢をジングウの足下に放とうとする。

 ジングウを殺さないために。

 始祖ガイアという脅威を排除するために。

 危機に瀕した数多の平行世界を救うために。

 それを──赤光の目的と狙い──ジングウは把握していた。

 

(ならば、俺がやるべき事は唯一つ)


 ジングウは右の拳を握り締める。

 それと同時に赤光の口から呪文が零れ落ちた。


「──集え光よ、我は光を束ねし者」


 赤光の詠唱と共に矢の形が徐々に変わり始める。

 その変貌を目視しながら、ジングウは心器(アニマ)の起動に必要な呪文──赤光の魔導士に憧れていた恩師から受け継いだ呪文を口に出した。


集え白雷よ(リフレクト)我は花を束ねし者(アイディアル)


 ジングウが詠唱の言葉を唱え終わったタイミングで、赤光は矢の形を象った光を射出する。


「──ライトニング・ドラゴ・アロー」


 射出された紅色の矢は瞬く間に龍の形に変貌する。

 龍と化した矢は光速の速さで大気を駆け抜ける。

 向かう先はジングウの足下。

 直撃しなくても余波だけでダメージを与えられる箇所に向かって龍と化した矢を射出する。

 対するジングウは今の今まで隠していた奥の手──白銀の籠手を右腕に身につける。

 そして、光速の速さで駆け抜ける龍を目で捉えると、心器(アニマ)を展開した。


■■■■(アイギス・)■■■■■(リンカーネイション)


 ()()()不完全な心器(アニマ)を展開させる。

 すると、ジングウの眼前に白銀の盾が現れた。

 否、右胸に纏わりついた籠手を白銀の盾に変えたのだ。

 その盾の直径は凡そ30メートル。

 形は円形。

 盾の表面にはメドゥーサ──神代のギリシアにいた女神だったが、オリュンポス12神アテナの怒りにより純粋悪"魔蛇"にされてしまった。蛇の髪と見るものを石にする目を持つ──と思わしき女性の模様が刻まれている。

 白銀の盾──メデューサの模様を見た瞬間、赤光は己のミスを悟った。


「しまっ……」


 模様を見た赤光の身体に白雷が流し込まれる。

 その瞬間、赤光の身体に埋め込まれている始祖の一部が機能を停止した。

 一瞬、ほんの一瞬、赤光は魔法も魔術も扱えない状態になってしまう。

 その状態になった瞬間、赤光は理解した。

 あの盾の効果を。

 メドゥーサの模様を見た者に白雷(まりょく)を流し込む事で、一時的に魔法・魔術を扱えない状態に至らせる事を。


「ちっ……!」


 赤光は身体中に駆け巡る白雷を体外に放出しながら身体を捻る。

 その瞬間、紅色の龍(赤光の矢)は白銀の盾に直撃した。

 盾に激突した紅色の龍(赤光の矢)は即座に跳ね返されてしまう。

 跳ね返されてた紅色の竜(赤光の矢)は術者である赤光の左脇腹を少しだけ抉ると、遥か後方の空間を穿つ。

 そして、白雷を纏った状態で紅色の竜(赤光の矢)は、純粋悪"魔猫"の下に向かった。

 

「お前……!俺を殺す気か……!?」


 左脇腹の出血を押さえながら、赤光はジングウを睨みつける。


「殺すつもりでやらないと、こっちがやられてしまうからな。手加減してくれて助かったよ」


 息を整えながら、ジングウはルルイエが逃げた方を見る。

 ルルイエは既に戦場(この場)から撤退していた。

 ルルイエを追いかける事は困難である事を瞬時に察したジングウは眉を顰める。

 

(……試合に勝って勝負に負けた、か)


 恐らくルルイエが喉の傷を癒すまで結構な時間がかかるだろう。

 それまでにルルイエを討たなければ、多くの人達に危害が及んでしまう。

 

(彼女が傷を癒す前に、いや、多くの人達に危害が及ぶ前に、彼女を討たなければ……)


「……その前に始祖ガイアの討伐、だろ?」


 ジングウの思考を見透かした赤光は、左脇腹を押さえながら不敵な笑みを浮かべる。


「交渉だ、白雷の代弁者。始祖ガイアを討てば、あいつが逃げた先を教えてやる」


「……………」


 赤光の交渉が不服なのか、それとも赤光の掌の上に転がされるのが嫌なのか、ジングウは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 断れる訳がない。

 というか、断るメリットがない。

 それをジングウは理解しているが、気持ちが追いついていないのか、心底嫌そうな顔をしていた。


「どうした?交渉決裂か?」


 嫌らしい笑みを浮かべながら、赤光は血に濡れた右手をジングウに差し出す。

 この血に染まった手に握手しろと言わんばかりに差し出される右手を見て、ジングウは更に嫌そうな顔をした。

 ──使える手段は全て使う。

 先程、赤光が述べた言葉がジングウの頭に過ぎる。

 もし赤光の交渉に応じたら、ジングウは赤光の尻に敷かれる事になるだろう。

 そうなった場合、今回のような対立を起こせなくなる。

 対立したとしても、"ルルイエの居場所"というカードを赤光が切ったら、彼に従わなければいけなくなるだろう。

 かといって、交渉に応じないのは論外だ。

 一からルルイエの居場所を探していたら、彼女に余分な時間を与えてしまう。

 そうなった場合、多くの人に危害が及ぶだろう。

 ルルイエの手によって引き起こされる被害を未然に防ぎたいジングウにとって、赤光の交渉は断れる代物ではなかった。


「……と、お前が嫌そうな顔をしている間に彼方が終わったみたいだな」


 そう言って、赤光は彼方の方──異空間の割れ目の方を見る。

 

「さて、勝ったのはもう1人のお前か。それとも純粋悪の成り損ないか。……白雷、お前はどっちだと思う?」


 赤光の言葉に応じる事なく、ジングウは嫌そうな顔をしながら、異空間の割れ目の中を覗き込む。

 ジングウの瞳には荒廃した聖十字女子学園跡地しか映らなかった。

 

 

 


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は11月25日木曜日12時頃に予定しております。

 残り2話で4月31日(破)を終わらせるように頑張りますので、お付き合いよろしくお願い致します。

(もしかしたら再び文字数が膨れて、今日みたいに前後編に分かれるかもしれません。その時は後書きやツイッターなどで告知致します)

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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