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4月2日(6)『君は完璧で幸福な世界を潰す覚悟があるのかな?』の巻

 暫く玄関の前で待っていると、私服に着替えた雫さんが俺を出迎える。彼女は額に血管を浮かび上がらせながら、こう言った。


「私達に何か言う事があるよな?」


「着替えている最中なのに、入って来て誠にすみませんでした」


「拳1発で許してやろう」


 俺の脇腹に重い一撃が入る。度重なる戦闘でボロボロになった俺の身体は彼女の一撃を受けるや否や甲高い悲鳴を上げた。雫さんに引き摺られる形で俺は再度彼女の家に上がり込む。


「あれ?もう制裁は終わったんですか?」


 バイトリーダーは先程までの事を気にしない素振りで雫さんに声をかける。


「ああ、もうこいつもボロボロだからな。これ以上、キツイの食らわせると死んでしまう」


 雫さんは"こいつ"を埃塗れの床に放り投げると、敷きっぱなしだった布団の上に寝転ぶ。放り投げられた俺は上半身だけ起き上がらせると、彼女達の身体が傷だらけである事に気づいた。


「って、雫さんもバイトリーダーもボロボロじゃねえか。もしかして、啓太郎が言っていた爆破事件とやらに巻き込まれたのか?」


 包帯や絆創膏塗れの彼女達の身体を眺めながら呟く。


「じゃあ、ここにバイトリーダーがいるって事は……」


 運転免許持ってない雫さんの代わりに運転した結果、巻き込まれたのか?という疑問は最後まで言い切る事なく、バイトリーダーに遮られてしまう。


「ええ、お察しの通り、──私は金郷教の元信者で、……だよ」


「なるほど、俺が察していた通りか」


 全然、察せていなかった。

「……ごめん、君を買い被り過ぎたみたい」


「いいよ、誰だって間違いはあるからさ。その反省を次に生かしてくれ」


「なんで上から目線なの?」


 何とも言えない雰囲気が部屋中に漂う。バイトリーダーは恥ずかしかったのか、耳を真っ赤に染め上げていた。


「単刀直入に聞く、司。お前らは山口で行方不明になっていただろ?何でここまで戻って来たんだ?」


 雫さんは寝転びながら俺に睨みを利かす。俺はこの状況に陥った理由を端的に説明した。


「ヒッチハイクに失敗したからです」


「お前に聞いた私が馬鹿だった」


「ほ、本当だよ!私達は鳥取行って、広島行ったけど、眠っちゃった所為でここまで戻って来たんだから!!」


「つまり、司くん達は啓太郎と逸れた後、ヒッチハイクで追手から逃げていたけど、うっかりミスでここに戻って来たって事なの?」


「ああ、その解釈で合っている。俺達はうっかりミスで振り出しに戻って来たんだ」


「うっかりミスで敵も味方も翻弄しないでくれる?」


「まあ、振出しに戻った件はさておき」


「置くなよ」


「金郷教の元信者であるバイトリーダーは何を企んでいるんだ?その狙いとやらも含めて、洗いざらい話してもらいたいんだが」


「勿論そのつもりだよ。ここまで協力して貰って"はい、お疲れ様でした"って終わる訳にもいかないし。で、君はどこまで知っているの?」


「金郷教の成り立ちと数年前の事件の概要、そして、元信者が美鈴を逃がそうとして現在進行形で奮闘している事だ」


「大体は分かっているんだね。じゃあ、お姉ちゃんは、ざっくり説明しようかな」


「おい、私にも分かるように説明しろ。何なんだ、金郷教って?それがあのローブ被った奴等と関係があるのか?」


 まだ事情がよく分かっていない雫さんは彼女に説明を求める。バイトリーダーは美鈴を膝の上に寝かせると、その状態のまま、金郷教と自分の企みを語り始める。


「司くんにはおさらいになってしまうかもしれないけど、金郷教というのはね、元々空手教室を母体にしてできた集団で、『神を造る事』を目的にした宗教団体なんだよ」


 雫さんに分かりやすいように、バイトリーダーは近くに置いてあった紙とペンを使って図を書き出す。彼女の個性的な丸文字はちょっと読み難かった。素直に彼女の語りに集中する事にする。


「あの魔法とかいう不思議な力を使って神を造るつもりなのか?」


 どうやら雫さんも魔法を目の当たりにしたらしい。魔法の存在を認知している彼女に驚いていると、バイトリーダーは俺に構う事なく話を続ける。


「正確に言えば、魔法じゃなくて魔術なんだけどね。司くん達は魔法と魔術の区別がついてないだろうから、簡単に説明させて貰うけど、魔法は先天的に獲得した特殊な才能、魔術は魔法を再現した技術なんだよ」


「えーと、つまり、生まれ持った才能が魔法で、魔術は勉強して身につけるものなのか?」


「うん、その認識で合っているよ。で、話を元に戻すけど、金郷教は数年前、神を造るのに失敗して、解散寸前まで陥ったの。その時、私みたいな運が良い信者の子どもは表社会に復帰できたって訳」


 運の悪い子ども──美鈴やあの名もなき少女を思い浮かべる。解散寸前まで追い込まれた金郷教はそれでも自分に着いてくる信者の子どもを神器に仕立て上げようとしたのだろう。


「でも、運が良い子ども達は運がない仲間を助けようとこの数年間頑張ったの。時には魔術師と闘い、時には自分の親と闘い、それはもう壮絶な戦いを繰り広げたよ。それはもう激ヤバな」


 軽い口調で話しているから壮絶さが全然伝わらなかった。まあ、重い口調で語った所で俺は同情する事はできても、共感する事は出来なかっただろう。


「で、1ヶ月前、桑原で起きた麻薬売買事件経由で金郷教が神器を造り出した事を聞いちゃった私達は、これじゃ神堕しが為されちゃうって思ったの。で、3月30日の深夜、強引に神器である美鈴ちゃんを助けに行った」


 視点が違うだけで、ここまではキマイラ津奈木が言っていた事と大体同じだ。


「おい、その神なんたらが起きたらどうなるんだ?何か不味い事が起きるのか?」


 雫さんは眠そうな顔で欠伸を噛み殺すと、疑問の言葉を口にする。


「神堕しの成功例はないけど、失敗例なら沢山あるよ。その中で有名なのが第1次世界大戦前に起きたファティマ事件。聞いた事ない?」


 ファティマ事件を知らない俺は首を傾げる。昨日まではオカルトを信じてなかったのに、雫さんはファティマ事件について知っているらしく、得意げになりながら事件の概要を俺に説明してくれた。


「ファティマ事件ってのは、20世紀初めにポルトガルで起きた原因不明の爆破事故の事だ。ネットの都市伝説によると、ファティマという街が何かしらの要因で焦土と化したらしい。爆破の原因は1世紀以上経った今でも分かっていない」


「へえ。じゃあ、神堕しが失敗したら儀式場周辺は焼け野原になるって訳か。まあ、焼け野原になるとか言われても、あまりピンと来ないけど」


「ええ、その通りだよ。数年前は事前に儀式を止める事ができたから、ファティマの二の舞にならずに済んだけど、今回はどうなるのか分からない。下手したら儀式場がある東雲市だけじゃなくて、日本という国が焼け野原になるかもしれない」


 珍しくバイトリーダーの口調が真面目なものになる。たったそれだけで、俺は緊張状態に陥った。話のスケールがデカ過ぎて、あまりピンときていないけど。


「じゃあ、成功したらどうなるんだ?私は金郷教とやらに詳しくないから詳しい事は知らんが、奴等は全人類を神様にする事で誰もが願いを叶えられる状況を作り出そうとしているんだろ?もし成功率100%だったとしても、お前はアンラッキーな子ども達を守るため、儀式を妨害するのか?」


「それでも、私は妨害するつもりだよ。けど、他の仲間はどうするかは分からない。だって、彼等の多くは今でも不遇な生活を強いられている訳だし。もし成功率100%なら、あっち側についても何らおかしくないかな」


 ソファーの上で寝ている美鈴の頭を撫でながら、バイトリーダーは俺の瞳を見つめ出す。


「司さんは成功率100%なら、この子に神を降ろしても良いと考える?」


「んな訳ないだろ、こいつ1人犠牲にするとか間違っている」


「けど、……何でも願いが叶うって事は逆にこういう事も考えられるよ。神様を美鈴ちゃんの身体に堕した後、神様に美鈴ちゃんが助かるようにお願いする。たったそれだけで誰も傷つかない世界が生まれるって考えられない?」


「それは、………」


「成功率100%だったら、文字通り全ての人が救われるって事なんだよ。現在進行形で苦しんでいる人もそうでない人も。そして、これから犠牲者になる美鈴ちゃんも」


 バイトリーダーが言う考えは否定しようがないくらい完璧で非の打ち所がないものだった。『神堕し』が成功するだけであらゆる不幸がこの世から払拭される。つまり、『神堕し』の妨害は、全ての人が幸福になれる機会を潰す事と同義なのだ。


「単刀直入に聞くよ、君は完璧で幸福な世界を潰す覚悟があるのかな?」


 もしも俺がこの先の人生でどんだけ頑張ったとしても、全ての人を幸せにする事はできないだろう。全人類の救済、それは神様にしかできない事だ。それを妨害する資格が俺にあるのだろうか?俺の感情論1つで潰してしまっていいのだろうか?


「と、まあ、司くんが今後直面しそうな問題を突きつけた所で、話を元に戻すよ」


 バイトリーダーは俺から答えを聞き出す事なく、話を前へ進める。


「3月30日、神器である美鈴ちゃんを助け出した私達は本格的に金郷教の魔術師達と抗争を始めた。でも、相手はプロな大人達だから、当然子どもである私達は勝てる筈もなく。3月31日の夜、私達は美鈴ちゃんを追手から奪われてしまったんだ」


「で、美鈴は無断外出していた司に助けられたって訳か」


「そういう事。その後、私は独断と偏見で隣の隣の隣町にある緊急病院に送られた美鈴ちゃんを司くん達の所まで送り届けたの。司くんなら良い感じに金郷教の連中を掻き回しつつ美鈴ちゃんを守ってくれると信じていたから」


 どうやらあの時の美鈴は瞬間移動した訳でなく、バイトリーダーの手で交番に送り届けられたらしい。


「なるほど。お前は金郷教の戦力を減らすために、司達を囮にしたのか」


「信者達を分断させる必要があったからね。今の私達の戦力じゃ美鈴ちゃんを守り切るのは不可能だったし。まあ、それでも厳しい闘いだったんだけど」


「その激戦の痕が日暮市と東雲市で起きた爆破事件って訳か」


 "ざっつ!らいと!"と下手な英語で俺の言葉を肯定するバイトリーダー。


「で、なんとか厄介な連中を倒した私達はこれから行方不明になっていた司くん達を探そうとしたんだけど……」


「なるほど、探す手間が省けたって訳か。……で、美鈴を回収できたお前らはこれからどうするんだ?」


「これから美鈴ちゃんを金郷教の人達が見つからないような場所に隠すつもりだよ」


「隠す当てがあるのか?」


「うん、熊本寄りの所にいい感じの洞窟があるの。強固な結界も張っているから、そこに匿えば明後日まで乗り切れると思う」


「そっか。なら、よかった」


 とりあえず、俺の役目は終わったって事だろう。だが、俺は美鈴の安全を保証できた事を素直に喜ぶ事ができなかった。バイトリーダーに突きつけられた問題──完璧で幸福な世界を潰す覚悟があるのか──、そして、本当に自分の意思で動いているのかという問題。それらが積りに積もって、俺はモヤモヤした気持ちに陥っていた。


 胸の中のモヤモヤを振り払おうとした瞬間、外から爆音と共に断末魔が聞こえて来る。音に反応した俺の身体は考えるよりも先に音源の方へ走り始めた。


「司っ!迂闊に動くなっ!」


「戻ってきて、司くん……!……司さん!!」


 静止の声に構う事なく、俺は衝動的に雫さんの部屋から飛び出る。彼女の汚い部屋から飛び出した途端、家から少し離れた路地裏から甲高い悲鳴が聞こえて来た。

 本日20時に更新を予定している次の話は私用により更新できません。ごめんなさい。

 次の話は7時頃に更新予定です。

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