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4月31日(18) 黒い炎の巻

 女僧侶──ルルの詠唱が終わると同時に蜘蛛の化物の身体/蛇の化物の身体/猫の化物/鳥の化物/馬の化物の身体から、黒い炎みたいなものが滲み出た。

 その炎を目視するや否や、俺は把握する。

 あれは人類の獣性によって生み出されたものである事を。

 あれは──あの炎は人間が抱く憎しみや怒りをより単純化したものだ。

 悪感情の塊と言ったらピンと来るだろうか。

 いや、悪感情というよりも呪いの塊と言った方が分かりやすいだろう。

 あの炎は人間が持つ攻撃性を更に鋭利化したもの。

 理由や理性なんて高尚なものは存在しない、ただの憎しみ(呪い)の塊。

 あの炎を纏う者は目に映る全てのものを破壊し尽くすまで止まらない。

 あの炎は文字通り全てのものを喰らい尽くすために生まれたバグそのもの。

 人類だけでなく、生きとし生きる全ての者にとって害悪な存在。

 ──あれは存在しちゃいけないモノだ。


「……っ!個人の獣性を魔法で無理矢理増幅させたのか……!?」


 赤光の魔導士と大きく距離を取りながら、平行世界の俺──ジングウは声を荒上げる。


「……なるほど、あれが"純粋悪"か」


 幼女との闘いを中断した脳筋女騎士──アランは、黒い炎を身に纏う獣達を見ながら、眉間に皺を寄せる。


「いや、あれは成り損ないです。純粋悪というのは、個人の獣性からではなく、基本的に大多数の獣性から成る"モノ"です」


 褐色の青年と闘いながら、フクロウの獣人は口を挟む。


「どういう意味だ、それは?」


 俺同様、純粋悪について知らないアランが疑問の言葉を口にする。

 それに答えたのは赤光の魔導士だった。


「純粋悪ってのは基本的に2種類の方法で生じる。悪魔や九尾のように大勢の人間から呪われる事で成るモノ、魔猫や赤マントの怪人のように人々の不安や恐怖などの悪感情が形になって生まれたモノ。中には鬼のように自らの意思で"純粋悪"になる例外もあるが、基本的に"純粋悪"は大勢の人間から生じた悪感情が必要だ。それをあの女は個人の獣性を増幅させる事で、死骸を無理矢理"純粋悪"に仕立て上げようとしているって訳だ。分かったか?そこの脳筋」


「おい、ジングウ。そいつを譲れ。私がそいつを殺す」

 

 彼の説明で大体理解した。

 要するに彼女は魔法の力で擬似的な純粋悪を作り出そうとしているらしい。

 

「ええ。私の魔法(ちから)では本物の純粋悪を生み出す事はできません」


 女僧侶は妖艶な笑みを浮かべながら、彼等の推測を肯定する。


「ですが、私の力で生み出せないからと言って、純粋悪が誕生しないとは言っていませんよ」


 彼女の言葉に呼応するかの如く、蛇の化物が鳥の化物の喉仏に喰らいつく。

 猫の化物は蜘蛛の化物を捕食し始める。

 馬の化物が蛇の化物に喰らいつこうとして、返り討ちに遭ってしまう。

 純粋悪の成り損ないが共食いし始める。

 それを見たジングウ/アラン/フクロウの獣人/ガラスの竜は、一斉に化物達に向かって、攻撃を仕掛ける。


「シーちゃん」


「はいはい、やれば良いんだろ、やれば!」


 女僧侶は幼女に声を掛けると、幼女は持っていた本を放り投げる。


「──"All that glitters is not gold"/"輝くもの必ずしも金ならず"」


 彼女が放り投げた本は眩い光を放出するとアランとフクロウが繰り出した飛ぶ斬撃を、ガラスの竜が飛ばしたガラスの剣を文字通り"吸い込む"。

 唯一、ジングウが放った白雷の矢だけは吸い込まれる事なく、蛇の化物の巨体を射抜いた。

 蛇の化物が呻き声を上げた瞬間、化蜘蛛を喰らい尽くした化け猫が蛇の化け猫の頭に齧り付く。

 ジングウは弓に矢を番うと、食事に没頭する化け猫の眉間目掛けて、矢を放とうとした。

 しかし、彼の射撃は赤光の魔導士が放った斬撃によって阻まれてしまう。


「貴様……!世界を滅ぼすつもりか……!?」


 赤光の魔導士の斬撃を躱しながら、ジングウは疑問の言葉を口にする。


 「まさか。俺は世界を救うために、ここにいる」


 ジングウと赤光が闘っている隙に俺は食事に夢中になっている化け猫との距離を詰めようとする。


「お前の歩みを止めるには、これが効果的だろう」


 そう言って、茶髪の癖毛が特徴的な幼女は宙に浮いていた無数の本を不思議な力で操作すると、呆然と立ち尽くしている教主様目掛けて掃射する。

 慌てて俺は足を止めると、教主様の方に向かって駆け出す。

 そして、アランと2人掛かりで飛んで来る無数の本を1つ残らず叩き落とした。

 

(くそ……!ずっと奴らのペースのままだ……!!)


 蛇の化物を捕食しながら巨大化している化け猫から目を逸らしつつ、ガラスの竜の方に視線を向ける。

 彼女も無数の本に翻弄されていた。

 ジングウの方を見る。

 彼は赤光と剣を交えていた。

 フクロウの方を見る。

 彼は褐色の青年の拳を刀で受け流していた。

 ヤベェ、誰もあの化け猫を止める事ができねぇ。

 このままでは、あの化け猫は純粋悪とやらになってしまう。

 ジングウの説明や彼等の焦り具合を見る限り、恐らく純粋悪とやらは手強い相手なんだろう。

 真の力を発揮したガイア神──始祖ガイアと同じくらいに。

 だったら、何とかしないと──!


「──アランっ!」


 飛んでくる本の大群を右の籠手で弾きながら、俺は彼女に声を掛ける。


「ああ、分かった……!」


 聡い彼女はすぐに俺のやりたい事を把握してくれた。

 右の籠手の力で飛んで来る無数の本を引き寄せようとする。

 その時だった。

 化物の身体を覆い隠していた黒い炎が噴出したのは。


「「──っ!?」


 化け猫を起点に黒くて冷たい炎の津波が波紋状に発生する。

 高さ十数メートル級の炎の波は、瞬く間に周囲にある何もかもを呑み込んだ。


「やば……!」


 壁のように押し迫る炎の津波。

 それを右の籠手で受け止めようとする。

 

「退けっ!!」


 右の籠手を変形させようとした瞬間、脳筋女騎士が俺の前に立つ。

 そして、剣の鋒を天に向けると、渾身の力で振り下ろした。



「──"万物を切り裂くのは(ドゥオン・)我が忠義のため(マグナ・カルラ)っ!!」


 剣から放たれた光閃が黒炎の津波に穴を穿つ。

 彼女が穴を開けてくれたお陰で、俺と教主様は黒くて冷たい炎に身を焼かれずに済んだ。


「………これは、想像以上だな」


 炎の津波が通り過ぎた後の俺達に待ち受けていたのは、障害物が何一つない荒野だった。

 先程の津波で焼き払われたのか、校舎の残骸も聖十字女子学園の周囲にあった民家も跡形もなく消えていた。

 桑原学園方面を見る。

 障害物が根刮ぎ焼き払われたお陰で、桑原学園の校舎を見る事ができた。

 どうやら、あの炎の津波は桑原町まで届いていなかったらしい。

 啓太郎や美鈴達が無事な事を把握して、少しだけ安堵する。

 だが、安堵できたのは一瞬。

 俺の安堵は辺り一面を震撼させる咆哮によって掻き消されてしまう。


「■■■■■■■!!!!!」


 大気だけでなく、地面さえも激しく振動する。

 強烈な音圧により、身体に負荷がかかる。

 鼓膜が破れていないのは奇跡だろう。

 痛む両耳を両手で押さえながら、俺は音源の方を見る。

 俺の視界に映し出されたのは、変わり果てた敵の姿。

 見上げても全貌が把握し切れない程に巨大化した化け猫の姿。

 天に頭が衝く程に巨大な身体。

 大樹の幹さえも細木に見えてしまうくらい巨大な脚。

 胴体なんかは東京ドームで例えるのがバカらしくなるくらい広大な面積を有していた。

 背中に聳え立つ8本の尾は並のビルよりも長く太く。

 全貌を把握する事ができない程に、化け猫は巨大化していた。

 辛うじて目の前の敵が身に纏っている炎が猫のような形をしている事だけは分かる。

 とてもじゃないが、拳だけで勝てる相手には見えなかった。


「……あれが本物の純粋悪、……なのか?」


 全長凡そ100メートル級の敵を目の当たりにして、見上げる事しかできない敵を目の当たりにして、俺は苦笑いを浮かべてしまう。

 もう笑うしかなかった。

 いや、もうこれ喧嘩とか何とか言ってられねぇだろ。

 光の巨人案件だろ、これ。

 唯の高校生が喧嘩して良い相手じゃねぇだろ。 

 軍隊引っ張り出しても勝てねぇぞ、あれ。


「かもな……だが」


 下段に構えていた剣を構えながら、脳筋女騎士は重心を落とす。


「──勝てない相手ではない」


 デカさにビビっている俺とは違って、彼女は勝てる気満々だった。


「おい、フィルとやら。あれを倒せば世界を救えるぞ」


 超巨大化した化け猫から目を逸らす事なく、彼女は教主様に話しかける。


「な、……!?オレがあれに勝てると思っているのか……!?」


「勝てる勝てないの話じゃない。立ち向かうか否かの話だ」


 教主様を見る事なく、彼女は真っ直ぐ敵を見据えながら、言葉を紡ぐ。


「む、……無理だ!オレにはあれと闘える自信がない!」


「お前の世界を救いたいという思いは、その程度だったのか?」


 弱音を吐く教主様を詰る事なく、彼女は淡々と問いを投げかける。


「引いたら後悔が募るだけだぞ。後悔したくなければ、命を賭せ。私が言えるのは、それくらいだ」


 彼女の言葉が言い終わると同時に、俺達の周囲は闇に包まれる。

 空を仰ぐ。

 視界に映し出されたのは、真っ暗な闇。

 数瞬遅れて、あの闇が化け猫の尻尾である事に気づく。

 俺が籠手を構えるよりも先に、アランが剣を振るよりも先に、教主様が絶叫を上げるよりも先に、化け猫の尻尾は地面──聖十字女子学園の敷地だった場所──を叩き潰した。


 

 



 いつも読んでくれている方、ここまで呼んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は11月1日月曜日12時頃に予定しております。

 申し訳ありません。

 9万PV達成記念短編「4月31日(破)」を今月中に終わらせる事ができませんでした。

 ようやく終盤に突入する事ができましたが、まだまだかかりそうです。

 もう短編と呼べる程の文量ではありませんが、これからもお付き合いしてくれると嬉しいです。

 寒くなってきましたが、体調を崩されませぬようご自愛ください。

 これからもよろしくお願い致します。

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