4月31日(14)「大丈夫だ、俺は死なない」の巻
「…………は?」
僧侶の服を着た妖艶な女性──ルルの口から出た言葉に驚いた俺は、つい素っ頓狂な声を出してしまう。
「いえ、この言い方は少し誤解を与えますね。貴方は"第3次世界大戦を終結に導く英雄になる確率が高い"と言ったら適切でしょうか」
訳の分からない事を言い始めた。
「第3次世界大戦が起きた世界群では必ずと言っても良いくらいに、"ジングウツカサ"という存在が表舞台に出てくるんですよ。第2次世界大戦を終結に導いた"赤光の魔導士"のように」
第3次世界大戦を終結に導く英雄。
そう言われても、俺にはあまりピンと来なかった。
だって、俺の世界では第3次世界大戦起きてねぇし。
「というか、それ、別の世界の俺がやった事で今ここにいる俺とは関係ないだろ」
「他の世界の貴方──第3次世界大戦を終結に導いた貴方には声を掛けましたが、うんとは言ってくれませんでした。だから、私は 貴方に声を掛けたのです。第3次世界大戦を経験していない且つ神造兵器と似て非なる魔導の最奥である心器を扱う事ができる貴方なら私の誘いに乗ってくれると思ったので」
"いや、乗る訳ねぇだろ"の一言を寸前の所で噛み殺す。
正直、彼女の目的──善人が損をしない世界を作るために悪人をコロコロする──を聞いても、魅力を感じなかった。
というか、平行世界の俺が凄いだけで、ここにいる俺は何も関係ねぇじゃねぇか。
平行世界って"もしも"の世界の総称なんだろ?
数え切れないくらいにあるんだろ?
そりゃあ、世界を救う俺が1人2人いてもおかしくない訳で。
現に脳筋女騎士になっている四季咲や酒乱になった小鳥遊もいる訳だし。
多分、英雄になった俺よりも性犯罪犯して捕まった俺の方が多い気がする。
「で、どうですか?私の誘いに乗るかどうか。イエスかノーでお答え下さい」
「…………」
時間を稼ぐために敢えて黙り込む。
「あ、ちなみにですが、もし私の誘いに乗らなかった場合、貴方が生まれ育った世界を滅ぼします」
何か恐ろしい事を言い始めた。
良かった、反射的にノーとか言わなくて。
「……懸案となっている事項を自社に持ち帰り、検討したいと思います」
怯えている教主様の腕を掴み、俺はこの場から撤退しようとする。
「ダメです。今、ここで答えてください」
帰ろうとした瞬間、蛇の化物と猫の化物が俺達の行手を阻む。
やっぱり、逃げられそうになかった。
「いやいや、俺の将来に関わるような事をそんなホイホイ答えられる訳ねぇだろ。てか、俺の高校、バイト禁止なんだけど」
「なら、高校辞めたら良いじゃないですか」
「そんな事をしたら、親から怒られるっての」
「大丈夫です。普通の大卒よりも高い給料を出しますから。これで親御さんも安心です」
「待遇は?当然、完全週休2日制だよな?」
「繁忙期は休みなく働かせるつもりです」
「めちゃくちゃブラックじゃねぇか」
「大丈夫です、やり甲斐だけは保証します」
「個人的にはそれ以外の事を保証して欲しいな、フクリコーセーとか」
"お前ら、何の話をしているんだ"みたいな表情を浮かべる教主様を横目で見つつ、俺は時間を稼ぐ。
それが迂闊だった。
俺の視線に気づいた彼女は、呆れたような声を上げる。
「ああ、なるほど。その人のために時間を稼いでいるんですか」
「げ、バレた」
俺が見せた僅かな隙により、彼女は俺の狙いに気付いてしまう。
「時間を稼いで、お仲間さんに助けて貰おうとでも考えているのですか?無駄ですよ、今、彼等は"彼女"の心器の中にいますから」
なるほど。
どうやら平行世界の俺と脳筋女騎士がいなくなったのは彼女の所為らしい。
「……まにあ?」
「ノーマニア、イエス心器」
あー、そういや、つい数時間前に説明されたような。
──心器。
魔法と魔術とやらを極めた人にしか使えない魔導の最奥。
神造兵器とやらと似て非なる概念武装具。
俺の右の籠手も心器というものらしい。
……何で魔法使いでも魔術師でもない俺が魔導の最奥とやらを使えるんだろう。
というか、あいつら、魔法を無効化するのが当然だって言ってた癖に何でアニマとやらの中にいるんだよ。
さっさと無効化して出て来いや。
「……で、あんたもアニマってやつを使えるのか?」
「その手には乗りませんよ。貴方の目的が分かった以上、貴方と話す事は何もありません」
彼女が目を細めた瞬間、彼女の身体から突風が巻き起こる。
その突風により、校舎の窓が独りでに割れた。
1枚2枚だけの話じゃない。
ほぼ全てだ。
「なっ……!?何だ、この膨大な魔力は……!?これが一個人の魔力というのか!?」
何か教主様がバトル漫画っぽい事を叫んでいる。
「おいおい、こんなんで驚くなよ。これくらい俺でもできる……ふんっ!」
そう言って、俺は気合いだけで窓を砕こうと、"ふんっ!"という掛け声を腹の底から出す。
しかし、幾ら気合いを込めた"ふんっ!"をやっても、窓を割る所か何も起こらなかった。
「ふんっ!ふんっ!ふうううううんんんん!!!」
「何やってんだ、お前っ!?」
「いや、俺もあいつみたいに気合いだけで窓を砕こうと……」
「馬鹿か、お前は!?」
「バカって言った方がバカだぞ、バカ」
「お前、前々から思っていたけど、頭おかしいんじゃないのか!?こんな化け物を前にして、何でそんな態度を取れるんだよ!?」
「そりゃあ、あいつよりも俺の方が強いからな。あいつに負ける要素はねえ」
僧侶の服を着た女性を睨みつける。
彼女は俺の挑発を屁でも思っていないのか、余裕のある笑みを浮かべていた。
「ええ、そうですね。私が本気を出しても、貴方には敵いません」
ある種の敗北宣言を口に出しているというのに、彼女は余裕のある笑みを崩す事なく、大胆不敵な態度を取っていた。
「ですが、私以外なら、どうですか?」
彼女の言葉に呼応するかの如く、彼女の周りにいた化物達の巨体が文字通り膨れ上がる。
唯でさえ全長3メートル越えだった化物の身体が、徐々に巨大化していっている。
「おいおい、教主様。死霊術ってのは、死体を怪獣にする事ができんのか……!?」
「そ、そんな死霊術、聞いた事がない……!気をつけろ!恐らくアレは魔術ではない……!魔法だ……!」
「そうか。何が恐ろしいのか、よく分からないけど、お前の態度を見る限り、何か恐ろしい事が起きてんだな、大体承知」
「何でお前はそんなに呑気なんだ!?」
「大丈夫だ、俺は死なない。…………"俺は"な」
「オレは死ぬみたいな言い方を止めろっ!縁起でもねえ!」
「骨は拾ってやる。だから、骨だけは残せよ」
「だから、縁起でもない事を言うなっ!」
冗談で教主様の緊張を解しつつ、俺は全長10メートル級になろうとする化物達を警戒し続ける。
恐らく、あいつはゲームで言う支援職みたいなんだろう。
使役する対象を強化する的な魔法の使い手……となると、あいつさえ倒せば、この化物達も唯の死体に戻るって事でいいのか……?
ああ、魔法の知識がないから、よく分からねぇ。
もう1度、教主様の方を見る。
先程よりもマシになったが、彼の身体は緊張で凝り固まっていた。
いかん、教主様がこの有様では喧嘩にもならん。
正直な話、彼を守りながら喧嘩する事は不可能だ。
たとえ身を挺して守ったとしても、俺も彼もコロコロされてしまうのがオチ。
……さて、どうしたものか。
「最後にもう1度だけ言います。私の下につきませんか?」
「普通に嫌だ」
「そうですか、それは残念です。──では、死んでください」
それが開戦の狼煙だった。
今の今まで静止していた蛇の化物が、猫の化物が、蜘蛛の化物が、馬の化け物が、鳥の化物が、一斉に襲いかかって来る。
一か八か、籠手の力で奴等の不意を突こうとしたその時、聞き覚えのある声──それも嫌な記憶が蘇る感じ系の──が聞こえて来た。
「あら、ピンチそうね」
その声が聞こえて来ると同時に空からガラスの剣が流星群のように降り落ちる。
空から降って来たガラスの剣は、瞬く間に化物達の身体を蜂の巣にした。
「"純粋悪"相手じゃ分が悪いでしょ。力を貸してやるわ、感謝しなさい」
つい声に釣られて、俺は視線を上に向けてしまう。
すると、空から美鈴をそのまま大きくしたような白銀美女が降って来た。
その姿には見覚えがある。
人狼騒動の時に遭遇したガラスの竜──の人間態だ。
童話に出て来る魔女みたいな邪悪な笑みを浮かべながら、彼女はアメコミに出てくるヒーローみたいなダイナミック着地を披露する。
彼女の姿を見た瞬間、俺は反射的に呟いた。
「すみません、帰ってください」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。
次の更新は来週の水曜日に更新予定です。
予定よりも大幅に文量が膨らんでいるため、まだまだ9万PV達成記念短編「4月31日(破)」は続きますが、近い内に終わらせるよう頑張りますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。




