4月31日(13)人類にとっての絶対悪の巻
「ルルイエ・クティーラ。気軽にルルと呼んでください、同業者」
妖艶な雰囲気を醸し出す女性──ルルは俺と教主様を見つめながら、捕食者に相応しい禍々しい笑みを浮かべる。
彼女の笑みを見た瞬間、教主様は顔を青褪めた。
恐らく本能的に悟ったのだろう。
目の前にいる女性が"絶対的な悪"である事を。
「そんなに警戒しなくても良いですよ。私は"貴方の味方"ですから」
彼女の身体から敵意や殺意は感じられなかった。
多分、本当に俺達と敵対するつもりはないんだろう。
だが、しかし。
「……なら、何でオレ達にそいつらを嗾けたんだ?」
俺がしようとした質問を教主様が口にする。
彼は彼女の雰囲気に呑まれているのか、尋常じゃない程の脂汗を額に滲ませていた。
「その化物達からお前の魔力を感じる……お前がそいつらを動かしているんじゃないのか?死霊術を使って……」
「いつ私が"貴方の味方"だと言いましたか?」
ルルを名乗る女性は"ほんの一瞬だけ"教主様に殺意を向ける。
たったそれだけで、教主様は呼吸ができない状況に陥ってしまった。
「おい、大丈夫かっ!?」
右の籠手越しに地面に膝を着ける彼に触れる。
そして、即座に彼の身体に少しだけ白雷──全ての魔を払い除ける力を持つ──を流し込んだ。
だが、白雷を流し込んでも彼の状態は改善せず。
金魚のように喘ぐ彼を見て、あの女性は殺気だけで教主様を呼吸できない状態に追いやった事を察知する。
籠手の力が通用しないと理解した俺は、教主様の背中を思いっきり叩く事で、彼の硬直した筋肉を強引に解した。
「げほっ!ごぼっ!げほっ……おえっ……!」
俺の狙い通り、硬直した筋肉が解れた教主様は何とか息ができる状態まで回復する。
しかし、殺気を向けられた恐怖が身体に残っているようで、彼の身体は小刻みに震えていた。
「これでゆっくり話せますね」
いつでも教主様を守れるように身構えながら、俺は右の拳をゆっくり握り締める。
逃げる事はほぼ不可能。
仮に逃げる事ができたとしても、彼女が殺気を飛ばすだけで、教主様は殺されてしまう。
……ヤベェ。
教主様がゴミカスな所為で、何もできねぇ。
「……で、俺に何の用だ?」
「貴方を勧誘しに来ました」
突拍子のない2文字が彼女の口から飛び出る。
「白雷の開拓者。貴方の力が必要です。私と一緒に世界を救いましょう」
「…………」
「いえ、これは語弊のある言い方ですね。白雷の代弁者、始祖ガイアを倒した後も私と一緒に世界を救い続けましょう」
「…………はい?」
邪悪なオーラをぷんぷん放っているにも関わらず、彼女の口から出たのは善性に満ちた清らかな言葉だった。
「滅亡の危機を迎えているのはこの世界だけではありません。"絶対悪"や"純粋悪"の顕現により、他の世界も滅亡しかけています。その滅亡の危機を救えるのは私達のような超越者だけです。一緒に数多の世界を救いましょう。これは私達にしかできない偉業です」
彼女が嘘を吐いているようには見えなかった。
が、言葉の節々に滲み出る狂気が俺の警戒心を駆り立てる。
多分、"世界を救うため"ってのは本当だ。
けど、彼女の述べる救済は俺が知っているものとかけ離れているような気がした。
「……何であんたは他の平行世界も救いたいんだ?自分が生まれ育った世界は救わなくても良いのか?」
質問を投げかける事で時間を稼ぎつつ、この場から離脱する術を模索する。
が、幾ら考えても"俺が殿を務めている隙に教主様を逃げて貰う"以上の案は出なかった。
「ああ、私が生まれ育った世界は滅ぼしました。悪人がうじゃうじゃいたので」
「……………………は?」
別の事を考えていた所為なのか、彼女の言っている事が理解する事ができずに首を傾げてしまう。
こいつ、さっき何て言った?
世界を滅ぼしたって言ったか?
「あんた、何言って……」
「救うに値しない人がうじゃうじゃいたんで、皆殺しにしました」
聖母みたいな笑みを浮かべながら、彼女はとんでもない事を宣う。
「中には救うに値する人もいたのですが、私の価値観を受け入れてくれなかったので、コロコロしちゃいました」
「……罪のない人達もか?」
「はい」
悪怯れる様子を見せる事なく、彼女は陰1つない笑みを浮かべる。
その表情に罪悪感なんてものは欠片も見当たらなかった。
「"何で他の平行世界も救いたいのか"という質問の答えですが、これに関しては簡単です。善人が損をしない世界を作るためです」
何かラスボスみたいな事を言い始めた。
「そのためには、悪人を全部コロコロする必要があります。私は悪人を根刮ぎコロコロするために世界を転々としているのです」
「は、はあ……」
現実味がなさ過ぎて、彼女の言っている事の大半は理解できなかった。
このやり取りで理解できたのは3つ。
彼女は世界を救う使命を果たそうとしている自分に酔っている事。
彼女の根は良くも悪くも純粋である事。
そして、彼女の思想と目的が人類にとっての絶対的な悪である事。
それだけだ。
「あんたが悪人をコロコロしたいのは分かった。けど、何で救いに値する善人もコロコロしちゃったんだ?」
「だから、言ったでしょう。私の価値観を受け入れる事ができなかったって。彼等は悪人をコロコロしようとする私を止めようとしたんです。なら、コロコロするしかないでしょう」
やっぱり、言っている事が理解できなかった。
この感じ、この世界に来たばかりに遭遇したフクロウと似ている。
あいつもあいつで話が噛み合わなかった。
多分、あのフクロウも目の前にいる彼女も人と話そうとしていないんだろう。
彼女達は自分としか向き合っていないのだ。
だから、話が微妙に噛み合わない。
自分の伝えたい事だけを話すだけ話して、会話した気でいる。
他人を見ていないのだ。
……まあ、俺も人の事を偉そうに言える程、他人を見てもいないし、向き合ってもいないのだが。
自分の事を棚に上げて物申す程、俺は厚顔無恥じゃないので、黙っておく事にする。
「ちなみに聞いておくけど、あんたにとっての"悪"ってのは何だ?」
「そりゃあ、人に害を為す人間に決まっているじゃないですか」
「だったら、人をコロコロしちゃったあんたは悪って事になるけど、それでいいのか?」
暗に矛盾している事を指摘しておく。
彼女は俺の言っている事を理解できていないのか、困惑したような表情を浮かべていた。
「何を言っているんですか。私のコロコロは良いコロコロ。宗教で言う"裁き"みたいなものです。まさか人を裁く行為が悪だと貴方は仰るのですか?」
「人を裁ける程、あんたは立派な人間なのか?」
「私は人間じゃありません、神様です」
電波的答えが返ってきた。
「厳密に言えば、神ではなく、神という役割を押し付けられた人間ですが……まあ、実質神様みたいなものです」
結論が飛躍していた。
「私は平行世界よりも更に遠い世界──外世界の神様を降ろすための器として作られました。私の名前がルルイエ・クティーラであるのは、その名残りです。物心ついた時から、私は両親や村の人達から求められていました。外世界の神──■■■■■である事を。でも、彼等の信心が浅かったのか、或いはその素質がなかったのか、■■■■■は私の身に宿ってくれませんでした。外界の神に見放された彼等を可哀想だと思った私は、15歳の誕生日を迎えたある日、■■■■■である事を自称しました」
彼女の言う外世界の神の名前は、発音が独特過ぎて、上手く聞き取る事ができなかった。
「その結果、私は両親や村の人達から神様として扱われるようになりました。神様としての役割を得た私は、彼等の願いを叶える責務を背負う事になりました。幸い、私には彼等の願いを叶える力があったので、神としての役割を果たす事ができました」
何故か彼女は己の過去を語り始めていた。
目線だけを教主様の方に向ける。
彼は唇を震えながら、怯えた目で彼女を見ていた。
……この調子だと、彼を連れて、戦線離脱する事はできないだろう。
平行世界の俺と脳筋女騎士が戻ってくるまでの時間を稼ぐ事にする。
ていうか、それくらいしか今の俺にできる事はなかった。
「叶えて、叶えて、叶え続けて。ある時、私は気づいちゃいました。両親や村人の願いが他人を傷つけるものである事を。他人を害する願いしか口にしない彼等が悪である事を。だから、私は両親や村人達を神として裁きました。そして、彼等みたいな人が善人を傷つけないように神として人を裁く道を選びました」
どうやら彼女は環境の所為で、"絶対悪"になったらしい。
多分、思想や価値観が歪んだのは両親や村人達の所為なんだろう。
「ですが、その道は生半可なものではなく、私1人では全ての悪を裁く事は不可能でした。だから、私は仲間を増やす事にしました。他人の幸せを心の底から祈れる人を集めて、悪人をコロコロするチームを作る事を決心したのです」
「他人の幸せを心の底から祈れる人……ねえ、だから、あんたは俺を選んだのか?」
ようやく彼女の目的を少しだけ理解する事ができた。
要するに、彼女は自分の分身が欲しいだけなのだ。
「悪いが、俺はあんたが思っているようなできた人間じゃない。どうしようもないガキだ。他の人の幸せを心の底から祈れるなんて高尚な真似はできない。他を当たってくれ」
「いいえ、貴方は私が思っているような人です。だって、貴方は──」
そう言って、彼女は俺──正確に言えば、俺が身につけている右の籠手──を指差すと、妖艶な笑みを浮かべる。
そして、こんな事を言い始めた。
「第3次世界大戦を終結に導く英雄なり得る人なんですから」
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次の更新は金曜日に予定しております。
これからも更新していきますので、お付き合いよろしくお願い致します。




