4月31日(12)見覚えのある化物の巻
押し寄せて来る火の波を白銀の籠手で受け止める。
籠手の力で炎の波を掻き消そうとした瞬間、化蜘蛛の蹴りが飛んで来た。
「うおっと!?」
化蜘蛛の蹴りを避けつつ、炎の波右のを籠手の力で搔き消す。
攻撃を凌いで安堵するのも束の間。
間髪入れる事なく、新たに攻撃がとんでくる。
それを紙一重で避けつつ、俺は後方にあった窓硝子を突き破ると、中庭の方に飛び降りた。
「教主様、こっち……」
「ぐあっ……!?」
呻き声を上げながら、教主様の身体は中庭の地面に叩きつけられる。
受け身を取れていなかったからなのか、彼は短い断末魔を上げると、その場でのたうち回り始めた。
「おい、だいじょ……」
教主様の方に駆け寄ろうとした瞬間、殺意を感じ取る。
すぐさま殺意の方──上空に視線を向けると、そこには鳥の形をした"何か"が浮いていた。
鳥の形をした"何か"は漆黒に染まった翼から黒い飛礫のようなものを飛ばし始める。
俺はすぐさま倒れていた教主様の身体を蹴飛ばす──安全地帯に避難させるために蹴り飛ばした──と、迫り来る無数の飛礫を紙一重で避けた。
「──っ!?」
飛礫を避け切った瞬間、背後から殺気を感じ取る。
振り返る事なく、俺は地面を蹴り上げると、背後から迫り来る斬撃を直撃寸前の所で避ける。
「ようやく敵のお出ましか……!」
右の籠手を握り締め、敵と向かい合う。
最初に遭遇した化蜘蛛だけでなく、人の形をした鳥とケンタウロスを禍々しくした化け物が血走った目で俺を見つめていた。
……否応なしに理解させられる。
これがこの世界の彼女達の末路である事を。
「な、何故、オレを蹴った……?」
脇腹を押さえながら、教主様は産まれたてのバンビみたいな動作で立ち上がる。
「蹴るしか方法がなかったんだよ、あんたを助けるには」
「もっと良い方法があった筈だ……!」
「あんたがちゃんと受け身を取れていたらの話だけどな」
地面に強打した背中を押さえている教主様を横目で見つつ、俺は殺意を放ち続ける化物達を警戒し続ける。
最低限の理性があるのか、それとも獣としての本能なのか、彼女達だったモノは唸り声を上げるだけで俺達に近寄ろうとしなかった。
腐った肉の臭いが俺達の鼻腔を擽る。
言わずもがな、腐臭は化物達の方から漂っていた。
「……まさか、あいつら、既に死んでいるのか……!?」
「ああ、らしいな」
教主様の言葉を肯定しながら、俺は耳を澄ませる。
化物達の身体から心音は聞こえなかった。
「……なるほど。死霊術──死骸に一時的な生命を与える魔術──か。だとしたら、術者が近くにいるのかもしれない」
「そのネクロなんたらはよく分からねぇが、とにかく今がヤバイ状況って事だけは確かだ。教主様、あんたは防御に徹しろ。こいつら全員、俺が倒すから」
「はぁ!?幾らお前が強くてもこの数は流石に無理だろ!?」
「大丈夫だ、元の世界でも倒した事があるから」
……まあ、元の世界で闘った時よりも禍々しくて強力なんだけど。
「気をつけろ。俺の勘だと、あれ、獣の形をしているだけの災害だぞ」
「は?災害?何だ、それは?もっと具体的に説明しろ」
「さあ?俺も初めて見るから、よく分からね」
俺達を警戒し続ける知り合いの成れの果てを眺めながら、俺は右の拳を握り直す。
その瞬間、痺れを切らした怪鳥が襲いかかってきた。
それに続く形でケンタウロスの化物と化蜘蛛が動き始める。
「く、来るぞ……!」
何処からともなく双剣を取り出す教主様を横目で眺めながら、俺は化物達と向かい合う。
その瞬間、俺は違和感を抱いた。
化蜘蛛の殺気が俺達だけではなく、先陣を切る他の化物達の方に向けられている。
いや、化蜘蛛だけじゃない。
ケンタウロスの化物も鳥の形をした化物も、目に映る全てのものに殺意を向けている──!
「気をつけろっ!こいつらの標的は俺達だけじゃない!目に映る全てのものだ……!」
それがいけなかった。
俺が切羽詰まった声を出した所為で、彼の視線が俺に向けられる。
その所為で、彼は戦闘態勢を解いてしまった。
「……っ!」
教主様の襟首を掴んだ俺は、力尽くで彼を後方に投げ飛ばす。
そして、襲い来る化物達の物理攻撃を両手を駆使する事で受け流した。
岩塊さえも余裕で砕けるであろう彼女達の攻撃を捌きつつ、俺は後方にジャンプすると、地面に背を着けている教主様に逃げるよう促す。
「教主様、逃げろっ!こいつら、何かおかしい……!」
「はあ!?おかしいって何が!?元からおかしいだろ!?」
「んなもん、見たら分かるだろ!こいつら、生き物じゃない!!悪意の塊だ!!」
「だから、もっとオレにも分かるように説明しろ!貴様は言葉が足りな過ぎる!!」
「うるせー!具体的に説明できるんだったら、とっくの昔にやっているわ!ハゲ!」
「ハゲてない!適当な事を言うな!」
「──今はな、その内分かる」
「怖い事を言うな!」
再び強襲を仕掛ける化物達の攻撃を躱しつつ、俺は右の籠手から出た白雷の光で敵の目を眩ませる。
彼女達の目が眩んだのを目視した後、俺は教授様を連れて、ここから撤退しようと試みた。
撤退する理由は至って明瞭。
教授様を守りながら闘うのは不可能だからだ。
これが理性のない獣相手だったら、俺は継戦を選択していただろう。
しかし、相手は理性どころか漠然とした悪意により突き動かされる獣以下の存在──理性も知性もなく、ただ目に入ったもの全てに害を為す存在だ。
獣の形をした災厄と言ったら伝わるだろうか。
多分、これがさっきジングウが言っていた"純粋悪の幼体"なんだろう。
今まで喧嘩した事のないタイプ──しかも、相手が災厄の化身である以上、無策で突っ込む訳にはいかない。
とりあえず、ここは撤退しつつ、奴等の情報を集めるのが良いだろう。
情報が不足しているため、断言はできないが、ここが勝負所ではない事だけは確かだ。
そう判断した俺は教主様と共に急いで戦線から離脱しようと走り始める。
「──逃しませんよ」
甲高い少女のような声が聞こえて来たかと思いきや、俺達の前に蛇の化物と巨大な猫の化物が現れる。
猫の化物の背には見慣れない美女が乗っていた。
シスター服を着ている黒髪の女性だ。
顔立ちから察するに恐らく外人。
シスター服という体型が分かり難い衣服でも分かるくらいの巨乳が霞むくらい、彼女の身体から放たれるオーラは禍々しく威圧的なものだった。
本能で理解する。
目の前の女性は人類にとっての"絶対悪"である事を。
彼女という存在が人類の繁栄や進歩を阻害する存在である事を。
そして、彼女が存在しているだけで今ある文明は崩壊してしまう事を。
それくらいの絶対的な力を目の前にいる彼女は持っている。
「……あんた、何者だ」
ガラスの竜と似て非なるオーラを放つ女性に話しかける。
彼女は巨大な猫の背から飛び降りると、冷たい目で自己紹介し始めた。
「ルルイエ・クティーラ。気軽にルルと呼んでください、同業者さん」
いつも呼んでくれている方、ここまで呼んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方と評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
先ずはこの場を借りて謝罪させて頂きます。
私情により、9万PV達成記念短編『4月31日(破)』を告知通り完結させる事ができませんでした。
申し訳ありません。
今後このような事がないように気をつけますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は10月12日火曜日12時頃にする予定です。
残り数話程度で9万PV達成記念短編は終わりますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




