4月31日(8)純粋悪の幼体の巻
平行世界の聖十字女子学園の中に入る。
校舎の中は意外と埃っぽくなかった。
「……あり?何だ、この気配」
校舎の中に足を踏み入れた瞬間、俺は人とも獣とも言えぬ気配を感じ取る。
褐色の青年やジングウ達のような開拓者──神域とやらに到達した超人──と気配が似ている。
が、彼等と違って、人間味というものは感じ取る事ができなかった。
「人……獣……、いや、……悪意?いや、悪意にしては全方位に向けられているような……」
初めて感じる気配を理解できず、俺は首を傾げる。
アラン──脳筋女騎士も初めて感じるのか、困惑した表情を浮かべていた。
教主様は何も感じていないらしく、俺と彼女を交互に見ている。
ジングウはというと、額に汗を滲ませていた。
「……俺の予想が正しければ、この奥にいるのは"純粋悪"の幼体だろう。さっさと排除しなければ、大変な事が起きるかもしれない」
また新手の重要単語が出てきた。
ちょっとだけ嫌になりながらも"純粋悪"が何なのか聞いてみる。
「"純粋悪"というのは、簡単に言ってしまうと悪意の塊のようなものだ。人間の獣性によって生み出された災厄。獣の形をした呪いの集合体。一度、顕現してしまえば、人類だけでなく、目に映る全ての命を喰らい尽くす災いの化身だ」
ジングウが言っていた内容を飲み込もうとする。
しかし、情報量が多過ぎて、上手く処理できなかった。
「その存在が人類の発展や存続を脅かす"絶対悪"と違い、"純粋悪"はあらゆる生命に害を為す。その上、その力は完全な状態の始祖と同等或いはそれ以上だ。神域に到達した者でも、単独では勝てないだろう。災害と言っても過言ではない」
「要するに妖怪みたいなものか?」
理解する事を諦めて俺は、簡単に理解するために、既存の概念を利用しようとする。
「当たらずとも遠からず、だな。俺の聞いた話が本当なら、九尾や鬼神、古代ブリテン島に現れた魔猫や唸る獣が該当するらしい。最近の話で言うと、赤マントの怪人も該当するそうだ」
九尾とか魔猫とかはよく知らないけど、赤マントは知っている。
ほら、アレだ。
赤マントを着た女が"私キレイ?"と言いながら、チ○コを見せつけるアレだ。
「それは、ただの変質者だ。赤マントの怪人というのは、昭和初期に流布された都市伝説の事だ」
"知らないんだったら、この騒動が終わった後に調べるといい"と言って、ジングウは呆れたように溜息を吐き出す。
俺の心を勝手に読むんじゃねぇよ。
「その純粋悪の幼体がここにいるのか?」
今の今まで蚊帳の外だった脳筋女騎士は苛々した様子でジングウに尋ねる。
「ああ、俺の予想が正しければな」
「その純粋悪とやらは放置していたら、世界を滅ぼす存在なんだな?」
「ああ、そうだが。……まさか君は、……」
「おい、聞いたか?フィルとやら。世界を救うチャンスが訪れたぞ」
突然、話を振られた教主様は身体を強張らせる。
「死ぬ程、過去の過ちを後悔しているんだったら、その純粋悪とやらの幼体を死に物狂いで倒せ。──いいな?」
「おい、待て。幼体と言っても、俺達だけでは勝てる存在ではない。ましてや神域に至っていない上に凡人でもない彼では手も足も出な……」
「勝てる勝てないの話じゃない。生きるか死ぬかの話だ」
脳筋女騎士は訳の分からない事を言いながら、教主様を睨みつける。
教主様は身体を強張らせるだけで口を開こうとしなかった。
「覚悟を決めろ。お前に足りないのはそれだけだ」
そう言って、彼女は教主様を連れて、ズガスガと奥の方に進んでしまう。
……うーん、とてもじゃないけど、四季咲と同一存在であるようには見えない。
あいつもあいつで熱中したら、周り見えていない事もあるが、あそこまでではないぞ。
「……なあ、ジングウ。あんた、アレ見ても、あいつに任せようなんて、世迷言吐くの?放って置いたら、死ぬぞ、あいつ……」
「…………まあ、大丈夫だろう。いざという時は俺が何とかする」
彼の口から自信なさげな言葉が出た所で閑話休題。
俺達は廃墟と化した聖十字女子学園の中を探索し始める。
ヨーロッパの貴族の豪邸みたいな内装をした校舎の中を練り歩く。
校舎の中は静まり返っており、俺達の足音しか聞こえなかった。
「……本当にいるのか?」
無人の教室を眺めつつ、俺は足を前に動かしながら、先行するジングウ達に疑問を投げかける。
「君も気配を感じ取っているんだろ?」
「確かに気配を感じ取っているんだけど……何か定まらないというか、漠然としか感じないというか」
いつもならすぐに気づく事ができるが、今回はぼんやりとしか感じ取る事ができない。
視線が俺達以外の方に向いているというか、俺達に対して何も思っていないというか、何というか。
とにかくやり辛い以外の何物でもなかった。
あと、気配の数を正確に知る事もできない。
複数いるようで、実は1つの塊であるというか。
とにかく俺にとって訳の分からない代物である事には間違いなかった。
「とにかく慎重に行動した方が良いだろう。ジングウ、アラン、そして、フィル。迂闊な行動はしないよ……」
瞬きしたその時だった。
前にいた筈のジングウと脳筋女騎士が煙のように消えてしまう。
残ったのは俺と教主様だけ。
何が起こったのか理解できず、俺と彼は困惑してしまう。
「え、……一体、何が起きて……?」
ああ、もう。
ここに来てから振り回されてばっかりだ。
ジングウ達を探すために、感覚を尖らせる。
が、幾ら周囲を見渡しても、幾ら耳を澄ましても、彼等の気配を感じ取る事さえできなかった。
「……一瞬、魔力の気配を感じ取った。恐らく、あいつらは魔法或いは魔術で強制転移させられたのだろう」
教主様は今にも吐き出しそうな面をしたまま、俺に情報提供する。
「強制転移って……あいつら、アウトなんちゃらじゃなかったのかよ。アウトなんちゃらは魔法とかを無効化にして当たり前って話だっただろうが」
「知るかよ、オレに言われても……」
「とりあえず、前に進むぞ。教主様、お前だけは俺から離れんなよ。いざという時に守れないからさ」
きっと彼等は俺の力がなくても、大丈夫だろう。
問題は教主様だ。
彼は俺よりも弱い。
金郷教騒動の時は互角だったけど、あの時の俺はほぼ死に体。
褐色の青年とかガラスの竜レベルの強者がゴロゴロいる時点で、今回の騒動で彼は戦力になり得ないだろう。
少し目を離してしまったら、死んでしまう可能性だってある。
ある意味、黒幕の狙いである美鈴や何の力もない啓太郎よりも危険かもしれない。
だって、教主様は前線に出れる程の力を持っているのだから。
「…………何故、お前はオレを守ろうとする?」
「んなの、お前が危険だからに決まって……」
「オレはお前を殺そうとしたんだぞ、……自分の欲望のために」
教主様は辛気臭そうな態度をしたまま、俯向いてしまう。
「もう終わった話だろ、それ」
後頭部を掻きながら、俺は彼と向かい合う。
「俺はお前と喧嘩した。その結果、俺はお前に勝った。それだけの話だ」
俺の言葉は届いていないのか、彼は俯いたままだった。
……やはり俺では彼を救えそうにない。
彼に効果的な言葉は何なのか考えようとしたその時、どこからともなく咀嚼音に似た音が聞こえてきた。
「──教主様、俺から離れるな」
音源の方に向かう。
音源は生徒会室の中からだった。
教主様が手の届く範囲にいる事を確認した後、俺は扉をゆっくり開く。
室内を視界に入れた途端、先ず俺達が目にしたのは血溜まりだった。
背後から教主様の息を呑む音が聞こえてくる。
暗闇の中から肉を貪る音が聞こえてきた。
ジャージのポケットから超小型ライトを取り出し、それで音源の主を照らし上げる。
すると、俺達の視界にアラクネ──上半身は女、下半身は蜘蛛──の姿が映り込んだ。
光源に反応した化物は生徒会室の入り口付近にいる俺達に視線を向ける。
振り返った化物の顔は人間離れしていた。
「──っ!?」
教主様の声無き発狂が聞こえてくる。
無理もない。
8つの目、縦に裂けた口、そして、口から飛び出る厳つい牙。
特殊メイクやCGでしかお目に見る事ができない異形を前にして、驚かない人間なんていないだろう。
「■■■■■……!」
聞き覚えのある声による慟哭が俺達の鼓膜を劈く。
その声を聞いた際、一瞬だけ蜘蛛女の顔が俺の脳裏に過った。
「教主様、逃げ……!」
俺の指示が出るよりも先に化蜘蛛は攻撃を繰り出す。
縦に裂けた口から出る火炎が、波のように俺達に押し迫った。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は来週の水曜日を予定しておりますが、公募用の小説の最終チェックが間に合わなくて、もしかしたら来週はお休みするかもしれません。
その際はTwitter(雑談垢:@norito8989・宣伝垢@Yomogi89892)で告知させて頂きますので、よろしくお願い致します。
なるべく今月中に9万PV達成記念短編を終わらせるように頑張りますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。




