4月2日(5) 下着とビキニって何が違うの?の巻
美鈴が泣き止んだ後、俺はヒッチハイクを繰り返す事で、山口から脱出しつつ金郷教の追手から逃げようと試みた。
が、しかし。
「……完全にやらかしたな」
「……行き先聞かなかった事と寝てしまった事が敗因だね」
とっくの昔に西の空に沈んでしまった夕陽を眺めながら、俺と美鈴は溜息を吐く。
周囲を見渡すと、電柱に貼られた街区表示板現在地の住所を表示している細長いプレートの事が目に入った。
プレートには『日暮市南区桑原5丁目2-13』と記載されており、俺達が地元に戻って来た事実を無慈悲に突きつける。
「まさかスタートラインに戻って来るとは……」
そう、俺達はうっかりミスで桑原に戻って来てしまったのだ。
何故、このようなミスが起きたのかは、以下の通りである。
(1)ヒッチハイクを繰り返す事で広島に到着する俺達。
(2)広島で出会った褐色肌のガタイの良いお兄さんの車に乗せて貰った俺達は、疲れにより眠ってしまう。
(3)気がついたら桑原にいた。どうやらお兄さんは桑原在住だったらしい。
(4)車から降りた俺達は桑原に戻って来た事を知り、軽く絶望。←今ココ
「あのお兄さんは全く悪くない。悪いのは寝てしまった俺達だ」
身体に蓄積されたダメージと疲れの所為でまだ寝足りない俺は、欠伸をしながら、美鈴に話しかける。
「とりあえず雫さんの家に行くか。あの人、この近くに住んでいるし」
歩く事3分半。俺と美鈴はいつ崩れてもおかしくない築40年の木造アパートに辿り着く。
101号室に住んでいる雫さんの部屋から灯りは漏れていなかった。
どうやらまだ帰って来ていないらしい。
念の為にインターホンを鳴らし、中に誰もいない事を確認する。
「インターホン、鳴らねぇな」
何回も連打するが、うんともすんとも言わなかった。
どうやら壊れているようだ。
部屋の中に入れるかどうか確かめるため、ダメで元々精神でドアノブを回してみる。
玄関の鍵は掛かってなかった。
俺は美鈴を匿うという大義名分の下、雫さんの家に不法侵入する。
「いいの?勝手に入っちゃって」
「いいの、いいの。事情が事情だから後で説明したら許してくれるだろうし………って、あり?」
灯りの点いていない真っ暗闇な部屋に入る。
中から人の気配を感じ取った。
目を凝らして、暗闇の中にいる何者かの姿を見ようとする。
部屋の中には下着姿の雫さんとバイトリーダーがいた。
どうやら着替え中だったらしい。
彼女達はポカンとした表情で俺達を眺めていた。
やべえ、殴られる"と思いながら、俺はいつもと同じ感じで話しかけた。
「んだよ、中にいるなら教えろよな」
俺は部屋の電気を点けると、そのままフリーズ状態の彼女達に構う事なく中に入る。
凡百のラブコメ主人公なら、この場面は顔を赤らめて、『ご、ごめん、その気はなかったんだ!てへぺろ☆』とか言って許しを乞うだろう。
しかし、俺はそんな非生産的な事はしない。
たとえ故意ではなかったとしても、彼女達の下着姿を見た事実は変わらないのだ。
ならば、ここは過度に反応しない事がベストアンサー。
下着姿を気にしない態度こそがこの場を乗り切れる唯一の手段と言っても過言ではない。
てか、ビキニ姿と下着姿って殆ど同じじゃん。
用途が違うだけで、何でビキニ姿が良くて下着姿はダメなの?
その答えは文化にあると俺は考える。
この無駄に広い世界では、乳首出しても恥だと思わない女がいれば、結婚前の男に肌を見せるのが恥だと思っている女性もいる。
そう、何を恥と思うのかは文化毎によって違うのだ。
だから、俺は敢えて"下着姿を見られる事は恥"という文化を無視する。
そうする事でこの部屋限定で独特の文化──下着姿を見られる事は恥ではない──が構築される筈だ。
やべえ、何考えてんだ、俺。
考えている事が表情に出ないよう意識しながら、俺は美鈴と共に埃を被ったソファーの上に座る。
彼女達の顔はまともに見てられない。
エッチな媒体での女体は興奮できるが、知り合いの女体になると妙な生々しさが先行して、何故か気まずさを感じてしまう。
クラスメイトとかは"クラスのあの子で抜いたぜ☆"みたいな自慢をしているが、俺は1度たりとも共感した事がない。
気恥ずかしいとか、そういうウブな感覚ではなく、友人の黒歴史ノートを見た時と同じような感覚が俺の頭を締め付けるのだ。
エロよりも先に罪悪感に似た後ろめたさが先走ると言ったら伝わるだろうか。
深呼吸しながら部屋の中を一望する。部屋の中はめちゃくちゃ汚かった。
部屋の中を埋め尽くさんばかりのゴミ袋に敷きっぱなしの布団、ちゃぶ台にはカップ麺の残骸が散らばっており、何処から見ても汚部屋としか言えなかった。
こんな部屋では美鈴を匿えないと判断した俺は、着替え途中の彼女達に指示を飛ばす。
「とりあえず、部屋を掃除したいから、一旦外に出てくれないか?」
「外に出るのはお前だっ!!この馬鹿っ!!」
「うおっ!!」
雫さんの強烈な蹴りが顎に入りそうになる。
間一髪の所で彼女の蹴りを避けた俺は、そのまま部屋の外へ飛び出した。
「やっぱ無視する程度じゃ無理だったか……!」
やはりビキニと下着の間には超え難い溝があるらしい。
男である俺にはよく分からなかった。




