4月31日(9)真の願望の巻
結局、俺はこの世界の成れの果てが殺されるのを見ている事しかできなかった。
彼等の死体を雪の中に埋めながら、俺は溜息を吐き出す。
自分の知り合いと似たような顔をした奴らが、化物に変えられた上、殺されたというのに、俺は全然悲しんでいなかった。
恐らく"この世界は俺がいた世界と別だ"という意識が刷り込んでいるからだろう。
いや、化物と化した彼等を人間として見る事ができていないからだろう。
(お嬢様学校の時や小鳥遊弟の時は、あいつらの事を人間として見ていたのになぁ)
魔女騒動と人狼騒動の時の事を思い出しながら、俺は人差し指で頬を掻く。
いつも通りであるが、自分が何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
長い時間をかけて、彼等の死体を埋め終わった俺は、美鈴達がいる学生寮の方に向かおうとする。
すると、ずっと背後にいた奴から声を掛けられた。
「ようやく終わったか」
欠伸を浮かべながら、赤光の魔導士は俺の方に歩み寄る。
奴の身体からは敵意や殺意を感じなかった。
「どうした?浮かない顔をして。話半分で良いなら、付き合ってやるぞ」
先程まで敵対していたのが嘘みたいに、奴は馴れ馴れしく俺に話しかける。
あまりにも馴れ馴れしかったので、俺はつい思っていた事を呟いてしまった。
「俺、こいつらが死んでも悲しいと思えなかった」
むしろ死んだ方が当たり前だとさえも思った。
そんな事を思った自分自身に嫌気が差す。
化物に成り果てたという理由で彼等を見殺しにした自分が、彼等の死を悲しまない自分が、嫌になってしまう。
「それは当たり前だろ。お前とこいつは赤の他人……いや、この言葉は逆に全ての人に価値を見出しているお前を苦しめるだけか。なら、1つだけお前にとって都合の良い事実を教えてやる」
「都合の良い事実……?」
「アレらは全部死人だ。始祖に取り込まれた時点であいつらは既に死に絶えている。要はこの世界が滅んだ時点であいつらは救われない存在になった事だ」
「それは詭弁じゃねぇの?」
「詭弁?バカいえ。生者では死者を救う事はできない。生者が救えるのは、いつだって生者だけだ。死者が生者を救う事はあっても、その逆はない。なぜなら、死んだ命は2度と蘇らないんだからな」
"こんな当たり前の事を言わないといけないのか"と言わんばかりの態度で彼は溜息を吐き出す。
「あいつらを救いたかったら、世界が滅ぶ前にこの世界に来るべきだったな。ご愁傷様……という程、傷ついてないか」
「俺は最善を尽くす事ができなかった」
右の拳を握り締めながら、俺は空を仰ぐ。
が、握り締めた拳はすぐに解けてしまった。
「いや、最善を尽くそうと思わなかった。化物になった人達を見ても、何とも思わなかった。むしろ憎しみみたいな気持ちを抱いた。……こないだは化物になった人達を助けようとしたのに」
自分の気持ちを上手く言語化できず、俺は首を傾げる。
一体俺は何を考えているのだろうか。
「はっ、憎しみを抱くのは当然だろ。お前の心器は始祖の存在を許さないものだからな」
「は?」
「つまり、お前は本能的に始祖を嫌っているって事だ。あのバッタ達──新人類の原型は始祖の一部と言っても過言じゃない。天使みたいに始祖の手から離れた不完全なものではなく、始祖の手足だ。だから、お前は嫌悪したんだろう」
バカにするような笑みを浮かべながら、赤光の魔導士は頭を掻く。
「なるほど。だったら、あの少女を囮に使うよりもお前を使って、始祖の巣を突いた方が遥かに効果的だな。気に入った、お前の味方になってやる」
「おいおい、勝手に盛り上がって、勝手に締めるな。ついていけんぞ。てか、何だよ、俺が本能的に始祖を嫌っているって。一体どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だ。お前は人に価値を見出し過ぎている。故に人以外──否、人の価値を脅かす存在に強い嫌悪感を抱いている。だから、人類にとっての絶対悪である始祖を嫌悪しているんだろう」
彼の言葉は俺の本質を突いているけど、的確じゃないような気がした。
確かに俺は人の価値を脅かすもの──人の心がないものに対して、あまり良い感情を抱いていない。
しかし、その感情は嫌悪と似て非なるものだと思う。
むしろ嫌悪というよりも許せないという表現の方が適切なような──
「俺の拙い洞察では、お前の真の願望を引き出せないみたいだな。よし、あの神器と雑魚3人衆を連れて、桑原学園とやらに来い。面白い奴と会わせてやる」
「面白い奴……?それって危険な奴じゃないだろうな?」
「そいつ単体では人畜無害だ。虫さえも殺せないくらいに非力な奴だが、人を見る目だけは誰よりも秀でている。……ま、お前の背後にいる奴にとって、そいつは天敵かとしれないけどな」
背後を振り向く。
雪を被った木々の姿しか見えなかった。
「そういう訳だ、被虐愛好者。お前らを俺の拠点に招待してやるよ。情報が知りたいんだろ?なら、悪い話じゃない筈だ」
「どういう風の吹き回しかは知らんが、大人しく君の案に乗ろう。その方がこの騒動を迅速に収められそうだからな」
木の影からジングウ──平行世界の俺──が出てくる。
彼は溜め息混じりに呟くと、面倒臭そうに呟いた。
「……おいおい、本当に良いのか?こいつを信じちゃって」
「彼は曲がりなりにも英雄だ。手段を選ばないだけで、人を救う存在である事には変わりない」
「ほう。随分、俺の事を高く買ってくれるじゃないか」
「事実だからな。正義の味方のなり損ないよりも世の為人の為、動いてくれるだろう」
自嘲気味に吐き捨てながら、彼は無感情に赤光の魔導士──第二次世界大戦を集結に導いた英雄を見る。
奴は忌々しげに表情を歪めると、彼から目を逸らした。
「……本当、お前って嫌な奴だな」
「気を悪くしたら謝ろう。今のはこちらの落ち度だ」
「そういう所が嫌なんだよ」
さっきとは違う意味で嫌悪になってしまった。
彼等の間に立っている俺は、この気まずい空気から全力で目を逸らし、明後日の方を見る。
ああ、早く元の世界に戻りたい。
閑話休題。
美鈴達と合流した俺達は、赤光の魔導士が拠点にしている桑原学園──俺の母校に向かう。
高校はいつもと同じ態度で俺達を出迎えた。
「で、あんたが会わせたい奴はどこにいんのよ?」
カナリア──小鳥遊のそっくりさん──は不機嫌そうに赤光の魔導士に話しかける。
「そう急かすな。ちゃんと会わせてやるから」
ヘラヘラ笑う赤光の魔導士に連れられて、俺達は校舎の中に入る。
警戒しているのか、アラン──四季咲似の鎧武者──と美鈴は口を開こうとしなかった。
「で、君はツカサの真の願望とやらを引き出そうとしているようだが、それをやってどうするつもりだ?君に何かメリットがあるのか?」
全く警戒していないのか、ジングウはリラックスした様子で奴に話しかける。
「決まっているだろ、こいつを強化して、始祖の拠点に殴り込む。それが俺の目的だ」
「そこまでやる必要があるのか?始祖だけだったら君と俺だけで良い筈だ。必ず勝てるとは言い難いが、それでも勝てない相手でない。一体、何を隠している?」
「開拓者も一枚岩じゃないって事だ。俺やお前達みたいに過去の失敗を悔いている者もいれば、そうでない者もいる。簡単な話、今回はそうでない奴が引っ掻き回しているという事だ」
そうでない奴──褐色の青年とガラスの竜が脳裏を過ぎる。
多分、今回もあいつとあのガラスの竜が掻き乱しているのだろう。
(ああ、……何でこんな目に)
自分が受け身になっている事を理解している。
想定外の事態の連発で周囲のペースに呑まれている。
俺が狼狽えている所為で美鈴に余計な心配をかけさせている。
(うーん、どうしたものか)
そう考えている内に、俺達は生徒会室前に辿り着いてしまった。
「ここだ、さっさと中に入れ」
促されるがまま、俺は扉を開く。
部屋の中には高そうな着物を着込んだ松島啓太郎が椅子の上に座っていた。
反射的に"何してんだよ、お前"という言葉が漏れ出そうになる。
が、俺の隣にいる平行世界の彼を見て、目の前にいる松島啓太郎が俺の知っている彼ではない可能性を考慮した。
"こいつが俺に会わせたい奴なのか?"と尋ねるような目で赤光の魔導士の方を見る。
赤光の魔導士は無言で弓を構えていた。
「待て待て待て待て待て!!!!」
椅子を吹き飛ばしながら、慌てた様子で啓太郎は立ち上がる。
それを見て、俺は確信した。
あ、こいつ俺が知っている啓太郎だわ。
「無言で殺そうとするのは止めてくれないか!?ちょっとは僕の話に耳を傾けて欲しい!!」
「知るか。俺のテリトリーに入ってきたお前が悪い」
「待て待て待て!!ここは学校なんだぞ!?みんなのものだ!故に僕みたいなお巡りさんが入っても問題ない筈だ!!」
「知るか。死ね、不審者」
「待て待て待て待て!!!!」
ガチで啓太郎が殺されそうだったので、俺は赤光の魔導士に静止を呼びかける。
「落ち着いてくれ、あれは俺の連れだ。バカでドジで間抜けでスケベだけど、あれでも俺の知り合いだ。四肢をもぐ程度にしてくれ」
「こいつの慈悲深さに感謝しろ、不審者。股間についたものをもぐ程度で満足してやる」
「おい、司!助けてくれ!!まだ去勢されたくない!!さっきエロ本を貸してやっただろ!?」
「知らね。俺の金髪爆乳ダッチワイフを奪った奴から恩を受けた事はない。大人しく去勢されろ」
「そんなに僕と穴兄弟になりたかったのか……!?くっ、だが、仕方ない。性癖は人それぞれだ。君が僕と穴兄弟になる事に性的興奮を抱くような変態である事には正直驚いたが、今は多様性の時代。驚きはすれど軽蔑はしない。それよりも今大事なのは僕の命だ。君の変な性癖は元の世界に戻ったら、みんなに告知するのは確定事項だが、君の要求を呑んでやろ……」
「新しいのを買ってこいって言ってんだよ、この口先だけしか取り柄のない変態がああああああ!!!!」
躊躇う事なく、彼の顔面にドロップキックを打ち込む。
彼の断末魔と美鈴の"だっち、……わいふ……?"という言葉だけが狭い室内に響き渡った。
──4月31日(序):閉幕──
ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を送ってくださった方、本当にありがとうございます。
この回のお話で8万PV達成記念短編を終わらせて貰います。
最後までお付き合いしてくれて、本当にありがとうございます。
中途半端な感じで終わらせて貰いましたが、続きは来月更新する9万PV達成記念短編「4月31日(破)」・10万PV達成記念短編「4月31日(急)」で書かせて貰います。
今回の短編では想定外な事態に翻弄され、慌てふためく司を中心に掘り下げました。
次の短編では他者から見た司、加えて、美鈴や啓太郎、そして、本編で掘り下げる事ができなかった○○○を掘り下げる予定です。
そして、10万PV達成記念短編では本作品を総まとめしたものを描かせて貰います。
もう少しだけお付き合いして貰えると嬉しいです。
次の更新は8月9日月曜日12時頃に予定しております。
もしかしたら更新日時が前倒しになるかもしれませんが、その時はTwitter(雑談垢:@norito8989・@Yomogi89892)で告知させて貰います。
今後もお付き合いよろしくお願い致します。




