4月31日(8)vs絶対善の成れの果ての巻
"絶対善"と思わしきバッタの怪人は次々に雷槍を放ち続ける。
俺が動くよりも先にアランが迫り来る攻撃を全て剣1本で叩き潰した。
「どうやらアレがこいつらの首領みたいだな」
彼女は苦々しく呟くと、俺らを見下ろす"絶対善"らしきバッタを見上げる。
"絶対善"の身体から天使の気配を感じ取った。
あの気配には覚えがある。
小鳥遊の身体に入っていた天使の気配だ。
多分、あの天使は"絶対善"の身体の中にいるのだろう。
「おい、アラン。1つだけ聞かせろ。あのバッタみたいなのって人間なのか?」
"絶対善"の周囲に漂うバッタの怪人達を警戒しながら、彼女に疑問をぶつける。
「なるほど。貴様らは最悪の事態を回避できたみたいだな」
「え、それ、どういう事?」
俺よりも先に美鈴が彼女に質問を浴びせる。
「……時間がないから簡単に説明する。恐らくアレはこの世界の人間の成れの果てだ。完全復活した始祖により、その存在を新人類に上書きされた元人間。それがあいつらだ」
「……え、は?それ、どういう意味だよ?」
「だいたいしょうち。つまり、アレはこの世界の人間達で造られた怪人なんだね」
「ああ、そんな感じだ」
美鈴の要約で大体理解した。
つまり、今、俺達を追いかけているのはこの世界の人間達だったものだ。
恐らくこの騒動の黒幕──始祖ガイアとやらを倒さない限り、彼等は元に戻らないのだろう。
「いや、始祖を倒した所で彼等は元に戻らない。もう姿形だけではなく魂の形も変質しているからな」
アランの説明を遮る形で"絶対善"は俺らに攻撃を仕掛けてきた。
俺は美鈴を抱え直すと、彼女と共に木々の間を駆け抜けながら、奴の追撃を避け続ける。
走りながら、俺はもう1度だけ彼女に尋ねた。
「……本当に黒幕を倒した所で戻らないのか……?」
「だから、私はここにいる」
自嘲するアランを見て、彼女の言っている事が全て真実だと理解する。
美鈴も真実と信じられないのか、念押しでもするかのように質問を口にした。
「……アランさんは、殺した事があるの?化物と化した元人間を」
「殺した事もあるし、変えられた人々を救おうとした事もある。結局、錬金術師を倒した何も救えなかったがな」
飛んできた攻撃を右の籠手で受け流しながら、俺は彼女の言葉を聞き続ける。
「あいつらは唯の獣だ。現人類を滅ぼすための生物兵器。現人類を滅ぼし尽くしたら、役目を終える唯の悲しい獣だ。だから、情をかけるな。情をかけた所で苦しくなるだけだ」
「…………最後にもう1つだけ教えろ。あいつの身体は硬いのか?」
「ああ、アレは現人類を滅ぼすために造られたものだからな。銃火器程度では傷1つつけられないだろう」
「──大体承知」
足を止めた俺は担いでいた美鈴を彼女に向けて放り投げる。
彼女は剣を手放すと、美鈴の事をちゃんとキャッチしてくれた。
「おい、急に投げ──」
「アラン、美鈴を守ってやってくれ」
右の拳を握り締めた俺は、追いかけてくるバッタ達と向かい合う。
「……お兄ちゃん、何をするつもりなの?」
「決まっているだろ」
右の籠手から白雷が漏れ出る。
白雷は俺の昂りに呼応するように迸った。
「あいつらを何とかする」
雪原を蹴り上げ、バッタ達の方に向かう。
空気を読んだアランは、美鈴を連れて、森の奥の方に向かって行った。
俺の敵意を嗅ぎ取った"絶対善"の成れの果ては、灯りに群がる羽虫の如く、俺との距離を縮め始める。
「ダメ元で聞く。"絶対善"、本当に人の心がないんだな?」
"絶対善"は俺の言葉に耳を傾ける事なく、雷槍を放ち続けた。
俺は音速で飛んでくるそれを右の籠手で受け流すと、短く息を吸い込んだ。
「──なら、手加減はしないからな」
目を瞑る。
胸の内から湧き上がる奴への嫌悪を抑え込む。
白い吐息が口から溢れる。
右の拳を強く握り締める。
武器は普段から使わないようにしている。
使えないのではない。
手加減ができないから、使わないようにしているのだ。
だが、今回はその必要はない。
並大抵の銃火器が通用しない程に頑丈ならば、──無理に手加減しなくても死なない筈だ。
奴の身体に全ての魔を退ける白雷を流し込む。
もし彼女の言う事──どんな手を使っても怪人にされた人は元に戻らない──が真実じゃなかったら、"絶対善"は元の人間に戻るだろう。
当たって砕けろ、ダメで元々。
ここで最善を尽くさなかったら、俺は死ぬ程後悔する──!
「──いくぞ、"絶対善"の成れの果て」
右の籠手の形を巨大な戦斧に変える。
俺の体力を消費して造られた戦斧は、俺の肩に重くのしかかった。
呼吸を短く吐き出す。
それと同時に俺は白雷を纏った戦斧を構えると、目にも止まらない速さで迫り来る"絶対善"の成れの果てを睨みつけた。
手加減をする、情けをかける、そういった余分な思考は削ぎ落とされる。
目の前の異形への嫌悪感を抑えつつ、必殺の一撃を躊躇う事なく、奴の身体に叩き込む──!
「──お前じゃ俺には勝てねぇよ」
雌雄は一瞬で決した。
頑丈な"絶対善"の身体に白雷を纏った戦斧を浴びせる。
だが、一撃だけでは彼は大した傷を負わなかった。
脳のリミッターを解除し、常人離れのパワーで身体を動かす。
褐色の青年との喧嘩で犯した間違いはもう2度と繰り返さない。
あれは常時リミッターを解除していたから起きた過ちだ。
なら、リミッター解除は──超身体能力を行使するのは一瞬だけでいい。
刹那の全力を繰り返す事で、敵の神速を凌駕する。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
戦斧による連撃を奴の身体に叩き込む。
たったそれだけで"絶対善"の成れの果ては撃沈してしまった。
手応えはある。
いつも感じる暴力への嫌悪感は感じなかった。
奴を殺す勢いで白雷を流し込む。
にも関わらず、彼の身体は元の人間の姿に戻らなかった。
羽化した虫が蛹に戻らないように、"絶対善"の身体も別のものに変容してしまったのだろう。
アランの言っている事が真実だと把握させられた。
"絶対善"の身体から天使の気配が跡形もなく消し去る。
恐らく天使はさっきの一撃により、跡形もなく消し飛んだのだろう。
たとえ"絶対善"が圧倒的なスペックを有していても、その身に天使を宿していたとしても、今の彼は俺の敵ではない。
彼の強さは"折れない意思"だ。
それがない彼なんて、幾ら数値上のスペックが増していたとしても、たかが知れている。
「………っ」
大怪我を負った"絶対善"を見て、心を痛め──る事はなかった。
暴力への嫌悪感も湧き上がらない。
致命傷ではなさそうだったが、変わり果てた奴の口からは苦悶に満ちた声が漏れ出た。
彼の姿を見た瞬間、夏のアスファルトの上で仰向けになる蝉の姿を思い出す。
それくらい今の奴は無様で哀愁漂う姿をしていた。
なのに、俺は奴に同情しなかった。
こうなって、当然だと思ってしまった。
暴力を振るった自分を正しいものだと思ってしまった。
おかしい、いつも抱いている気持ちと全く違う。
「■■■■■■っ!」
"絶対善"がやられると同時に今まで静観していたバッタ達が雄叫びを上げる。
俺は右の籠手だった戦斧を構えると、眉間に皺を寄せながら、上空にいる無数のバッタを睨みつけた。
(……あいつらを無力化するのは、かなり骨が折れそうだな)
1人でやるには数が多過ぎる。
しかも、ざっと数えただけで3桁を優に超えているし。
こいつら全員を気絶させる事は不可能ではないが、かなり時間がかかるだろう。
……無傷じゃ済まないだろう。
戦斧と化した右の籠手を元の形に戻しながら、額に脂汗を滲ませる。
バッタの怪人達──そいつらは俺がよく知っている顔をしていた──の殺意が俺に向けられる。
それと同時に俺の中から奴等への嫌悪感──殺意が一気に膨れ上がった。
右の拳を強く強く握り締める。
その瞬間、高速の矢が奴等の胸を貫いた。
矢は俺に当たる事はなかったが、彼等の胸から出てきた血が俺に降り注いだ。
真っ赤で生温かい液体が俺の身体濡らす。
一瞬の出来事だったため、俺は見ている事しかできなかった。
「ボーッとしている暇はないぞ」
空から声が聞こえる。
俺が顔についた血を拭った瞬間、空からジングウが降り落ちた。
彼は躊躇いもなく、重傷を負った"絶対善"の成れの果ての首にナイフを突き刺す。
"絶対善"は短い断末魔を上げると、死に絶えてしまった。
「てめぇ……!」
この世界の"絶対善"を殺したジングウの胸倉を掴──もうとして止める。
理解してしまった。
彼等を殺す合理性を。
人でなしになった彼等を救えないのなら、トドメを刺してやるのが1番の救いである事を。
彼等を殺す事が最善である事を。
俺は理解してしまった。
「ツカサ、もうこの世界は滅んでいる」
返り血を浴びたジングウは俺に語りかけながら、こちらに向かって飛んで来るバッタ達を睨みつける。
「もう俺達にできる事は後始末だけだ。受け入れろ、現実を。今の俺達に彼等を救う事はできない」
そう言って、彼はこの世界の人達だった怪人達を殺しに向かう。
俺は彼の背中を見送る事しかできなかった。
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次の更新──8万PV達成記念短編エピローグは明後日金曜日12時頃に予定しております。
来月から9万PV達成記念短編を更新していきますので、お付き合いよろしくお願い致します。




