4月31日(4)平行世界の俺の巻
屋上にいた自分じゃない自分は、弓矢を持ったまま、飛び降りると、雪原に着地する。
彼はアメコミのヒーローみたいな着地を披露すると、呆然とする俺と美鈴、そして、雪原に膝を突く鎧武者を見るや否や肩の力を抜いた。
「……なるほど、君達もこの世界に紛れ込んだという訳か」
彼は手に持った弓矢を消すと、俺の目を真っ直ぐ見据える。
彼の眉間には皺が寄っていた。
「すまない、俺の連れが迷惑をかけたようだ。彼女は猪突猛進な所があってな。話をするよりも先に剣を振るう悪癖があるんだ」
「おい、ジングウツカサ。何を分かったつもりでいる。貴様と私は出会って数日しか経っていないだろ」
「数日程度の付き合いでも分かるさ、君の底の浅さくらい。筋肉だけではなく、教養もつけたらどうだ?」
「ほう。よく吠えるものだ。──それが貴様の最期の言葉でいいか?」
「"弱い犬程、よく吠える"というか諺を知っているか?単細胞」
違う世界の俺と四季咲似の鎧武者は、今にも殺し合いを始めてもおかしくない空気を醸し出す。
その光景を見た俺は、当事者でないにも関わらず、胃が痛くなった。
「待て待て待て!何でお前らが喧嘩腰になっているんだよ!?というか、俺の顔で四季咲と険悪にならないでくれ!見ていて気まずいから!!」
「落ち着け、平行世界の俺。彼女は君の知っている人ではない。四季咲とやらと同一存在ではあるが、同一人物ではない。外見と方向性が似ているだけの別人だ」
「その同一存在ってのはよく分からないけど、煽るのだけはやめてくれ。今にも爆発しそうだから」
「爆発しても大した事はない。というより、ここで躾をしないと再び同じ過ちを繰り返……」
俺の忠告を聞く事なく、鎧武者を煽りに煽る彼。
堪忍袋の緒が切れた鎧武者は、素早い動作で大剣を拾うと、彼に斬りかかろうとした。
右の拳を握り締めようとした瞬間、彼は懐からサバイバルナイフを取り出す。
「アレは俺が何とかする。君は下がっていろ」
彼の持っていたサバイバルナイフが白い光に包まれる。
その光を見た瞬間、俺は"絶対善"や鎌娘、キマイラ津奈木の事を思い出した。
「う、嘘!?あっちのお兄ちゃんは魔力を扱えるの!?」
俺よりも魔術の知識を持っている美鈴が驚きの声を発する。
それを聞いた途端、彼の身体から発する気配が魔術師のものである事を理解した。
(そうか、あいつは魔術を習得した俺なのか……!?)
魔力とやらをナイフに纏った彼は無駄のない動作で鎧武者の斬撃を受け流す。
そのナイフ捌きは踊っているように見えた。
自分の違う可能性を目の当たりにして、目の前にいる彼と俺が違う事を確信する。
恐らく俺とは違う道を走って来たのだろう。
俺とは違う方法を選んで来たのだろう。
起源は同じだというのに、俺は彼を自分と同一であると思えなくなってしまった。
「勝負ありだ、アラン。今の君では100回やっても、俺に傷1つ負わせる事はできない」
「くっ、殺せ!」
いつの間にか、彼と鎧武者の決着が着いていた。
彼はナイフを懐に仕舞いながら、仰向けの体勢で雪原に寝転ぶ鎧武者を見下ろす。
彼女は一昔前の女騎士みたいな事を言っていた。
(嘘だろ……こいつ、右の籠手なしで倒してやがる)
鎧武者をあっという間に鎮圧した彼に少しだけビビる。
もしかして、同じ"神宮司"でも、俺よりも彼の方が強いんじゃ──
「いや、俺の方が弱い」
俺の心の見透かしたのか、彼は俺の抱いた結論を否定する。
「今回、俺が彼女を制圧できたのは彼女との闘いが2度目だったからだ。恥ずかしい話、初戦は相当苦戦を強いられてな。今回も彼女が挑発に乗らなかったら、すぐには制圧できなかっただろう」
「うわ、このお兄ちゃん、こっちのお兄ちゃんよりも大人びている」
「言うな、美鈴。俺も痛感しているから」
彼の謙遜を見た俺は、ちょっとだけモニョる。
一体、何を食べたらこんな大人っぽい言動ができるのだろうか。
とてもじゃないが、俺と同一人物とは思えなかった。
「…………」
彼は苦いコーヒーでも飲んだみたいな表情で美鈴の方を見る。
「ん?どうした?もう1人の俺?」
「……いや、なんでも──というより、その呼び方はやめてくれ。もう1人の……なんて七面倒な呼び方ではなく、普通にジングウと呼んでくれ。君の事はツカサと呼ばせて貰うから」
「大体承知、ところであんたらはここの世界の人達……じゃ、ないよな?」
ジングウの登場で話せる雰囲気になったので、俺は彼等に質問をしてみる。
「ああ、俺も彼女も平行世界の人間だ」
「じゃあ、あんたらも元の世界に帰れなくて四苦八苦している系なのか?」
「ああ、そんな感じだ」
それから俺とジングウは簡単に情報を交換した。
彼と彼女曰く、気がついたらこの世界に漂着していたらしい。
誰が彼と彼女をここの世界に呼び寄せたのかは謎。
唯一の手掛かりは彼等がこの世界で目覚めた時、衣服についていた鳥の羽らしい。
それを見て、彼等をこの世界に呼び寄せたのはあのフクロウである事に気づく。
彼等の話を一通り聞いた後、俺は自分が知っている事を全て教えた。
「天使ガブリエル……なるほど、そういう事か」
ジングウは俺からの話を一通り聞くと、何かを理解する。
「俺の話で何か分かったのか?」
「憶測の域を出ていないがな。申し訳ないが、確証を得るまで黙秘させて貰う」
「そういう所だぞ、ジングウツカサ。何かあれば黙秘黙秘。貴様は報連相の大切さを知らないのか」
四季咲似の鎧武者──アランは物凄い怖い形相でジングウを睨む。
「知っているさ。そして、根拠が曖昧な推論を垂れ流す危険性も。君だって雑兵じゃないのだから、誤情報がどれくらい知っているだろう?」
「その憶測に価値があるかどうかは私が決める。だから、何でも良いから分かった事を話せ」
「ならば、1つだけ事実を教えてやろう」
アランに説明を促されたジングウは、嫌そうな表情を浮かべながら、俺達に情報を1つだけ提示する。
「神器だったこの少女を除き、この場にいる者は"神殺し"を経験している。今、俺が言えるのはこれくらいだ。あとは自分達で考えるといい」
「"神殺し"……? あんたらもガイア神みたいなのを退治した事あんのか?」
首を傾げながら尋ねる。
ジングウは少し頬の筋肉を強張らせると、肯定の言葉を口にした。
「ああ、俺は人造的に造られた始祖を、彼女は錬金術師が生み出した原初の人間を、そして、──」
「私は第2始祖の一部を取り込んだ人間(産みの親)を──とでも言いたい訳?」
またもや聞き慣れた声がどこからか聞こえて来る。
けど、気配はどこにも感じなかった。
「こっちよ」
何者かに俺の頬が突かれる。
触られているにも関わらず、未だ気配を感じなかった。
慌てて振り返る。
そこには小鳥遊神奈子と似た容姿をした女の子が立っていた。
(──っ!?いつの間に背後に……!?!
「なるほどね。私達を呼び寄せた奴の目的が分かったわ。つまり、そういう訳ね」
小鳥遊に似た少女は俺から離れると、無表情のままピクリとも動かないジングウの下に歩み寄る。
「まだ結論を下すのは早過ぎると思うけどな。俺は事実を言っただけだ」
「なら、神様から1つアドバイスを言わせて貰うと、あんたの憶測は全て真実よ。自信を持ちなさい」
「なら、その根拠を教えて貰おうか」
「ないわ、ただの勘よ」
「おい、一体何の話しをしているんだ。何が何だが、分からない──っ!?」
アランの言葉は、遥か遠方から殺意と敵意によって遮られる。
俺達──美鈴だけは首を傾げている──は、すぐさま戦闘態勢を取った。
「な、なんだ、あの数は!?殺意だけで100以上、感じ取れるぞ……!?」
「諸悪の根源が遣わした刺客じゃないの?」
驚くアランに対して、小鳥遊似の少女はつまらなそうに呟く。
「どちらにしろ、俺達の敵である事には変わりない。──ツカサ、君は彼女を守る事に専念しろ。アレは俺達が何とかする」
「たかが有象無象、私1人で十分だ」
「本当、あんたって脳筋ね。それだと無駄に時間がかかるでしょ?こういうのは、効率良くやらないと」
「え、あ、ちょっと待……」
俺の言葉を最後まで聞く事なく、彼等は迫り来る敵の方に向かって、駆け出してしまった。
残された俺と美鈴は、呆然としながら彼等の背後姿を見送る。
「…………とりあえず、寮の中に行くか」
「う、うん、そうだね」
無人の寮の中に入る。
すると、遠くから爆音が聞こえてきた。
多分、あいつらが闘っているんだろう。
とりあえず、俺は美鈴を守るために、自分の部屋に行く事を選択した。
ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
皆様のお陰で本作品のブクマ件数が270件(7月19日10時現在)突破致しました、
この場を借りて、厚くお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。
ブクマ300件達成をモチベにこれからも完結目指して更新していきますのでよろしくお願い致します。
また、8万PV達成記念短編は7月30日金曜日に終わる予定です。
来月は9万PV達成記念短編を8月上旬、10万PV達成記念短編を8月下旬に更新できるよう頑張りますので、よろしくお願い致します。
次の更新は7月21日水曜日12時頃に予定しております。
これからもお付き合いよろしくお願い致します。




