4月31日(3)VS鎧武者の巻
雪が降り積もった桑原神社の境内から目を逸らした俺は空を仰ぐ。
空は厚い雲に覆われており、鉛色の空から粉雪が降り落ちていた。
「いや、俺も女子更衣室に入る気はなかったんだよ。あの時は精神的に疲労しててさ。気がついたら女子更衣室にいたんだ、うん」
「お兄ちゃん、現実逃避している場合じゃないでしょう」
先程立ち去ったフクロウの獣人から貰った白い着物で暖を取りながら、美鈴は雪が降り積もった世界を見渡す。
「早く元の世界に帰る方法を模索しないと、何も状況は進展しないよ」
「まあ、そうなんだけど……」
「とりあえず、今は啓太郎さんを探そう。あのフクロウの獣人さんが言っている事が本当なら、この世界にいる筈だし」
そう言って、美鈴は羽織っている着物を着直しながら、前に向かって歩き始める。
もう1度だけ俺は空を仰いだ。
入道雲はどこにも見当たらない。
すぐ近くまで迫っていた筈の夏の気配は綺麗さっぱりなくなっていた。
「あーあ、また冬に逆戻りか」
「お兄ちゃん、冬は嫌いなの?」
「冬って寒いじゃん」
「じゃあ、夏は好きなの?」
「夏は暑いじゃん」
「だったら、春とか秋とかの方が好き?」
「春とか秋とか休み少ないじゃん」
「だったら、好きな季節とかないの?」
「強いて言うなら夏だな」
"女の人の肌露出増えるし"という一言は呑み込む。
彼女の教育に悪いので。
「こういう事を言うのは不謹慎だけど、私、ここに来れて良かったかも。こんな沢山の雪、初めて見たし」
嬉しさ半分気まずさ半分と言った様子で、美鈴は苦笑いを浮かべる。
「……こんな状況じゃなかったら雪合戦とか雪だるま作りとかやりたかったかも」
「まあ、今は事情が事情だしな。雪遊びは今度にしてくれ」
「はいはい、分かっているって」
「んじゃあ、とりあえず、寮に行くぞ。寮なら食糧とか衣服とかあるかもしれん」
「はいはい、だいたいしょうち」
そうして、俺と美鈴は寮に向かって歩き始める。
だがしかし、その道程は生半可なものではなかった。
「あははははは!!!!」
──時には雪玉を投げ合ったり。
「うぎゃああああ!!!!」
──時には雪に塗れた坂をソリで滑り落ちたり。
「お兄ちゃん、違うって!その人参は鼻用なの!だから目に刺さないで!」
──時には雪だるまを作り。
「お兄ちゃん、かまくらは何でかまくらって言うの?」
「最初にオカマが作ったから、かまくらって言うんだよ」
「"くら"はどこいったの?」
──時にはかまくらを作り。
俺達は次々に襲い来る試練を何とか潜り抜け、ようやく寮に辿り着く事に成功した。
「ふう……険しい道程だった」
「遊んでいただけだよね!?一緒に遊んでいた私が言うのもアレだけど!?」
寮に辿り着く頃には日が沈んでいた。
月も星も出ていない所為で、一寸先はマジで闇状態。
もう暗くてマジヤバだった。
玄関から寮の中に入る。
中はそこまで埃っぽくなかった。
下駄箱の近くにあったスイッチを押す。
が、何回オンオフしてもウンともスンとも言わなかった。
「やっぱ電気点かねえな」
ジャージのポケットから小さい懐中電灯を取り出し、周囲を照らす。
寮の玄関は俺が記憶しているものと瓜二つだった。
「よし、とりあえず、食堂に行く……」
食糧を確保しに行こうとした瞬間、大浴場の方から敵意を感じ取る。
獣の唸り声は聞こえない。
僅かに聞こえる息遣いから察するに、どうやら人がいるみたいだ。
(あのフクロウ曰く、この世界には人がいないっていう話だったよな?)
もしかしたら、あの褐色の青年……いや、あのピエロみたいな天使がいるのかもしれない。
無言で美鈴に警戒するよう促す。
彼女は軍人さんみたいな敬礼をすると、俺との距離を縮めた。
そろりそろりと廊下を歩きながら、大浴場の方に向かう。
そして、俺達は遭遇した。
大浴場の前で体操座りしている鎧武者と。
「…………」
「…………」
突如、俺らの前に現れた西洋風の鎧を着込んだ何者かを見て、俺と美鈴は言葉を失う。
多分、呼吸音から察するに、あの鎧の中に誰かがいるみたいだ。
「えと、……あんた、ここの人──」
イヤイヤながら質問を切り出す。
その瞬間、鎧武者は目にも止まらない速さで剣を抜刀した。
「うおっ!?」
即座に右の籠手を身につけた俺は、籠手を手甲剣の形に変貌させる。
そして、剣と化した右の籠手で鎧武者の剣を受け止めた。
「──貴様、ジングウツカサではないな。何者だ?」
聞き慣れた声が鎧の中から出てくる。
突然の問いかけに驚いた俺は、深く考える事なく、反射的に答えてしまった。
「いやいや、俺、神宮司だって!あんたこそ何者なんだよ!?」
「惚けるな。よくできた変装ではあるが、貴様は彼ではない」
「だから、誰と勘違いして──っ!?」
鎧武者は剣を思いっきり振り抜く。
その所為で、俺の身体は後方に吹き飛ばされてしまった。
奴は俺の近くにいた美鈴を気にかける事なく、俺との間合いを詰めると、豪雨を連想させる斬撃を俺に浴びせようとする。
その攻撃を右の籠手で弾いた俺は、窓を蹴破る──この世界の寮長、本当にごめんなさい──と、中庭の方に避難した。
「待て待て!話を聞け!というか、話し合おう!人は対話できる素晴らしい生き物だ!お前も人だと言うなら、俺の話を聞くがいい!!」
「問答無用!!」
鎧武者は突進で壁と窓を突き破ると、大剣を光輝かせる。
夜目に慣れた俺にとっては眩しい以外の何者でもなかった。
「あ、眩しい」
俺の視界は敵が出した光によって麻痺する。
すると、こんな声が聞こえて来た。
「──"万物を切り裂くのは我が忠義のため」
視界を潰された俺は、右の籠手から白雷を発する。
そして、右の籠手の力──魔力にのみ作用する引力──を使って、奴の剣を引き寄せた。
「──なっ!?」
甲高い驚きの声が中庭に響き渡る。
俺は左手で目を擦りながら、驚く敵に向かって、こう言った。
「あんたじゃ俺には勝てねぇよ」
右の籠手がなければ苦戦を強いられたであろう敵に向かって、いつもの決め台詞を言い放つ。
奴は大剣を手放すと、慌てて俺から距離を取ろうとした。
俺はすぐさま奴との間合いを詰めると、右の籠手で奴の兜を叩き割る。
すると、兜の中から見慣れた顔が出てきた。
「「──はぁ!?」」
俺と美鈴の声が重なると、目を丸くする。
俺達が驚くのも無理はない。
だって、兜の中から出てきたのは四季咲の顔だったんだから。
「なんで四季咲がここにいるんだよ!?」
鎧武者の中身は俺がよく知っているお嬢様──四季咲楓だった。
「シキザキ……?貴様、誰と勘違いしている?私の名前はアランドロン・ポルノパーラ。統一王朝"アルゲニア"の騎士団長だ」
「へ?頭パッパラノパー?」
視線だけで人を殺せそうな勢いで俺を睨みつける四季咲似の騎士。
俺はそれを見るや否や、"ごめんなさい".と謝った。
「大体承知。あんたが俺の知っている人じゃない事は理解できた。で、あんたは俺を誰と勘違いした──」
話している最中に上の方から敵意を感じ取った。
瞬時に後方に跳ぶ。
俺が雪原に着地すると同時に俺が立っていた場所に木でできた矢が突き刺さった。
上を見る。
寮の屋上に誰かがいた。
空気を読んだ月が鉛色の雲を掻き分け、顔を覗かせる。
月光が世界を照らすと同時に、俺は屋上にいる『誰か』の正体を把握してしまった。
「…………は?」
屋上に立っている人の顔は、見慣れたもの──いや、毎朝見ているものだった。
鍛え上げられた鋼のような肉体に高い背丈。
黒紅の髪に実年齢よりも若く見える幼い顔立ち。
間違いない、アレは──
「お、兄ちゃん……?」
目を丸くしながら、美鈴は俺と屋上にいる青年を見比べる。
そう、屋上にいるのは紛れもない俺自身だった。
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次の更新は来週月曜日12時頃に予定しております。
来週も今週と同じように月・水・金更新しますのでお付き合いよろしくお願い致します。




