4月31日(2) フクロウの巻
今回、長い説明文が多々ありますが、読み飛ばしても構いません。
「なるほど。ここは平行世界なんだ」
起きたばかりの美鈴と保存食──乾パンと鯖の缶詰──を食べながら、俺は何でこのような状況に陥ったのかを彼女に教える。
「おいおい、俺の言っている事をそんなにすんなり信じても良いのか?嘘吐いているかもしれないんだぞ?」
「信じるよ。だって、お兄ちゃんが嘘吐くメリットないんだし。それに……」
食べ終わった美鈴は、勢い良く本殿の扉を開ける。
扉を開けた先には雪に埋もれた境内の姿が垣間見えた。
「4月末なのに雪が積もっているんだよ?それも真冬でも殆ど雪が降らない桑原で。信じる材料としては十分過ぎると思うんだけど」
"寒っ"と言いながら、彼女は開けた扉を閉める。
「で、お兄ちゃん。これからどうするの?」
「この世界にいる啓太郎を探す……前に拠点を作る。先ず衣食住を確保しないと、話にならないからな。とりあえず、寮に行こう。もしかしたら、この世界の寮長がいるかもしれないし」
「寮長さんが……いや、寮に人がいなかったら、どうするの?」
「食糧になりそうなものを回収して、学校に移動。学校にも人がいなかったら、桑原駅。桑原駅にもいなかったら、東雲市に移動かな」
「だいたいしょうち。じゃあ、そんな感じで行こうか」
美鈴と共に桑原神社本殿の中から出ようとする。
その瞬間、背後から声が聞こえてきた。
「行く前にこの世界について教えてあげましょうか」
「「ふにゃあ!?」」
突然、聞こえてきた背後からの声により、俺と美鈴はほぼ同時に奇声を上げる。
振り返ると、そこにはフクロウの獣人が立っていた。
突然、気配もなく現れたので、俺はガチで驚いてしまう。
背後を取られる事なんて、生まれて初めてだ。
いつもならすぐに気づけるというのに。
「あ、貴方は何者なの……!?」
「とうの昔に名前も過去も捨てました。強いて名乗るとするなら……」
瞬きしている内に、フクロウの姿は年老いた男の姿に変わってしまう。
「†運命に抗いし者†とでも名乗りましょうか」
「うわ、クソダセぇ」
素直な感想を漏らした途端、彼の表情が強張る。
「お兄ちゃん、本当の事でも言っていい事と悪い事はあるんだよ」
「ほ、本当の事……」
「でも、ダサいものはダサいだろ。なんだよ、レジスタンスって。ついでに言わせて貰うと、過去も名前も捨てたって下りの時点てダサかったし」
「確かに"強いて名乗るとするなら“とか言った時点で、イラっとしたけど、そこまでダサいダサい言う事はないでしょ。レジスタンスってのも、多分、本人的には長い時間をかけて考え抜いた自信作だと思うよ?それをダサいダサい言い続けるのは、本当の事でも良くないと思う」
「……さて、話を元に戻しましょうか」
美鈴にもダサいと言われた事を気にしているのか、彼は露骨に落ち込んでいた。
だって、ダサいものはダサいんだもん。
「私も時間がないので、簡単に説明させて貰います。この世界は貴方達がいた世界とは違う世界──4月4日に『神堕し』が成功した結果、4月30日に人類が滅亡してしまった平行世界です」
『神堕し』──それを聞いた途端、美鈴の表情から感情が消える。
「確か……『神堕し』ってのは、アレだろ?神器っていう適性のある人間に神様を下ろそうとする儀式みたいなものだろ?」
「ええ、少し違いますが、大体はそんな感じです」
「え、じゃあ、この世界の俺はガイア神に負けたって事か……?」
金郷教騒動の時の事を思い出す。
あの時、俺はアクシデントにより、美鈴の身体に宿ったガイア神を右の籠手を用いる事で倒した。
恐らく、この世界の俺はガイア神に負けたのだろう。
誰もガイア神を止める事ができなかったんだろう。
そう考えると、複雑な気持ちに陥ってしまう。
俺はたった1人を助けるため、全人類が幸せになれる機会を踏み躙ったというのに。
「いえ、貴方は負けていません。そもそも、この世界では貴方と始祖ガイアは闘っていないのですから」
フクロウの姿に戻った男は、どこからか取り出した水晶を見せつける。
水晶の中には映像が映し出されていた。
「……なるほど。ここは"お兄ちゃんが金郷教騒動に巻き込まれなかった"もしもの世界なんだ」
苦々しい表情を浮かべながら、美鈴は水晶に映し出された映像を嫌そうに視聴する。
「ええ、ざっくり言ってしまうと、そういう世界です」
「私が……いや、私の身体を手に入れたガイア神が世界を滅ぼしたの?」
「ええ。……まあ、世界を滅ぼしたというより、"現人類"を滅ぼしたと滅ぼしたと言った方が適切ですが」
「ん?それはどういう意味だ?」
「それに関しては私が説明するよりも直接見た方が早いでしょう。もう1つだけ補足させて貰いますと、ガイアは始祖であって神ではない。どうして貴方達の世界では始祖ガイアが神として崇められているのかは知りませんが、始祖ガイアは貴方達が思い描いている神ではありません。──意思のある災害です」
意思のある災害と聞いて、俺は美鈴の身体に宿ったガイア神──いや、始祖ガイアとの闘いを思い出す。
確かにアレは意思のある災害だった。もしもアレが人間の愚かさを理解していたら、多くの人達が犠牲になっていただろう。
「フクロウさん……その……『始祖』ってなに?神様とどう違うの?」
「『始祖』とはこの星で最初に生まれた全能の生命体の事です。貴方達の思っている神は全知全能の存在だとは思いますが、始祖は全能であっても全知ではありません。所詮、神など人類が理解できないものを理解するために生み出した概念。神なんていう救済装置はこの世に存在しないのです。つまり、何が言いたいのかというと、全能の存在はいても、全知全能の存在はいないのです」
「話が逸れているような……俺達は神じゃなくて、その始祖とやらを知りたいんだけど」
「始祖とは星が創り上げた原初の生命体。星の支配者に相応しい知的生命体を生み出すために、星が創り上げた生物兵器です」
「…………………は?」
完全に俺達の理解を超えていた。
原初の生命体である事は分かった。
けど、星が創り出した云々の所はよく分からない。
もう少し言葉を重ねて欲しい。
「この話を掘り下げるのは止めましょう。今はその時ではない」
「おい、面倒臭くなって説明を放棄するな。俺達は何も知らないんだぞ。最低限の知識くらい教えてくれ。何が何だがサッパリだ」
「ならば、必要最低限の知識を申し上げますと、他の星からの侵攻から身を守るため、星は星の支配者に相応しい知的生命体──人類を生み出そうとしました。その生み出す過程で創られたのが人類の原型である始祖なのです。星はより強くより賢い存在を生み出すため、12柱の始祖を創り出しました。しかし、どれもこれも一長一短の代物。どれが良いか迷いに迷った星は同性能の始祖同士を闘わせる事で、星の支配者として君臨する人類の始祖に相応しいものを選出しようとしたのです。それがこの星で最初に行われた戦争──『生存競争』。この戦争により勝者である第12人類始祖と勝者に協力した第11人類始祖以外の始祖は破壊されました。いや、破壊された筈でした」
うん、何を言っているのかサッパリ分からない。
なので、殆ど聞き逃してしまった。
SFチックかつ広大過ぎるお話を聞かされて、俺の頭はパンクしかける。
多分、俺の頭も低スペックなのもあるが、この話を理解できないのは、話が難解な所とこのフクロウが話下手な所もあると思う。
これがバイトリーダーだったら、分かりやすく説明できるんだろうなぁ。
ああ、バイトリーダー、今程、あんたの解説が欲しいと思った事はない。
「しかし、ガイア神は永い時をかけて復活。『生存競争』の勝者になるため、完全復活を果たそうとしています。今のガイア神を喩えるなら亡霊と言ったらいい──」
「だいたいしょうち。つまり、始祖ってのはこの星で最初に生まれた全能の生き物達で、ガイア神は全知全能の神じゃなくて始祖だったんだね。で、始祖ガイアは私達人類の祖先にリベンジするため今も尚活動している……そういう事を言いたいんだよね、フクロウさんは」
美鈴の要約により、何となく理解できた。
なるほど、ガイア神──いや、始祖ガイアは俺達の祖先にリベンジするために動いてんのか。
多分、美鈴の身体を乗っ取ったのも、この世界を滅ぼしたのも俺達の祖先に対する深い恨みから来たんだろう。
うん、俺の頭じゃ全然理解できない。
現在、私達は分かりやすく簡単に説明してくれる方を募集しております。
もし説明してくれる方がいらっしゃるなら、お気軽に声を掛けてください。
「はい、大体そんな感じです」
説明が面倒臭くなったのか、フクロウは背後の空間に穴を開ける。
多分、退室の準備をしているんだろう。
色々説明とか欲しいんだけど、これ以上、彼に話を聞いても理解できそうにないんで、見送る事にした。
「では、お時間です。陰ながらでありますが貴方の無事を心から祈っています。神宮君、彼女の事を託しました。──必ず始祖ガイアの魔の手から彼女を守ってやってください。数多の平行世界の安寧を守るために」
「え、あ、うん、分かった」
何で美鈴を守る事と平行世界の安寧が繋がるんだろう。
いや、大体の事は予想できるんだけど。
やべ、このフクロウ、壊滅的に言葉が足りな過ぎる。
フクロウは空間に空いた穴の中から白い着物──美鈴でも着れる大きさ──を取り出すと、それを美鈴に向けて放り投げた。
「これは餞別です。では、頑張ってください」
「あ、ありがとう、ございま……」
フクロウは振り返る事も、美鈴からのお礼を最後まで聞く事もせずに穴の中に入ると、穴の奥深くに入って行った。
「……さて、どうしましょうか」
空間に空いた穴と共に消えたフクロウの姿を最後まで見届けた俺と美鈴は、ほぼ同じタイミングで溜息を吐き出す。
平行世界に始祖に生存競争。
もう何が何だが分からなかった。
「とりあえず、ここから出ようよ。動かないと何も進展しないと思うし……」
「大体承知。それじゃあ、ここから出るか」
そう言って、俺と美鈴は本殿の扉を開ける。
視界一杯に広がる雪原を見て、俺と彼女は露骨に溜息を吐き出した。
ああ、……面倒だ。
ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方に厚くお礼を申し上げます。
次の更新は明後日金曜日の12時頃に予定しております。
これからも更新していきますので、よろしくお願い致します。




