?月?日(1) 異空間の巻
黒を基調とした異空間と辺り一面に散らばった固形化した極光が俺達を出迎える。
そこまで重力が機能していないのか、俺達の身体はタンポポの綿毛のように、ゆっくり地面に落ちていった。
真っ黒な空間を埋め尽くそうとしている極光の欠片を凝視していると、欠片の中に映像が映し出されている事に気づく。
映像と共に音声が流れていた。
耳を澄ませると、微かにではあるが、極光の中から声が聞こえて来る。
それらは聞き慣れた声/聞き慣れない声だった。
『司、立派な大人になってくれ』
『はじめまして。私の名前はリリードリ・バランピーノ。この国──トスカリナ王国公爵家の令嬢です」
『やっぱ、私、生まれるべきじゃなかった……』
『……みんな愚かだ。王も勇者も民衆も……そして、私達も』
『…………誰かにとって特別な存在になれるといいね』
『神への祈りは済ませたか?』
『生者が死人にしてやれる事なんて1つもない。葬式も埋葬も墓参りも死人に報いる生き方も、全部、生者の自己満足だ。だから、どうせ生きるのなら死んだ人よりも生きている人のために生きた方が良い』
『選択しろ、神宮司。静観か敵対か。どの道を選んだ所で君に待ち受けているのは茨の道だ』
『なあ、童貞諸君。『ペニスフェンシング』という言葉を知っているかい?』
『君は、僕の親友だってことだよ』
『──価値あるものに花束を』
「来たか」
無数の極光の中から漏れ出た音声は、褐色の青年の声によって遮られてしまう。
彼の方に視線を向ける。
俺達が落下しようとしている固形化した極光の上で奴は待ち構えていた。
──闘いは避けられない。
それを覚悟しながら、俺はゆっくり淡く輝く極光の上に着地する。
巨大な極光の上に着地した俺達を褐色の青年は出迎えた。
視界に広がる幻想的な空間に目を奪われる事なく、俺は気絶した啓太郎と美鈴を地面の上に下ろす。
そして、短く息を吐き出すと、目の前の敵と向かい合った。
「さて、死合おうか」
褐色の青年は左の拳を握り締める。
それを見て、彼と俺のスタイルは同じ──無駄な動きを省いた超効率的喧嘩スタイル──である事に気付かされた。
「その前に俺の質問に答えろ。ここはどこだ?」
「ここは世界と世界の間にある狭間だ」
青年は興味なさそうに淡々と俺の質問に答える。
「周囲の声や映像は気にかける程のものではない。ただの残骸だ。"全ての平行世界で起きたこれまでの記録"と言ったら伝わるか?世界が分岐する度──あり得るかもしれない世界が増える度に、生じるデブリみたいなもの。気にする程の価値はない」
「もう1つだけ聞かせろ。何でお前は俺を狙う」
「闘いたいからだ」
殺意も悪意を発する事なく、彼は自分の身体から威圧感に似たようなものを醸し出す。
その所為で俺の本能は刺激され、右の拳を握り締める状況に追いやられた。
「それ以外に理由がいるか?」
「……なら、1つだけ条件を提示させて貰う。今すぐこいつらを元の世界に戻してやってくれ。その後なら幾らでも付き合ってやる」
「それは無理な話だ。そこにいる奴らを元の世界に戻したければ、自分の力でやれ。俺はそれを全力で阻止する」
彼は淡々と俺の要求を拒絶すると、初めて口の端を吊り上げた。
「そうしないと、お前は全力で闘ってくれるだろう?」
奴との喧嘩は避けられない事に気づかされる。
俺は改めて右の拳を握り締めると、彼と向き合った。
「大体承知した。……最後にもう1つだけ聞かせろ。お前は何者なんだ?」
「神域到達者」
簡潔に質問に答えると、彼はその場で佇む。
俺もいつも通り、右の拳を握り締めると、棒立ちの状態になった。
右の籠手は使わない。
正確に言えば、使った所で意味がない。
無理に使ったとしても、先程と同じように壊されるだけで、俺と奴の力の差が埋まる訳じゃない。
右の籠手を使えない状況・使う必要のない状況は幾らでもあったが、使っても意味がない状況に陥ったのはこれが初めてだ。
眼前の敵が只者じゃない事を改めて痛感する。
「………」
「………」
膠着状態が続く。
が、その状態は気絶した美鈴の口から漏れ出た声により終わりを告げた。
俺達はほぼ同時のタイミングで地面を蹴り上げる。
その瞬間、俺と奴の熾烈な攻防が始まった。
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これからも更新していきますのでよろしくお願い致します。
次は7月9日(金)12時頃に更新予定です。




