4月30日(7)神宮司と小鳥遊神奈子 *6万PV達成記念短編
人型のオオカミと化した小鳥遊は、コンクリの地面に足が減り込む勢いで、地面を蹴り上げると、俺との距離を瞬く間に詰める。
単調な攻撃だったため、彼女の拳を受け流す事は簡単だった。
「本気で来いって言っただろ」
まだ7割程度にしか力を出していない彼女に挑発の言葉を投げかける。
「はっ!そうこなくっちゃ!!」
攻撃を受け流された小鳥遊は、俺から距離を大きく取ると、目にも映らぬ速さで廃工場内を縦横無尽に駆け回る。
「今のお前じゃ俺にも"絶対善"にも勝てねぇよ」
天井や壁、床に小鳥遊の足跡が深々と刻まれる。
人狼の脚力をフルに活かす事で、彼女は俺の死角を突こうとしているのだろう。
「理由は3つある」
彼女の足音が徐々に近づいて来る。
俺はそれを知覚すると、振り向く事なく、上半身を少しだけ逸らす事で彼女の拳を躱した。
「先ず1つ目。お前の攻撃、めちゃくちゃ単調なんだよ。勢い任せに攻撃して来るから、簡単に先読みができる」
大振りの拳を空ぶった小鳥遊のデコにデコピンする。
小鳥遊は即座に俺から離れると、再び倉庫内を駆け回り始めた。
「2つ目、お前の攻撃、全部大振りなんだよ。だから、簡単にカウンターを取る事ができる」
今度は小細工なしで突っ込んできた。
彼女はいつの間にか出した淡く輝く両爪で俺を引き裂こうとする。
俺はその攻撃をバックステップしながら躱した。
「3つ目、お前は人狼の力に頼り過ぎなんだよ。力任せに相手を倒そうとするから、攻撃が単調になるし隙も生まれるんだ」
地面に落ちていた鉄パイプを蹴り上げた俺は、それを用いて、彼女の爪攻撃を受け流す。
「あと、もう1つ」
小鳥遊の攻撃を全て受け流した俺は、鉄パイプを投げ捨てると、彼女の顔面を右の拳で殴りつけ──ようとして、左ローキックを彼女の右脛に浴びせる。
「──っ!?」
「お前はハナから相手が何を考えているのか、どう動こうとしているのか、理解しようとしていない。だから、"絶対善"の隙を突く事ができなかったんだ」
小鳥遊は脛を押さえながら蹲ると、人型のオオカミの姿から人間の姿に戻った。
「あと、言う程、お前は人狼の力を使いこなせていないと思う。さっきの動きはなんだ。速いだけで無駄だらけじゃねぇか。まだ人間だった時の方が手強いぞ。あとあと、さっきの爪攻撃もフェイント入れろよ。フェイント入ってたら擦り傷くらいは負わせていたと思うぞ。あとあとあと……」
「3つ以上言ってんじゃん!!どんだけ改善点多いのよ、私!!」
「ほら、とっとと立て。今日はお前が"絶対善"倒せるようになるまでやるぞ」
「あれ!?なんか趣旨変わってない!?」
「来ないなら、こっちから行くぞ」
「ちょ、まだ脛痛くて、立ち上がれな……」
「行くぞ」
「待てって言ってるでしょうが!!」
それから俺は小鳥遊の体力が尽きるまで、彼女の受け流し続けた。
「もう、……限か……」
1時間以上、俺に攻撃し続けた小鳥遊は息を切らしながら、その場に座り込む。
本当に体力の限界だったらしく、喋る余裕さえもなかった。
「常に全力で動いているからだろ」
「人狼の力を使えば、あんたに勝てると思ってたのに……使い慣れていない所為で、逆に不利になるなんて……」
小鳥遊は投げやり気味に叫びながら、大の字の状態で寝転ぶ。
「ちょっとはスッキリしたか?」
「かなりスッキリした」
小鳥遊は大きく息を吐き出すと、天井から俺に視線を向ける。
「あんたのお陰でモヤモヤ吹き飛んだ。とりあえず、あんたのお陰でやるべき事が分かった」
「やるべき事?」
「私、あんたより強くなる」
息を整えた小鳥遊は上半身だけ起き上がらせる。
「1人で生きていくにしろ、誰かの力を借りて生きていくにしろ、私自身が強くならないと何も始まらない。だから、もう少しだけ付き合ってよ」
もうそこには何もかも1人で抱え込む小鳥遊神奈子の姿はなかった。
きっと入院している時に色々考えていたのだろう。
今さっきの喧嘩を通して、考えを整理したのだろう。
もう俺が彼女にかける言葉は1つしかなかった。
「ああ、俺で良ければ」
廃工場の中に茜色の光が差し込む。
惹きつけられるように俺の視線は外の世界に傾いてしまう。
割れた窓から見える空は赤みがかっていた。
「じゃあ、明日から毎日放課後……」
夏の到来を感じていると、廃工場内に小鳥遊の嬉しそうな声が響き渡る。
「ふざけんな!俺にだって予定があるんだ!!毎日付き合えるか!!」
「どうせ暇しているでしょ!そこらの不良と喧嘩する時間があるなら、私に割きなさいよ!!」
俺と小鳥遊の言い争う声が今は使われていない廃工場内に響き渡る。
近くにある霊園から蝉の鳴き声が聞こえて来たような気がした。
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次の更新は明日の19時頃に更新致します。
明日で6万PV達成記念短編は終わりますが、これからも更新を続けていきますのでお付き合いよろしくお願い致します。




