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4月2日(2) 出店の焼く料理は不思議がいっぱいの巻

 日々山という所は人で賑わっていた。

 桜並木道には外国人観光客や家族連れが密集しており、道の脇には祭りとかでよく見かける出店が立ち並んでいた。

 前を歩く少女はその有り余る美貌で人目を惹きつけながら、テンション高めに俺に声を掛ける。


「お兄ちゃん!桜だよ!ピンクだよ!めっちゃ、咲いているよ!!」


「そうだなー、綺麗に咲いているなー」


 満開の桜を見て興奮している美鈴を眺めながら、俺は自分の傷の具合を見る。

 起きた時よりも身体の腫れは引いていた。

 しかし、歩く度に激痛が生じるのには変わりない。

 右腕や左足、胴体などが発熱している事から、決して軽い傷ではない事を理解する。

 キマイラ津奈木並みの相手が出てきたら、かなりヤバい状況に追い込まれるだろう。

 うん、かなりヤバい。

 どれくらいヤバいかというと、かなりヤバい。


「……お兄ちゃん……?どうしたの?もしかして、怪我が……」


 難しい顔をしている俺を見た美鈴の顔から笑顔が消える。


「い、いや、何食べようか迷っていて」


「食べ物だけでそんな難しい顔するの!?」

 

 美鈴は俺の咄嗟に出た嘘を鵜呑みにしてしまう。

 そのまま、俺は明後日の方を眺めながら誤魔化しを続けた。


「おいおい、美鈴ちゃん。胃袋は有限だぞ?何で腹を満たすか真剣に考えないと後々あれ食べたかったー、これ食べたかったー、みたいなしょうもない後悔に囚われてしまうぞ。……で、何か食べたいものあるか?」

 

 美鈴はキョロキョロ見渡すと、鯛焼きたこ焼きの屋台を指差す。


「あれとあれ……かな?」


「へえ、ああいうのが好きなのか?」


「うん、海産物系はお腹に溜まるから」


 どうやら美鈴は鯛焼きもたこ焼きも食べた事がないらしい。

 きっと屋台の暖簾に描かれた魚と蛸の絵を見て、海産物系と判断したのだろう。

 驚くだろうなと思いながら、俺は鯛焼きとたこ焼きを購入する。


「ほいよ、お目当てのものだ。ここじゃ食べられそうにないから、ちょっと移動するぞ」


 美鈴に鯛焼きが入った袋とたこ焼きが入った発泡容器を手渡す。


「お兄ちゃんは何も食べなくていいの?」


「俺は焼きそばと焼き鳥買おうかなって」


「鯛といい蛸といい、ここの飲食店は焼く料理が多いね」


「焼かない料理の方が少数派だろ」

 

 出店で適当に食い物を買った俺は美鈴を連れて、飲食エリアに指定されている校庭まで移動する。

 校庭には折り畳み式のテーブルと椅子がごまんと並んでおり、家族連れや暇な大学生達が、屋台で買ったものを食べながら談笑していた。

 俺達は空いている席に座ると、買ってきたものをテーブルの上に広がる。


「……ん?あれ?蛸は……?」


 美鈴は発泡容器の中にいたたこ焼きと初遭遇した。

 ソースが付着した丸い熱々の物体を爪楊枝で穿りながら、彼女は蛸の捜索を始める。

 カルチャーショックを受ける彼女を眺めながら、俺は買って来た焼きそばを啜り始めた。


「あ、あった。……って、足の先端の所しかないじゃん。もしかして、これ蛸の一部分しか入ってないの?」


「そうだ。たこ焼きってのは、そういうもんだ」


「よくこれでたこ焼きを名乗れたね。もうこれ、たこ焼きってより小麦焼きじゃん」


 予想と違ったのが出て来たショックなのか、美鈴は文句を垂れながらたこ焼きを口に入れる。

 彼女は満足そうに咀嚼すると、たこ焼きの感想を口に出す。


「………うん、結構アリかも、小麦焼き」


「たこ焼きをたこ焼きと認めてやってくれ」


「たこ焼きは蛸を丸焼きしたものをたこ焼きって言うんだよ、それだけは譲れない」


「それは蛸の丸焼きであって、たこ焼きじゃねえよ」


 変な拘りを見せる彼女に突っ込みながら、焼き鳥を頬張る。

 口の中に広がった血の味で、味はよく分からなかった。

 顎を動かす度に鈍い痛みが走る。

 痛みと血の所為で、美味しいとは思えなかった。


「でも、お兄ちゃんが食べているのは焼き鳥であって、鳥の丸焼きじゃないんでしょ?」


「焼き鳥は鳥の一部を切り取って焼いているから焼き鳥って言うんだよ。お前が食べているたこ焼きだって、蛸の一部分しか入ってないだろ?」


「でも、お兄ちゃんの焼き鳥は小麦焼きの中に入ってないじゃん」


「それは……まあ、そうだな」


「お兄ちゃんが食べている麺を焼いた奴だって焼きそばって言うんでしょ?たこ焼きと焼き鳥と焼きそばの違いって何なのかな?」


 発明王トーマス・エジソンは幼少期、疑問を沢山抱く少年だったと言われている。

 恐らく美鈴もエジソンと同じく神童と呼ばれる類の金の卵──略して、金卵(きんたま)なんだろう。

 そう思いながら、俺はない頭を振り絞って、ある仮説を彼女に伝える。


「焼き鳥と焼きそばは、焼く対象の前に"焼き"ってついているだろ?けど、たこ焼きの"焼き"は焼き鳥達と違って、後についている。多分だけど、焼きが前につくか後につくかで変わるんじゃないかな?」


「じゃあ、鳥焼きだったら鳥肉も小麦焼きの中に包まれるって事なの?」


「多分な。鳥焼きっていう料理もそば焼きっていう料理もないからそこら辺は分からねえけど」


「じゃあ、焼き蛸っていう料理はあるのかな?」


「焼き蛸ってのはあるぞ。蛸の足を焼くだけの奴」


 たこ焼きを食べ終わった美鈴は袋の中から鯛焼きを取り出すと、よく確認する事なく口に入れる。

 餡子が彼女の口内に広がった瞬間、彼女は宇宙の広さを知った時の子どもみたいな表情を浮かべた。


「鯛焼きなのに餡子が入っている……!?」


「鯛焼きは鯛の形をしているから鯛焼きなんだ」


「たこ焼きは蛸の形をしていなかったよね!?その理屈だとたこ焼きは蛸の形をしていないとおかしいんだけど!?」


「いいか、美鈴。これは自己同一性の問題だ。たこ焼きは中に蛸の一部が入っているから自らをたこ焼きと認識している。けど、鯛焼きは自分の外見が鯛と同じだから、自らを鯛焼きだと認識したんだ」


「つまり、たこ焼きは中身を重視していて、鯛焼きは外見を重視しているって事?」


「ザッツライト。また一歩、世界の真理に近付いたな」


 屁理屈で美鈴が抱えていた疑問を乗り切る。

 将来、誰かがちゃんとした事を教えてくれるだろう。

 彼女が良い先生と巡り合える事を心の底から祈っている。


「にしても、日々山の学校は木造なんだな」


 校庭の隅に建っている2階建ての木造校舎を眺めながら話を逸らす。


「木造の校舎って珍しいの?」


「ああ、結構珍しいみたいだぞ。殆どの学校は鉄筋コンクリート製の校舎に建て替えたりしているらしいからな。友人曰く、

現存かつ現役の木造校舎はレア中のレアらしい」


「へえ、じゃあ、お兄ちゃんは木造造りの学校と縁がなかったんだ」


「いや、縁はあったぞ。小学校が築何十年かの木造校舎だったからな。だから、その友人が言っていたレア中のレアっていう言葉にイマイチ分からねぇんだよ」


「そのレア中のレアが身近過ぎたから実感湧かないのかな?」


「そうそう。ほら、毎日3食高級ステーキ……いや、高級お肉を食べていたら珍しくも何ともなくなるだろ?それと同じだ。俺にとっては現存かつ現役の木造校舎なんて珍しくもなんともねぇんだよ」


「じゃあ、毎日木造校舎に通わなかったら珍しくなるのかな?ほら、1ヶ月に1度、高級お肉食べに行くくらいなら自分へのご褒美って形で機能しそうだし」


「まあ、間違いなく希少性は上がるだろうな」


 3食毎日高級ステーキを食べる生活を想像してみる。

 最初の内は幸せなのは間違いない。

 しかし、その生活が1週間、1ヶ月、1年続いたら間違いなく飽きるだろう。

 1ヶ月とは言わずに1週間くらいで寿司が恋しくなるに違いない。

 で、寿司に飽きたら次は焼肉、焼肉に飽きたら蕎麦……と言った感じで際限なく続いていきそうだ。

 人の欲望というのは恐ろしい。

 けど、高級ステーキヲ毎日食ベル事ガデキル人間二ワタシハナリタイ。

 閑話休題。気を取り直して、彼女との会話を続ける。


「でも、中学・高校は鉄筋コンクリートの校舎に通っているから、ちょっとだけ木造校舎が懐かしいと感じるな。珍しいとは思わないが、恋しくは思うよ。何だかんだ6年通ったからな」


 目を閉じれば鮮明にあの時の思い出が蘇る。

 ギロチンのように上から落ちてくる窓、いつ踏み抜いてもおかしくない程老朽化した床、天井から滴る天からの恵み(あまもり)、職員室でデリヘル嬢と交尾していた教頭、教室で大運動会を始める鼠達。


(そんな所によく6年間通えたなあ)


 そして、未だに改修される事なく使用されている事実に震える。

 後輩達よ、(ボーイズ・ビー)強く生きろ(アンビシャス)

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