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4月28日(6)土管にハマった四季咲の巻 ※5万PV達成記念短編

 土管にハマった四季咲と鎌娘から少し離れた所で、俺と啓太郎は公園に落ちていた野球ボールでキャッチボールをしていた。

 俺が山なりに投げたボールをキャッチしながら、啓太郎は俺からこうなった経緯を聞き出すと、こう言った。


「なるほど。要は四季咲くんが年相応の経験を積んでこなかったが故にこの珍騒動は起きたのだな」


「それ、言い方が少し悪くね?」

 

 啓太郎の投げたボールを両手でキャッチしながら苦言を呈する。

 土管の方を見る。

 土管から鎌娘のいびきが聞こえてきた。

 どうやら爆睡しているらしい。

 どういう神経をしていたら土管にハマったまま寝れるんだろう。

 ちなみに鎌娘が寝始めたので、さっき試しに土管を壊そうとしたが、魔法の気配を感じ取ったので止めた。

 多分、俺が何かしらのアクションを取ったら四季咲を巻き込んで自爆するつもりだろう。

 かなり迷惑だった。

 一方、四季咲は鎌娘と違って、身動き1つ取っていない。

 ただこれ以上恥を上塗りしない様に神に祈り続けていた。


「君同様、僕も教養がないからね。言葉を知らないと言うべきか、言い方が多少荒っぽくなるのは目を瞑って頂きたい」


 ボールを空に向かって投げる。

 啓太郎は落ちてきたボールを取らず、数度バウンドしたものを手に収めた。


「でも、まあ、よくある話だ。年相応の経験を積まなかったが故に起きる悲劇というものは。ほら、よくあるだろ?浮いた話が一切なかった男がいい歳になって女遊びにハマったり、品行方正な人間があるきっかけでギャンブルにどハマりしたりとか。あれは全て年相応の経験を積まなかったが故に起きた悲劇なんだ」


「全部、啓太郎の話じゃねぇか」


「事実陳列罪で逮捕するぞ」


 勉強一筋の学生時代を過ごした反動で、キャバクラに通い詰めたり、ソシャゲに重課金したりしている啓太郎は淡々と俺に脅しをかける。


「ていうか、年相応って何だよ。それって結局、価値観次第で変わるんじゃねぇの?」


「年相応の経験というのは、その歳にしかできない事だ。君は公園で鬼ごっこしている大人達を見た事あるかい?」


「見た事ないな」


「つまり、そういう事だ。歳を取ればできる事は増えるけど、それと同じようにできない事も増えてしまう。友達との鬼ごっこしかり制服デートしかり若さ故の過ちしかり」


 啓太郎は高めにボールを投げる。

 俺はそれをジャンプする事で何とかキャッチした。


「歳を取ってできない事が増えるにつれ、『あの時やっておけば』という後悔が募る。そして、募った後悔は人を暴走させる。今回、四季咲くんがこうなったのも、恐らく幼い頃の後悔が募った結果だろう」


「その後悔の対処法って何かあるのか?」


 ボールを投げ返しながら、俺は今後の参考にするために質問を呈する。


「簡単な事だ、さっさと自覚させた方が良い」


 "まあ、人に害を為す事や倫理的におかしい事は我慢させ続けるべきだが"と付け加えながら、啓太郎は自分の意見を述べる。


「自身を客観視するためには、先ず自覚しなければならない。自分の内に眠る後悔を先ず知る所から始めないと、漠然とした欲求だけが募るだけだ。自覚した後、その欲求の処理の仕方を考えた方が良いと個人的には考えている」


「へえ、なるほど」


「まあ、君や四季咲くんはまだ10代だ。人々や公共の福祉に仇を為す欲求なら、ともかく隠れん坊や鬼ごっこみたいな小さな要求なら、さっさとやって解消させた方が良い。駄目な時は僕ら大人が止めてやるから、君達は年相応の経験を積むといい。いい歳して変な遊びにハマった僕からのアドバイスだ。思う存分、反面教師にしたまえ若人達よ」


 返ってきたボールをキャッチしながら、俺は子ども扱いされてカチンと来る。

 ……いや、実際、俺も四季咲も子どもなんだけど。

 殆ど俺らと歳が変わらない啓太郎に注意されるのは何だか腹が立つ。

 俺は結構強めにボールを投げた。

 啓太郎は大袈裟に俺の豪速球を避けると、抗議の意を示す。

 すると、遠くから美鈴の声が聞こえてきた。


「おーい!!お兄ちゃーん!!!!四季咲さあああんんん!!!」


 美鈴はビニール袋を振り回しながら、俺達の下に駆け寄る。

 彼女達の背後には見覚えのある人達が着いて来ていた。

 先週、知り合った人狼達だ。

 ちゃっかり小鳥遊弟も混ざっている。


「お兄ちゃん!パンツ買って来たよ!あと、小鳥遊くんのお姉ちゃんを探していた人狼さん達を連れて来た!!」


「連れて来ちゃったかー」


「話は聞いたぜ坊主!あの時、助けてくれたお嬢ちゃんがピンチだってな!」


 小鳥遊達の父──俺と喧嘩した天使を宿した銀色狼──が俺に話しかける。

 人間態の彼の姿はガタイの良いおっちゃんだった。


「私達の手当をしてくれた別嬪さんよね!?あの時の恩を返させて貰うわ!」


「そうです!四季咲さんも私達の恩人っす!だから、助けるっす!!」


「俺達が来たからにはもう大丈夫だ!どんな所にハマってても助けてやんよ!」


 豪快に笑い飛ばす人狼さん達。

 どうやらここにいる人達は絶対善から受けた傷を完治させているらしい。


「……ごめん、兄ちゃん。美鈴ちゃんも父ちゃん達も止められなかった」


 四季咲に対してある程度感情移入する事ができていた小鳥遊弟は、死んだような魚の目をして呟く。

 俺は彼に力なくピースサインを送った。

 大丈夫だ、小鳥遊弟。

 多分、お前の立場だったら、俺も止める事はできなかっただろうから。


「あ、あの、気持ちは嬉しいですが……その、四季咲がそこまで望んでいないと思うので、お帰りを……」


 こんな大人数に自身の醜態を見られたら、四季咲の心に大きな傷ができるに違いない。

 そう思った俺は人狼さん達を帰そうとする。

 が。


「まあまあ、遠慮すんなって!俺らがいりゃ100人力だから!」


 人狼さん達は聞く耳を持たなかった。

 小鳥遊(いっぴきおおかみ)が俺の話を聞かなかったのは血筋である事を把握する。

 俺は啓太郎に助けを求めた。


「別に良いんじゃないかな?四季咲くんは強い人間だ。今日の経験を糧にまた逞しくなるだろう」


 獅子の子落としみたいな考えをお持ちだった。

 啓太郎が使えないと分かったので、俺は言葉で彼等を言いくるめようとする。

 が、暴力以外に解決手段を持っていないので、どうする事もできなかった。


「よし!四季咲にパンツを履かせたよ!」


 美鈴はいつの間にか四季咲に買ってきたパンツを履かせていた。

 もうこの時点で四季咲のライフは零地点に到達していた。

 だが、地獄は終わらない。

 美鈴の指示により、人狼さん達は四季咲の脚を掴む。

 そして、御伽噺に出てくる大きなカブを引っこ抜くみたいに土管にハマった四季咲を引っ張り始めた。


 うんとこしょ、どっこいしょ!

 中々四季咲は抜けません。


「もういっちょ!」


 うんとこしょ、どっこいしょ!!

 それでも四季咲は抜けません。


「がんばれー」


 うんとこしょ、どっこいしょ!!!

 ようやく四季咲抜けました。


 スポンという音と共に茹でたタコみたいな顔をした四季咲が出てきた。

 彼女は日の当たる場所に出るや否や両手で顔を覆い隠し、ハリネズミのように丸まった。


「やった!!抜けたぞおおおおお!!!」


「ありがとう!人狼さん達、ありがとう!!この地獄を終わらせてくれて!!!!」


 人狼さん達と美鈴は大いに盛り上がる。

 四季咲の気持ちが痛い程に分かる俺と小鳥遊弟は目の前の光景から目を逸らした。

 やばい、何でだろう。

 俺も普通に恥ずかしい。

 公園内に拍手が鳴り響く。

 四季咲は羞恥に耐えられないのか、その場でゴロゴロ転がり続けた。

 

「さて、四季咲くんも解放された事だし、いっちょ打ち上げでもしましょうか」


 タダ酒をありつけるチャンスと思ったのか、ダメな大人である啓太郎は小鳥遊父の肩に手を置く。

 

「それもそうだな!こんなめでたい時に飲まないとか人生損してらぁ!!」


「いや、父ちゃん、姉ちゃん探してたでしょ?注射打つのを嫌がって逃げた姉ちゃんを探してたでしょ?」


 小鳥遊弟は自分の父に現実を突きつける。

 ……小鳥遊(あいつ)、注射が嫌で逃げたのか。

 小鳥遊父は、小鳥遊弟の言葉が聞こえていないのか、啓太郎達と共に飲み屋さんに行ってしまった。

 残されたのは俺と美鈴と小鳥遊、そして、未だに地面を転がり続ける四季咲だけだった。


 ……なんとも言えない空気が漂う。

 俺はこの空気をどうにかするために、提案してみた。


「……隠れん坊、やるか」


 四季咲は指と指の隙間から俺を見ると、目に涙を浮かべたまま、小さく頷いた。

 空気を読んだ美鈴は100を数え始める。

 小鳥遊弟も空気を読んで隠れ始めた。

 俺はまだ顔を赤くしたままの四季咲に手を差し伸べる。

 四季咲は拗ねた子どもみたいな態度で俺の手を取ると、生まれたての小鹿みたいに立ち上がった。

 俺は四季咲を連れて、年相応に隠れられる場所に向かう。

 俺達が隠れようとした途端、土管の中から鎌娘の声が聞こえてきた。


「……あれ?私は助けてくれないの?」


 敢えて無視した。


 ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方・評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。

 次の更新は18時頃に予定しております。

 よろしくお願い致します。

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