2月14日(4) 「俺が知っているのは」の巻
ドッジボールに興じていた子ども達はお昼寝タイムに突入した。
子ども達を寝かしつけた俺と美智子さんは、委員長が寝ている大広間で会話に励む。
委員長はピクリとも動く事なく、穏やかな寝息を立てていた。
「そういや、昔、委員長は『自分には姉がいる』って言ってましたけど、本当なんですか?」
「ええ、美子ちゃんが言っている話が本当なら、彼女には腹違いの姉がいるらしいけど、……その、私は会った事がないわ」
俺が何気なく振った話題は、かなり重い話題だった。
すぐに話題を変えようとする。
「あ、そ、そういや、今日、バレンタインですけど、美智子さんは誰かにチョコあげるつもりですか?」
「おやつの時間にみんなにチョコをあげるつもりよ」
「先生のお仏壇にチョコ供えないんですか?」
「あの人、甘いもの苦手だし」
「……そういや、そうでしたね」
今になって先生が甘いものが苦手な事を思い出す。
「司くんは誰かにチョコを貰う予定あるの?」
「ありません、残念ながら。俺、仲の良い女の子、そんなにいないんで」
チョコを貰えそうな知り合いの顔を思い浮かべる。
バイトリーダー。
受験でバレンタインデーどころじゃないから貰えそうにない。
雫さん。
むしろチョコをくれとせがみそう。
生徒会長。
嫌われているから絶対にあり得ない。
寮長。
高級チョコを食べた罪で殺されそう。
地元にいる幼馴染と初恋の人。
どちらも子どもを産んでから、俺に義理チョコをあげなくなった。
……ああ、女の子との縁が欲しい。
というか、金髪爆乳美女達と知り合いになってハーレムを築きたい。
いや、異世界転生して金髪爆乳獣っ娘相手にハーレム築くのもアリだな。
本筋から脱線しかけているのを自覚した俺は首を横に振り、思考を数十秒前のものに戻す。
「強いて言えば、委員長からですね。クラスメイトに義理チョコをあげる気満々でしたし」
「そういや、司くんと美子ちゃんって、どういう関係なの?もしかして、恋人同士とか?」
「ただの友達ですよ。俺、委員長みたいな子よりも金髪爆乳美女の方が好きですし」
「本当?君の初恋相手も好意を抱いていた幼馴染も大和撫子みたいな女の子だったような……」
「い、いつの話をしているんですか。あの頃から好みのタイプが変わったんですよ」
「えー、本当かな?……というか、その金髪爆乳美女って、あの人のタイプだったよね?…………あの人、そういうのばっか買っていたし」
美智子さんの身体からドス黒いものが飛び出る。
その所為で俺の身体は小刻みに震えてしまった。
美智子さんの怒りに気づいたのか、ソファーの上で寝ていた委員長が目を擦りながら起き上がる。
そして、寝ぼけた様子で美智子さんを見ると、"抱っこ"とせがんだ。
どうやら寝惚けているようだ。
空気を読んだ俺は、気配を殺すと、足音1つ立てずに厨房に向かう。
そして、作ったチョコを回収後、10分くらい厨房で時間を潰した。
その後、俺は委員長達がいる大広間に戻る。
委員長は顔を真っ赤にしていた。
「やっと起きたか、委員長。ったく、チョコ作り、全部俺に押し付けやがって」
「え、あ、その、チョコ作り終わったの?」
「とっくの昔にな。味は再現できなかったけど、形だけは再現できた。ほら、寮長に謝罪しに行くぞ。今ならまだ間に合うだろうし」
「そ、そうね、うん、そうよね、うん」
赤くなった頬を手で扇ぎながら、委員長は俺の言葉に同意する。
美智子さんに甘えていた事を恥ずかしがっているのだろう。
俺は見なかったフリをする。
「んじゃ、美智子さん。俺ら、学校に戻るから」
そう言って、俺は委員長を連れて、この場を後にしようとする。
「司くん、また遊びに来てね。あの子達、司くんの事を気に入っているみたいだから」
「…………気が向いたら」
「あ、美子ちゃん、いつでも帰って来ていいからね。ちゃんと美子ちゃんの寝る場所、確保しとくから」
「気が向いたら帰ってくるわ、んじゃ」
美智子さんと別れた俺と委員長は学校に向かって歩き始める。
少しだけ生暖かい陽射しが、俺の眠気を誘った。
欠伸を浮かべていると、隣を歩く委員長が話しかけて来た。
「あんた、園長と知り合いなの?」
「ん、ああ。俺の先生の奥さんでな。小学生の頃は月1のペースで会っていたよ」
「ん?何故、月1?」
「月に1度、単身赴任している先生の部屋を片付けに俺の地元までよく来ていたんだよ、美智子さん。先生の部屋の片付けを手伝うと、ご褒美にプリンを作ってくれてな。それがめちゃくちゃ美味いんだよ」
「あー、あのプリンね。私も施設にいた頃はよく食べていたわ」
委員長は気まずそうに俺から目を逸らす。
いつの間にか駄菓子屋の近くまで来ていた。
そして、少しだけ悩んだ後、俺にこんな事を聞いて来た。
「ねえ、そのあんたが言う先生って、その、アレよね?イジメ事件に加担したっていう……」
「らしいな」
「ど、どんな人だったの?」
「会った事、ないのか?」
「あるわよ。けど、とてもじゃないけど、イジメるような人に見えなかったというか……」
「俺が知っているのは、立派な大人だった先生の姿だけだよ」
後頭部を掻きながら、俺は思った事をそのまま口に出した。
「けど、美智子さんが否定しなかったって事は、多分、そういう事だと思う」
委員長の方を見る。
俺の隣にいた筈の彼女はいつの間にか道端に落ちていた犬の糞を木の棒で突いていた。
「神宮、この糞見て!出来立てホヤホヤだわ!」
真面目に答えて損したと俺は素直に思った。
ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。
次の更新は本日21時頃に予定しております。
お付き合いよろしくお願い致します。




