2月14日(3) 「私と同じよ」の巻
午後になっても委員長は爆睡し続けていた。
隙を持て余した俺は施設にいた未就学児と一緒にかくれんぼに興じていた。
「み、つ、け、た、あああああ!!!!」
「ぎゃあああああ!!!!」
滑り台裏に隠れていた少年は、隠れん坊のルールが分かっていないのか、その場から逃げ出してしまう。
俺はすぐさま少年に追いつくと、彼を勢いよく抱っこした。
「もう逃げられないぞー!」
抱き抱えた少年を"たかい、たかい"する。
ちょっとだけ空に近づいた彼は、嬉しそうに笑い声を上げた。
「あ、ずるい!僕も僕も!」
「私もやってほしいー」
「はいはい。ちゃんとやるから、順番な」
かくれんぼに飽きた子ども達を"たかい、たかい"してやる。
かなり楽しいらしく、俺は何度もせがまれた。
「ねえ、兄ちゃん、次はドッジボールやりたい」
「ごめん、お兄ちゃん、ボール遊び苦手なんだ。審判するから、お前らだけでドッジをやってくれ」
流石に子どもに混じって、ボール遊びするのは子ども達に怪我させそうなので、丁重に断る。
「えー、お兄ちゃん、僕と同じチームになろうよ。僕が守ってやるから」
「無理強いは良くないと思うよ。たける君だって、ピーマン食べろって言われても嫌!ってなるでしょ。それと同じでしょ?」
「えー、だけど、お兄ちゃん仲間外れにするのは可哀想じゃない?」
「でも、苦手な人にさせるのは良くないと思うよ」
子ども達は話し合いの結果、俺抜きのドッジボールをする事に合意した。
子ども達がドッジボールを始めたので、俺はそれを審判として大人しく眺める。
すると、俺の左頬に冷んやりした感触が広がった。
「お疲れ、司くん。よかったら、これどうぞ」
振り返る。
そこには炭酸飲料のペットボトルを持っていた美智子さんが立っていた。
「あ、ありがとうございます」
「凄いわね、司くん。たった数時間で子ども達の心を鷲掴みにするなんて。長年この仕事をしている私でもこの子達の心を鷲掴みするのに1か月近くかかったわよ。もしかしたら、先生の才能があるのかも」
「俺があの子達の心を鷲掴みにできたのは、美智子さん達があの子達の心の壁を崩してくれたお陰ですよ。俺の実力じゃありません」
ペットボトルの蓋を開けながら、俺は苦笑いを浮かべる。
「それに、俺は先生という職業に就ける程、真面目な人間じゃありません。ああいうのは、子ども達と真摯に向き合う事ができる真面目で心優しい人がやるべきです」
「先生はなるべき人がなるもんじゃないのよ。やりたい人がやるものなのよ」
美智子さんは俺の頭を優しく撫でる。
子ども扱いされているようで、少しだけ腹立ったが、苛立ちよりも安心感の方が勝った。
「大丈夫だって。司くんなら、良い先生になれると思うわよ。あの子達だけじゃなく、美子ちゃん達とも仲良くできているんだから」
委員長を例に挙げながら、美智子さんは笑みを浮かべる。
「……えと、委員長も孤児なんですか?」
「……ええ、ちょっと色々あってね。この子達は本当の親の顔を知らないの」
「親の顔を知らないって……もしかして、親に捨てられたんですか?」
「捨てられたというより捧げられたって表現の方が適切……かしら?彼女達はね、親が所属していた宗教団体の教主に捧げられたの」
俺の理解を超える境遇だった。
デリケートな話題だと今更ながら判断した俺は押し黙る。
暫くの間、俺と美智子さんは子ども達のドッジボールをぼんやり眺めた。
嫌な沈黙が流れる。
俺同様、沈黙に耐え切れなくなったのか、美智子さんは、突然、こんな事を言い出した。
「ここはね、桑原1の地主──黄泉川家が運営しているのよ」
「え、黄泉川家って事は雫さんの両親が運営しているんですか?ほら、桑原でお巡りさんしている元ヤンの」
「うーん、雫ちゃんは分家だから、ちょっと違うかな。司くんが寮長って呼んでいる子の父親が黄泉川家の当主なの。で、私は黄泉川家から金を貰って、この『ひまわりの園』を運営している訳」
「どうして……」
「あの人と結婚する前から、私は東雲市にある孤児園で働いていたの。で、あの人と結ばれて、桑原に越して来た際、あの人の親戚だった黄泉川家当主から声を掛けられて、ここを運営する事になった訳」
「え、先生と寮長って親戚関係だったんですか!?」
恩師と寮長の意外な繋がりに驚いてしまう。
今日は意外な人の意外な繋がりに驚いてばかりだ。
「え、君が入寮する時に言ったような気がするけど……」
「いやいや、初耳ですよ。へえー、知らなかった」
恩師と寮長、そして、雫さんは血で繋がっている事を知った俺は、めちゃくちゃ驚いてしまう。
「そんな訳で私は20年以上ここで働いているわ。色んな子を見てきた。けど、……美子ちゃん達以上に手のかかる子どもはいなかったわ。それ程、彼女達は金郷……いや、宗教に毒されていたの」
「じゃあ、その毒を抜いたのは美智子さん達った訳ですね」
「正直、私達はあの子達に何もできなかったわ。あの子達が自分で自分の毒を抜いたのよ」
ある種の敗北宣言をしながら、美智子さんは俺の瞳をじっと見つめる。
「毒が抜かれたあの子達を見た時、こう思ったわ。誰かに何かをやるって事は誰にもできないんじゃないかなって」
美智子さんは哲学的な事を言い始めた。
「……一体、何を言いたいんですか?」
俺の質問を聞いた途端、美智子さんは今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
その瞬間、晩夏の教室の姿が俺の脳裏に過った。
「司くんは司くんのなりたい大人になれば良いと思うわよ。とりあえず、今は自分の思いを大切にしたらどうかな?」
「は、はぁ……」
"なりたい大人になれ"と言われた俺は、少しだけ怖気ついてしまう。
暴力を振るう事であらゆる問題を解決しようとしている俺にとって、その言葉通りに動くのは、かなり覚悟のいるものだった。
(いかん、いかん。寝不足の所為なのか、考え方がマイナス方面にいってしまう)
両頬を軽く叩いた俺は、もう1度、美智子さんと向かい合う。
「ごめんね、上手く伝える事ができなくて」
「い、いや、参考になりました」
右の人差し指で頬を掻きながら、何も慰めにならない言葉を吐き出す。
それを言った途端、美智子さんは顔を曇らせてしまった。
「ごめんなさいね。あの人なら、もっと気の利いた事が言えると思うんだけど」
「……美智子さんにとって、先生ってどういう人ですか?」
ずっと聞きたかった事を美智子さんに尋ねてみる。
「私と同じよ」
彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「私と同じで大人のフリが上手い子どもだったわ」
ここまで読んでくれた方、過去にブクマ・評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方・評価ポイントを送ってくださった方に厚くお礼を申し上げます。
本日、新規読者層の獲得の試みとして、本作品「価値あるものに花束を」のジャンルをアクションからローファンタジーに移動させました。
1週間程続けて効果がなかったら、予告なくジャンルをアクションに戻すと思います。
ジャンルは変わっても本編の内容は変わらないので、お付き合いよろしくお願い致します。
また、5万PV記念短編の告知ですが、投稿開始日は早くて5月21日金曜日20時頃、遅くて5月23日日曜日20時頃を予定しております。
短編の完成次第、活動報告やTwitter(@norito8989・@Yomogi8989)で告知致します。
次の更新は明日の20時頃と21時頃を予定しております。
よろしくお願い致します。




