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2月14日(2) ひまわりの園と昔の新聞と思い出が風化した理由の巻

 何とかチョコを作る事に成功した。

 姿形だけは俺達が食べた高級チョコと瓜二つ。

 試しに食べてみる。

 味は全然再現できていなかったが、まあまあ美味かった。

 壁に掛けられている時計を見る。

 時刻は正午ちょい過ぎを指していた。


「委員長、できたぞ」


 『ひまわりの園』と呼ばれる施設の厨房から出た俺は、仮眠を取っている委員長の下に向かう。

 

(確か1階の大広間にあるソファの上で仮眠を取るって言ってたっけ?)


 大広間の場所が分からない俺は、闇雲に施設内を歩き回る。

 いつの間にか図書室みたいな所に着いてしまった。

 児童本が大量に置かれている室内を見渡した俺は、ここに委員長はいない事を把握する。

 部屋を後にしようとした瞬間、貸し出し受付のカウンターの上に置かれている新聞が目に入った。

 古い新聞だった。

 何かに導かれるように俺は新聞を手に取る。

 新聞の日付を見ると、十数年前──俺が幼稚園くらいの頃──のものだった。

 見出しには『桑原・児童イジメ自殺事件の闇』。

 それを見た途端、俺は顔を顰めてしまう。

 この事件の事は嫌というくらい熟知していた。

 今から十数年前、当時小学6年生だった少年がいじめを苦に自室で首を吊って自らの命を絶った事件。

 イジメの主犯格による発言により、自殺した少年の担任をしていた男性教師がイジメのきっかけを作っただけじゃなく、イジメに加担していた事実が発覚し、大きな問題になったイジメ問題。

 連日報道されたらしいけど、イジメの主犯格の少年達もイジメのきっかけを作った担任も証拠不足により裁かれなかった悲しい事件。

 自殺した少年が残した遺書の全文は完璧に暗記している。

 悲しく切実なものだった。


『お父さん、お母さん、こんなダメな息子でごめんなさい。こんな無価値なダメ息子を育ててくれてありがとう。いじめられて、もういきていけない。生まれ変わったら、誰かのために頑張れる価値ある人間になりたいです』


「………………」


 自殺した少年の遺書を思い出した俺は、新聞から目を背けたい気持ちに駆られる。

 深い溜息を吐き出していると、背後から声を掛けられた。


「……もしかして、司くん?」


 振り返る。

 そこには見覚えのある女性が立っていた。

 

「み、美智子さん……」

 

 薄汚れたエプロンを着たアラフィフの女性──俺の恩師の奥さんを視界に入れた俺は、思わず驚愕の声を上げてしまう。


「……なるほど、美子ちゃんが連れて来た男の子って、司くんだったのね」


 "意外と世間は狭いわね"と呟きながら、美智子さんは向日葵のように微笑む。

 

「どうして、ここに……?」


孤児園(ここ)の園長をしているって言わなかったっけ?」


「あー、何か先生の初盆の時に言っていたような」


 美智子さんの発言により、ここ──『ひまわりの園』が孤児園である事を把握する。

 と、なると、もしかして、委員長は──


「本当、半年振りくらいね。元気していた?かなり背が伸びたんじゃない?」


「半年間で5センチ伸びました。もう少しで夢の180センチです」


「へぇ、そうなの。……いつの間にかあの人より大きくなったのね」


 あの人──俺に立派な大人になれと激励してくれた恩師を思い浮かべているのか、美智子さんは目に涙を浮かべる。

 それを見た俺は少しだけ気まずさを覚えてしまった。


「司くんがあの人と野山を駆け回っていた頃はこんなに小さくなったのに。順調に大人になっているのね」


「……身体だけ大きくなって、中身な方は全然成長してませんけど」


「そんなもんよ、みんな。だから、みんな大人のフリをするのよ」


 美智子さんは俺が持っている新聞を見ると、少しだけ顔を歪める。


「……これ、美智子さんのものだったんですね」


 イジメ自殺事件が記載されている新聞を彼女に手渡す。

 彼女は渋々ながら受け取った。


「ごめんなさい、嫌なものを見せてしまって」


「い、いや、美智子さんの所為じゃないですよ。偶々、ここに辿り着いて、偶々、これを目にしただけで」


 図書室内に暫く沈黙が流れる。

 北風が窓ガラスを叩く音が聞こえてきた。

 隙間風が俺達の体温を下げる。

 

「……時々見るようにしているのよ、この新聞。じゃないと、大事な事を忘れそうになるから」


 右人差し指で頬を掻きながら、俺は美智子さんから目を逸らす。

 そして、あの日──恩師の初盆の事を思い出した。



 あの日はとても暑かった。

 2年前──中学3年生の夏。

 受験勉強をサボって、恩師の初盆に参列した俺はある中年の男性と殴り合った。

 殴り合った理由は至って明瞭。

 その中年男性が恩師の悪口を言ったからだ。

 恩師を馬鹿にされた俺は許せなくなって、そいつを殴った。

 殴られた男は俺を殴り返した。

 その結果、ド派手な殴り合いに。、

 警察沙汰になったので、俺と中年男性は交番に連行されてしまった。

 お巡りさんの取調べを受けている時だった。

 俺はその時に知ったのだ。

 俺と殴り合った中年男性は、十数年前、イジメを苦に自殺した少年の父親だった事を。

 そして、俺の恩師が自殺した少年のイジメのきっかけを作り、イジメに加担した事を。

 俺は知ってしまったのだ。

 先生が言っていた"自分は立派な大人じゃない"という真意を。


『自殺から1週間後、息子をいじめていた少年3人が謝罪に来た』


 警察から解放された後、俺は河原にて殴り合った中年男性から当時の話を聞いた。

 

『少年達はこう言っていた。"1年の時、担任だった先生が豚と呼んでいたから、自分たちも呼んでいいと思った"と』


 川面に石を投げながら、自殺した少年の父親は投げやり気味に当時の話をする。


『俺の息子は担任に殺されたようなものだ。あいつがイジメを誘発するような発言をしなければ、俺の息子はイジメられずに済んだ。死なずに済んだんだよ。だから、俺は息子の敵討ちをしようとした。息子を自殺に追いやった担任と少年たちに罰を下したかった。けれど、少年法の所為で少年達を裁く事ができなかった。俺の息子を自殺に追いやった担任は、証拠不十分で罪に問う事ができなかった。……俺は息子の敵討ちができなかった』


 川面に夏の日差しが乱反射していた事をよく覚えている。

 俺は河原に落ちていた石を投げる気になれなかった。

 石を投げてしまったら、先生の言っていた言葉が全部、無価値になるような気がしたから。


『……分かってる、俺達がしっかりしていれば、息子の自殺は未然に防げた事くらい。俺らがあいつのSOSに気づいてやっていたら、あいつは死なずに済んだ事くらい。それでも、俺は耐えきれなかったんだ。自分の配慮のなさの所為で、息子を死なせた事実を。やり場のない自分への怒りを全部イジメの原因を作ったお前の先生にぶつけてしまいたかったんだ……』


 夏の日差しが俺達の肌を焦す。

 後日、日焼けの所為で首辺りの皮が剥けた事はよく覚えている。

 けど、あの時、抱いた感情だけは覚える事はできなかった。

 少年の父は一通り事情を話した後、俺に先生の話を聞き出した。

 俺は先生関連で覚えている事を全て話した。

 地元で大きな地震が起きた時、先生は命をかけて、土砂災害に巻き込まれた幼馴染を救い上げた事を。

 幼馴染の命を助けた先生に俺は憧れを抱いた事を。

 先生は勉強だけでなく、俺に効率の良い甲虫の捕り方や食べられるキノコの見分け方などを教えてくれた事を。

 春は山で川釣りを、夏は昆虫採りを、秋はキノコ狩り、そして、冬には雪合戦した事を。

 俺は先生との思い出を余す事なく彼に語った。

 自殺した少年の父親は、複雑な表情を浮かべながら、川の方をじっと見つめ続けていた。 

 俺は彼同じような気持ちを抱えたまま、先生との思い出を語り続けた。


 最後に俺は先生は『自分は生まれる価値のない人間だった』と言って、死んでしまった事を話した。


 先生の最期を語ると、少年の父は悲しんでいるようにも喜んでいるようにも見える笑顔を浮かべた。

 その表情を見た俺は、先生への憧れを素直に抱く事ができなくなった。

 その日以降、俺は先生との思い出を思い出す事をしなくなった。


──神宮、■■のために■■れる■■になれ。


 かつて先生が言っていた言葉を思い出そうとする。

 が、思い出が風化し過ぎて、上手く思い出せそうになかった。



「司くん?どうしたの?」


 過去の回想をしていた俺は、美智子さんの一言により、現実に引き戻される。

 

「あ、いや、ちょっと、寝不足で……」


「大丈夫? ちょっと寝る?」


「え、いや、いいですよ、別に。ご飯を食べたら一気に吹き飛びます」


 適当な事を言って、この場を切り抜けようとする。

 あの自殺した少年の父と出会って、俺は分からなくなってしまった。

 自分の進むべき道が。

 自分のどういう大人になるべきなのか。

 あれから2年半。

 俺は訳の分からないまま、闇雲になりながらも走り続けている。

 

「あの、美智子さん。……俺、どういう大人になれば良いんでしょうか?」


 あの夏──恩師の罪を知ってから、俺は自分の芯というものを失くしてしまった。

 何のために走っているのか、分からなくなってしまった。

 だから、つい美智子さんに助けを求めてしまう。

 が、彼女は苦笑いするだけで答えを教えてくれなかった。


 ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方・評価ポイントを送ってくださった方に厚くお礼を申し上げます。

 本当にありがとうございます。

 また、つい先程、べるきすさんに本作品の感想を書いて頂きました。

 べるきすさん、感想を書いて頂き、誠にありがとうございます。

 この場を借りて、お礼を申し上げます。



 今回、投稿したお話は序章:金郷教騒動編で司が迷走した理由・司が恩師との思い出をあまり覚えていない理由を中心に掘り下げました。

 一応、初期設定に「司の恩師が過去に虐めに加担して自分の生徒を自殺に追い込んだ」・「中学3年生まで司は恩師の真似事をしていたが、恩師が虐めに加担した事実を知って以降、真似事を止めた」という設定はありましたが、本編にはあまり関係ない上、無駄に話が重くなると思ったので省きました。


 金郷教騒動編の裏側を簡単に補完させて貰いますと。

 ・恩師の過ちを知り、自分の芯をなくした司は自分自身の気持ちと向き合わなければいけない状況に陥る。

 ・しかし、司は金郷教騒動編が始まるまで自分自身と向き合う事はせず、問題を後回しにし続ける。

 ・自分に芯がないまま闇雲に突っ走ってしまった結果、金郷教騒動編で問題を後回しにしたり、敵の言葉に右往左往したり、自分の思いに確信を抱けなくてウジウジしたりするなどの迷走に繋がる。


 本来、上述した内容は作品内に落とし込むのが理想ですが、自分の力量が足りなかった所為で、この場を借りて補完する事になりました。

 これからはこのような事がないように致しますので、よろしくお願い致します。

 

 次の更新は明日の20時頃に予定しております。

 お付き合いよろしくお願い致します。

 

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