2月13日(1)バレンタインデー前日編
本編よりも前のお話です。
2月13日。
世間的には苗字制定記念日やNISAの日、地方公務員法施行記念日といった記念日よりもバレンタイン前日と呼称した方が価値が見出せそうなある日の夜。
布留川・伊紙丸と共に学年末テストの勉強をしていた俺は、夜食を求めて普段使用している寮の食堂に来ていた。
「ん?委員長、厨房で何してるんだ?」
食堂の厨房にて、チョコ作りしている委員長──立川美子に声を掛ける。
「見て分からないの?バレンタインチョコ作ってるのよ」
臼の中に入れたカカオを杵で粉々に砕く委員長を見ながら、俺は自身の常識を疑う。
「チョコってお餅みたいなやり方でできる代物だっけ?」
「何よ、私の調理法を疑う訳?」
不機嫌そうに俺を睨む委員長。
今にも杵が飛んできそうだったので、俺は全力で首を横に振った。
「そんなに疑うなら食べてみなさいよ。あの冷蔵庫の中に試作品入れているから」
毒味をしろと暗に命令する委員長に恐れ慄く。
まさか彼女の調理を見ているだけで、死亡フラグが立とうとは予想だにしなかった。
「……ちなみに聞くけど、そのチョコ、誰にあげる予定だ?」
「決まってるでしょ、クラス全員よ」
「校内でバイオテロ起こすつもりかよ」
「なんか言った?」
「いえ、何も」
彼女が臼を持ち上げたので、俺は慌てて歴史修正をする。
「私が作った試作品は冷蔵庫開けて1番上の段にある黄色いタッパの中に入ってるから。後で味の感想聞かせなさいよね。あ、あんただけじゃなくて、他の人にも食べさせてくれると嬉しいわ。感想は多ければ多い程、次の調理にフィードバックできるし」
「そうか。なら、布留川達も巻き込む事にするよ」
あいつらに全部食べさせようと決意した俺は冷蔵庫の中を開く。
1番上の段には黄色いタッパが2つ入っていた。
「おーい、委員長。黄色いタッパ2つあるぞ。どっちのがお前のだ?」
「多分、右だと思う」
多分って何だよと思いながら、俺は右のタッパを取り出す。
タッパの中を開くと、お店で売られているのと遜色ない外見の一口チョコが出てきた。
多分、このチョコは俺の記憶が正しければトリュフチョコという名前だろう。
想定した以上のチョコが出て来たので、思わず感心の声を上げてしまう。
「うお、めちゃくちゃ凝ってるじゃねえか」
委員長の女子力の高さに驚いていると、杵でカカオを粉砕していた彼女が自信ありげに反応する。
「そりゃ私も女の子だからね。女子力低いチョコをクラスの奴等に渡す訳ないじゃない」
「それもそうか。サンキュー、委員長。これ、夜食にさせて貰うよ」
美味しそうな見た目をしたチョコを持って、俺は自室に戻る。
自室には俺の部屋にテスト勉強しに来ていた布留川と伊紙丸が難しい顔をして、プリントと睨み合っていた。
「うーす、委員長から夜食貰って来たぞー」
「ああ、うん。あんがとなー」
エセ関西弁みたいな口調以外特に目立った特徴がないチビの伊紙丸は心ここにあらずといった感じで返答する。
「あー、そこ置いといてくれ。今、それどころじゃねえんだ」
大男の布留川は集中しているのか、空返事する。
「とりあえず、ちゃぶ台の上に置いとくぞ。良かったら食べてくれ」
「「んー」」
彼等は真剣な眼差しでちゃぶ台の上に置かれた白紙を見つめている。
部屋を出て行った時にはなかった用紙だ。
俺が食堂に行っている間に難しい問題と遭遇したのだろうか。
元凶であると思われる用紙を見る。
そこには、こんな文字が下手な字で記載されていた。
「『何故処女膜は神格化され、包茎は嘲笑の対象になるのか』……って、これ、勉強関係ねえじゃねえか!!」
「神宮、これも立派な哲学の勉強だぞ。一緒に考えようじゃねえか」
「そうそう。ツカサン、俺らと一緒に何で包茎は価値がないのか一緒に考えようぜ」
「それで進級できたら幾らでも考えてやるよ!お前らと違って、俺は進級できるかどうか、この学年末にかかってんだよ!!」
ちゃぶ台を思いっきり叩く。
だが、彼等は驚く事も動じる事もなく、哲学者が聞いて鼻で笑う哲学的問題について語り出す。
「ワイはこう考える。皮被りのままだったら生殖行為できないやろ?処女と同じで童貞の証拠になるとワイは思うんやが」
「だが、皮被りは放置していると何かしらの病気にかかりやすくなるんだろ?なら、処女膜と違って残すリスクが高いと思うんだが」
「あー、それはそうやねえ。皮被りに関連する病気だと亀頭包皮炎、閉塞性乾燥性亀頭炎、尿路感染症、陰茎ガン、嵌頓包茎、紅色肥厚症みたいな病気がパッと挙げられるなあ。逆に処女膜に関連する病気はワイが知っている限り、処女膜閉鎖と処女膜強靭症しかあらへん。ワイは泌尿器科の先生じゃ無いから詳しい事知らんが、もしかしたら、布留川の言う通り、処女膜よりも包茎の方が残しとくのにリスクが高いかもしれへん」
「おい、伊紙丸。何でお前はそんなに下の病気に詳しいんだよ」
「ツカサン、これくらい一般常識やで?」
「一般常識はそこまで狂気を帯びてねえよ」
「いやいや、結構普通そうに見える奴が1番拗らせた性癖を抱いてるんやで。ほら、C組の田中君なんか普通そうな外見しているけど、実はシュリンカー石化でしか頂きに上れない業深き男なんやで?一般常識もそうや。一見普通そうに見えるが、意外とやばい奴かもしれん」
「何だよ、そのシュリンカー石化って。そんなジャンルの性癖初めて聞いたわ」
「まあ、簡単に説明すると女の子の身体を小さくした後に石化させるフェチズムの事なんやがな。ツカサンには人形化って言った方が伝わりやすいか。田中君は女の子が人形になる姿を見て興奮する変態やねん」
「どんな性癖だよ、それ!?何で女の子をお人形にする事で性的興奮するんだよ、C組の田中君は!?」
「ちょっと歪んだサディストやと理解した方が楽やで。田中君は女の子の苦しむ姿が見たいだけなんや。シュリンカー石化は女の子を困らせるための要素……そうだな、強姦や痴漢プレイの類と認識すればええ。ほら、あれだって嫌がっている女の子を見て、ワイらは性的興奮を得てるやろ?それと同じや」
「尖り過ぎてよく分からねえよ!別に困ってる女の子を見たいだけなら、強姦ものや痴漢もの見れば良いだけじゃん!」
「ツカサン、強姦ものも痴漢ものも世間一般的に見たら十分尖ってるんやで。あと、ツカサンの言っているそれはメイドシチュが好きな奴に尼さんシチュで抜けって言ってるようなもんやで。自分がどんだけ残酷な事を言っているか理解してるんか?」
伊紙丸の分かりやすく的を得た解説思わずに感心してしまう。
……いや、感心している場合じゃねえ。俺は勉強しねえとヤバいんだった。
そんな俺を見兼ねたのか、布留川は伊紙丸に声を掛け、会話の軌道修正を図る。
「おい、伊紙丸。話がズレてるぞ、本題に戻そうや」
「そういや、処女膜と皮被りの話してたんやな。すまんすまん、脱線してしまって」
「いや、本題は勉強だ。脱線事故起こしてんのに線路外れて突き走ってんじゃねえよ。線路沿いの住宅街火の海になってんぞ」
彼等は俺の言う事を無視して、話を進める。
「つまり、皮被りは治すべきものであって、残しておくものじゃねえんだ。処女膜と等価値になり得ないと俺は思う」
「それは晩婚化が進んだ影響かもしれんなあ。ほら、昔の人は12歳から16歳くらいの時期に大人の仲間入りしてたやろ?ちょうど治す時期と重なるんやと思うんや。だから、現代社会において皮被りが童貞の証拠になり得ないのは初体験の時期と治す時期にズレがあるからやとワイは思うんや」
「なるほど。成年になる時期と皮被りを治す時期と重ねれば、自然と包茎の価値が上がるって訳か」
彼等は俺が持って来た委員長産のお菓子を食べながら、真剣に処女膜と皮被りの違いについて考察する。
とりあえず、俺はチョコを食べながら、彼等の話が終わるまで待つ事にした。
「つまり、男は12歳から16歳の時に初体験を済ませるのがベストやと思うんや。ほら、大抵の男はその時に治すやろ?やから、相手の女性に治して貰う事で童貞である事を証明さるんや……なんや、このチョコ、めっちゃ美味いやんけ」
「なるほど。その考えだと皮被りは処女膜と同価値になり得るな。……このチョコ、バリ美味えじゃねえか」
「そもそも処女とか童貞とかどうでも良いだろ。初恋の人が運命の相手とは限らねえし。運命の相手じゃなくてもう、処女とか童貞とかその時好きな人に捧げれば良いんだよ。……マジでこのチョコ美味えな」
「ツカサン、そんな考えやと将来ヤリサーに入って好きでもない女と結婚する羽目になるで。処女厨と馬鹿にされようが、運命の相手のために操を立てなきゃいけないんやで……やば、手が止まらねえ」
「伊紙丸、操を立てるのは女限定だ。辞書で調べて確認して来い……このチョコ、お代わり欲しいな」
「フルヤン、そんな前時代的な男尊女卑みたいな考え捨てないとフェミニストにタコ殴りされるで……ツカサン、チョコのお代わりあるか?」
「んな事言ったら、この会話自体女性を性的搾取する事前提に話しているから、フェミニストに聞かれたら、めちゃくそに叩かれるぞ。………食堂に行ったら貰えるかもな。委員長、まだチョコ作ってたし」
あっという間に俺らはチョコを平らげてしまった。
「まあ、要するにワイが何を言いたいかというと、どうせ治すなら自分の手じゃなく、綺麗なお姉さんに治してもらいたかったねん。おとんに脅されて治した時期とオネショタ拗らせた時期が一致してたら、こんな事考えなくて良かったねん」
「それは世界が悪いな」
「なに布留川も同意してんだよ。相手に治してもらうって事は生殖器を長時間握らせるって事だぞ?それは生殺与奪の権利を相手に委ねる行為と言っても過言じゃねえんだぞ?お前らはそんな危険を冒してまで初体験の相手に治して貰いたいのか?」
「それはツカサンがマゾ属性持ってないから恐ろしく感じるだけやねん。ワイらマゾ族は最初からそんな些細な事気にせんへん。なあ、布留川」
「ああ、そうだな」
ボクシング部エースは強面のまま力強く頷く。
もしかしたら、ボクシングの試合をやる度に彼は性的興奮を得ているかもしれない。
そんな女子には聞かせられないザ・男子高校生の際どい会話をしていると、俺の部屋のドアからどっかでマシンガンがぶっ放されたと勘違いするくらい強烈なノック音が聞こえて来た。
「誰だ?こんな時間に?」
ドアを開く。
そこには血相を変えた委員長が立っていた。
「委員長、どうしたんだ?男子寮なんかに来て。この時間、女子がここに来るのは寮則違反だろ?」
「それどころじゃないのよ!!あんた、まだあのチョコ食べてないわよね!?」
「もう全部食べたぞ」
彼女は俺を押し除け、部屋の中に入る。
そして、空のタッパを見るや否や獣みたいな慟哭を上げ始めた。
「な、何や委員長!?そんな絶望的な顔をして!?」
「もしかして、これ、食べたらいけないものだったのか……?」
マゾ族である彼等は委員長の奇行を眺めた事で顔を青くする。
「それ、私が作ったものじゃないのよ!!」
委員長は脇に抱えていた黄色いタッパと空になったタッパを交互に指差す。
まだヤバさがわからない俺はのほほんとしながら、彼女に尋ねた。
「んじゃ、あの美味しい奴誰のだったんだ?」
ちゃぶ台の上にあったタッパを指差す。
彼女はこの世の終わりだと言わんばかりの表情でこう言った。
「……それ、寮長のなの」
男3人の悲鳴が部屋の中に響き渡った。
ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に厚くお礼を申し上げます。
今回投稿する「バレンタインデー編」は2月辺りに限定公開したものを加筆修正したものです。
序章金郷教編で主人公──神宮司が迷走した背景や本筋から脱線するため本編では描かなかった裏設定などを加筆致しました。
また、先日の活動報告で『更新時間は5月14日金曜日18時・20時・21時頃に前編を、5月15日土曜日12時・15時・18時・20時・21時に後編を投稿する』と告知しましたが、
私情により、後編の投稿時間は5月15日20時・5月16日20時・5月17日20時・5月18日20時と21時にさせて貰います。
次の更新は本日20時頃を予定しております。
よろしくお願い致します。




