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4月1日(17) 『走る理由』の巻

 気がついたら俺は腐葉土の上に寝そべっていた。

 上半身だけを起き上がらせる。

 胸の中には名も無き少女が鎮座していた。

 どうやら俺達は木の枝がクッションになったお陰で何とか一命を取り留めたらしい。


「た、助かった………」


 どうやら少女は土箱が壊れるという不測の事態に備えていたらしく、土の箱を美鈴が巻き添えにならない位置──近くの森──まで移動させていたようだ。


「おい、大丈夫か?」

 上半身だけ起き上がらせ、俺の胸に顔を埋めている少女に安否を尋ねる。

 だが、たったそれだけの動作で俺の身体に脳が痺れる程の激痛が走った。

 見える範囲で身体の状態を見る。


 全身切り傷と打撲塗れだった。

 恐らく落下した際に負った怪我らしい。

 さっきの電車事故とキマイラ津奈木との喧嘩のダメージも加わって、あまり動けそうになかった。

 俺が動いた拍子に名もなき少女は、目を覚ますと、即座に俺から離れる。

 少女には傷1つなかった。

 その事実に思わず安堵してしまう。

 彼女は威嚇する猫のように俺を睨みつけると、身体を妖しく輝かせ始めた。


「………何で私を助けたんですか?」


 森の中は足元さえ覚束ないくらい暗かった。

 真っ暗だから、今ならはっきり見える。

 少女の黒いローブの下から見える光る紫の線が。

 その線は顔以外の箇所に満遍なく刻まれているらしく、着ているロープの下から紫の光が溢れ出ていた。


(あの線が魔法陣みたいなもんだったら、あれを壊せば彼女を無力化できるかもしれない)


 右の拳を開き、いつでも彼女の身体に電撃を流し込む準備を整える。


「……答えてください!何で私を助けたんですか!?」


「……なんとなく、だ」


 躊躇いながら理由を告げる。

 こんな単純な理由では彼女は納得してくれないと思いながら。


「けど、俺はお前だから助けたんじゃないと思う。多分、お前がピンチだったから助けたんだ。ピンチだったら助ける相手は誰でも良かったんだよ、きっと」


「それが善人でも悪人でもですか?」


「お前の事も美鈴の事も、……俺はよく知らねえよ」


 俺の答えが納得いかないのか、彼女は小刻みに震え出す。

 彼女の感情に呼応するが如く、周囲のものはわなわなと浮かび上がる。


「何ですか、その適当な理由は……!条件さえ合えば助ける相手は誰でも良いって事ですか……!?それじゃ条件に合ってなかったら見捨てるって事ですか……!?」


 俺は彼女の魔法を止めるべく右手を構える。口は動かせなかった。

 彼女の主張は痛い程、理解できたから。


「そんなのただの傲慢です!貴方は機械的に人を助けているだけで、助ける相手の事を分かろうとしていない!ただの独り善がりの自己満足だ!!そんな機械的な善なんかに私の願いを否定されたくない!!貴方にあの子を救う資格なんてありません!!!」


 機械的な善という言葉が重くのしかかる。確かにそうだ。

 俺は美鈴だから助けた訳ではない。

 暴行を受けていた人なら、誰でも助けていた。

 苦しんでいる人がいるなら、誰でも良かったのだ。


「貴方の言っている事は正しいだけで、中身なんてもんはない!私だってあの子を見捨てる事は間違いだって言われなくても分かっています!!でも、私はあの子を犠牲にしてでも普通の幸せを掴み取りたいんです!!それが独善的で間違っていても、世界中の人達から間違っていると言われても私は自分の幸せを掴み取りたいんです!!」


 彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 ここに来てようやく俺は、彼女は覚悟を決めてこの場に立っている事に気づく。


「どうせ貴方は神器である彼女に操られているから、あの子を助けているだけでしょう!?正気なら出会って1日も経っていない女の子相手に命を賭けたりなんかしません……!」


 彼女に指摘されて初めて、俺は考えなしでここまで来た事に気づいた。

 機械的に人助けをしていた事を理解してしまった。

 自分の言動が薄く軽いものだと理解させられた。


(俺は、……本当に自分の意思でここに立っているのか……?)


 俺はここに来て自分は美鈴に操られているのではと考えてしまう。

 そう考えると俺が機械的に人助けしている理由に根拠がついてしまう。

 俺は美鈴に操られているから人助けしているのか?

 現に俺は神器としての美鈴の力を目の当たりにしている。

 今、俺が魔法を使えているのは彼女お陰だ。

 彼女がそう願った結果、俺はここにいるのだろうか。


(俺は今、本当に自分の意思で動いているのか?)


 何故ここにいるのだろうか。

 俺は本当に美鈴を守りたいと思っているのだろうか。

 今の今まで保留にしていた疑問──美鈴の力は何処まで働いているか──が牙を剥く。

 俺は自分の事が分からなくなってしまった。


「──お兄ちゃん!!」


 思考は聞き覚えのある声により遮られてしまった。

 声の主の方を見る。

 そこには涙で顔がくしゃくしゃになった美鈴が立っていた。

 少女は真っ赤になった目で美鈴を見ると、叫び声を上げながら、美鈴に攻撃を撃ち始める。

 慌てて俺は美鈴を攻撃から守ると、この場からの離脱を図った。


 痛む身体に鞭を打ち、俺は彼女の手を引き、懸命に走り続ける。

 降り落ちる岩。

 迫り来る樹木の束。

 俺は深く考える事なく、目の前の問いから逃れるために、この場から離れた。

 そこから先はあまり覚えていない。

 気がついたら俺と美鈴は河原で寝転んでいた。

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