4月30日(2) 「価値あるものに花束を」の巻
「そういやさ、お兄ちゃんはあの時、何を願ったの?」
「あの時ってどの時だよ」
管理人にお掃除道具を返した俺は、美鈴と共に霊園にいる啓太郎を探す。
が、幾ら歩いても墓しか見当たらず、彼を見つける事ができなかった。
「ガイア神を倒した後に無色の魔力が出たんでしょ?その時、お兄ちゃんがあれに触れたんだよね?」
「ん、ああ。右の籠手で壊したな、そういや」
触れた者の願いを叶える魔力の塊に触れて、半月以上が経過した。
世界は何も変わらなかった。
恐らく何も影響がないという事は、あの時の願いは叶わなかったんだろう。
自分の邪な願いで世界が歪まなかった事に俺は心の中で安堵の溜息を漏らす。
そんな俺に気づく事なく、美鈴は疑問を俺に呈した。
「あの時、何を願ったの?」
「世界平和」
あの時、願った事──『価値あるものに花束を』──を思い出しながら簡潔に答える。
「…………ありきたりだね」
「うっせ、パッと思いついたのがそれくらいしかなかったんだよ」
そっぽを向く。
遠くから蝉の鳴き声が聞こえてきた。
微かに聞こえる夏の鳴き声を聞きながら、俺は視界に入ってきた夕陽に照らされる墓石を視界に入れる。
墓石の前には花が供えられていた。
墓石前の墓をぼんやり眺めながら歩いていると、隣を歩く美鈴が再度同じ質問を投げかけた。
「本当に世界平和を願ったの?」
「ああ、みんなが幸せになれるようにちゃんと願ったぞ」
「他に願いたい事はなかったの?」
「あったよ。でも、最終的には何故かみんなの幸せを願っていた」
「みんなって誰の事?」
「みんなはみんなだよ。生きている人、みんな」
「良い人だけじゃなくて悪い人も含まれているの?」
「生きているだけで価値があるからな、どんな人でも。それに善悪なんて人の主観だ。そりゃあ、絶対悪ってもんはあると思う。けど、悪だから価値がないとか、価値がないから悪だっていう考えは間違っていると思うんだ。上手く言えないけど」
先生の最期の言葉を思い出す。
先生は『自分は生まれる価値のない人間だった』と言って、死んでしまった。
何でそんな言葉を最期の最後に吐いたのか分からない。
俺にとって先生は価値のある人だった。
俺は先生に価値を見出していた。
なのに、先生は自分の価値を見出す事なく死んでしまった。
それが堪らなく悔しかった。
だから、俺は立派な大人になりたいと思った。
先生の言っているような立派な大人になる事で先生の価値を示そうと思った。
先生のような人を生み出さないように、俺は自分に価値を見出せない人達の助けになろうと思った。
ただそれだけの理由で俺は走り続けている。
これまでも、これからも。
「やっぱさ、善人だろうが悪人だろうが、最期の最後くらいは『生きてて良かった』って思える人生を送って欲しいんだよ」
「そっか」
美鈴は小走りで俺の前に移動すると、ちょっとだけ大人びた表情で俺の顔を見上げる。
「ようやく分かったよ、お兄ちゃんがなりたい立派な大人ってのが何なのか」
満面の笑みを浮かべる美鈴を見て、俺はふとタンポポを思い出す。
そして、俺はある事に気づいてしまった。
「あ、ヤベ。先生の墓に花を供えるの忘れてた」
「だったら、あそこに花があるからそれを供えようよ」
美鈴は霊園からちょっと離れた所にある空き地を指指す。
そこにはタンポポの花が咲き誇っていた。
「お兄ちゃん、花の王冠の作り方を教えてよ。今度、小鳥遊さんのお見舞いに持って行きたいから」
「ああ、いいぞ。上手く教える自信ないけど」
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美鈴に王冠の作り方を伝授し、先生のお墓にタンポポの花を供えた俺は、再び啓太郎を探し始める。
啓太郎は霊園の出入り口付近にいた。
「用事は済んだのか?」
俺がここにいる事を知っていたのか、啓太郎は特に驚く事なく俺に質問を浴びせる。
「ああ。お前は誰の墓参りしていたんだ?」
「幼馴染だよ。君は?」
「昔、お世話になった恩師」
霊園を後にした俺達は車通りのない住宅街の中を歩き始める。
過疎化が進んでいるのか、暗くなりつつあるというにも関わらず、殆どの家に灯りは点らなかった。
古びた街灯が、頼りない光量で夜の闇に沈んでいく町を照らし始める。
「そういや、そろそろゴールデンウィークだな。君達は何か予定あるのか?」
「特に何も。美鈴は?」
「ゴールデンウィークってなに?」
まだ外の世界で暮らし始めて1ヶ月しか経っていない美鈴はゴールデンウィークの存在について知らなかった。
「大型連休の事だよ。僕は仕事があるから休めないけど、学生である司達は休みだ。思う存分、遊んで貰うといい」
「あ、じゃあ、私、遊園地に行きたい!お兄ちゃん、ゴールデンウィークの時に連れて行って!!」
「ええ、……良いけど。確か北雲市にあるんだよな?啓太郎、交通費どれくらいかかる?」
「大体片道3千円だな」
「うげ、1日で来月のお小遣いなくなりそう」
「別に良いだろう、どうせ君のお小遣いなんてエロ本買う事しか使い道ないだろうし」
「うっせ、立派な使い道だろうが」
「あ、そうそう。エロ本と言えば」
そう言って、啓太郎は持っていた鞄から紙袋を取り出すと、それを俺に手渡す。
「これまでの借りだ。寮に戻ってから開けろ」
美鈴をチラリと見ながら、啓太郎は紙袋を強引に手渡す。
「中身、何が入ってんの?」
「君が欲しがっていたものだ」
紙袋の中をチラ見する。
そこには俺が追い求めていたエロ本が入っていた。
紙袋の中を揉む。
が、幾ら揉んでも付録の金髪爆乳ダッチワイフらしきものの感触は掴めなかった。
「……なあ、啓太郎。これについていたオマケは?」
啓太郎は溜息を吐き出しながら呆れた声で俺の質問に答える。
「君と穴兄弟になりたくない」
俺は啓太郎の顔面目掛けて紙袋を投げつけた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。
この話が最初に想定していた最終回です。
しかし、今回更新した話だけでは神宮司という人間を描き切れていないと思ったので、もう1話だけ付け足しました。
実質この回が最終回ですが、次のエピローグは今までの物語のまとめになるので、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
最終話は22時頃に更新を予定しております。
よろしくお願い致します。




