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4月30日(1) 恩師の巻

 4月30日。

 図書館記念日とか国際ジャズ・デーとか誰かにとって特別な日であるが、俺にとってただの平日でしかないある日の夕方。

 俺──神宮司は恩師の墓参りに来ていた。

 別に今日が先生の命日って訳じゃない。

 ただ何となくだ。

 何となく先生の墓参りをしたかったから。

 ただ、それだけの理由で俺はここにいる。


「……うっす、先生。久し振りに来たぞ」


 恩師の苗字が刻まれている墓石に挨拶する。

 当然、先生からの返答は返って来なかった。

 俺は買ってきた茶菓子──来月の小遣いを前借りして購入した──を墓前にお供えすると、夕空を仰ぐ。

 茜色に染まる春空は夏の香りを漂わせていた。

 肌に浸透する風が初夏の到来を知らせる。

 もう春も終わると思うと、なんだか切ない気持ちになった。


「ごめんな、先生。偶にしか来れなくて。意外と高校生活って忙しくてさ。本当は毎日のように来たいんだけど」


 霊園の管理人から借りた箒で先生の墓周りに落ちている落ち葉を掃きながら、俺は墓の下で眠っている先生に話しかける。


「最後に来たのは、……確か春休み入る前だから先月くらいだっけ。いやー、あの時は毎日先生の墓参りするとか何とか言っていたけど、春休みも春休みで色々忙しくてさ。ヤクザから喧嘩を売られたり、委員長のお料理教室に付き合わされたり、暴走から喧嘩を売られたり、悪霊 (?)と闘ったり。ああ、そういや、先生。俺、この1ヶ月でさ、魔法使いと喧嘩しまくったんだ」


 先生の墓周りに落ちている落ち葉を掃きながら、俺はこの1ヶ月で起きた事を話し始める。


「全人類の幸せのために犠牲になりそうだった女の子を守るために魔法使い達と喧嘩した。価値や人間性を奪われた女の子達のために魔女と喧嘩した。クラスメイトとその弟のために世界一の魔術師と喧嘩した。……その所為で、俺は多くの人達を傷つけた」


 錆びたちりとりにまとめた木の葉を入れながら自嘲する。

 案の定、墓石の下に眠っている恩師は何も反応を示さなかった。


「俺はさ、目の前で苦しんでいる人達を助けようとした。その結果、人類が幸せになれるチャンスを潰してしまった。お嬢様達を苦しめた男を意識不明の重体に追いやった。……世界一の魔術師をタコ殴りにした。……暴力以外の解決手段を持っていなかった。だから、俺は暴力で根本的な問題をあやふやにした」


 小学生だった頃、恩師が言っていた言葉を思い出す。

『暴力は根本的な問題を解決に導く事はできない。できるのは問題をあやふやにする事だけだ』

 先生の言っていた通りだった。

 俺はこの1ヶ月間、全ての問題を暴力で強引に解決してしまった。彼等が抱えていた根本的な問題から目を背ける事で。

 金郷教騒動──沢山の人の悲願を潰してしまった。

 俺は目を背けた、彼等が全ての人を救おうとしたそもそもの理由から。

 魔女騒動──魔女を名乗る男を意識不明の重体に追いやった。

 俺は目を背けた、原因となった彼のコンプレックスから。

 人狼騒動──"絶対善"を瀕死の状態にまで追いやった。

 俺は目を背けた、彼の魔族への憎しみの理由から。

 全部、暴力で有耶無耶にしてしまった。


「先生の言う通りだったよ。暴力じゃ根本的な問題を解決できないってのは。俺はこの1ヶ月間、全ての問題を暴力で有耶無耶にしてきた。それが間違っている事は何となく理解している。……でもさ、先生、俺、思ったんだ。暴力でしか止められない事もあるんじゃないかって。……力尽くでしか止められない相手もいるんじゃないかなって」


 右の拳を握り締めながら、俺は墓石をじっと見つめる。

 先生は何も答えなかった。

 先生が死人である事をいい事に、俺は思った事をそのまま口に出す。


「けど、やっぱ俺は暴力は好きになれそうにない。いつか俺は暴力以外のやり方で物事を解決できるような大人になりたい。暴力以外の方法で誰かを止められる大人になりたい」


──その時だった。


 聞き慣れた声が俺の鼓膜を揺さぶったのは。


「……お兄ちゃん、ここで何しているの?」


 声の方に視線を向ける。

 そこには麦わら帽子を被った美鈴が、不思議そうな表情を浮かべながら立っていた。


「み、美鈴……どうしてここに」


「啓太郎さんと一緒にこの辺りを探索してたの。土地勘を養うために」


「はぁ、そうなのか……で、啓太郎は?」


「今は墓参りしているよ。なんでもこの墓地に幼馴染が眠っているんだとか。お兄ちゃんも墓参り?」


「ん、まぁな」


「誰が眠っているの?」


「俺の先生」


「せ、せんせい?」


美鈴は可愛らしく首を傾げる。


「そ。俺の小学校の時にお世話になった先生。俺さ、この人に沢山の事を教わったんだ」


「……喧嘩の仕方とか?」


「いや、少なくとも人の殴り方だけは教えなかったよ。……教えて貰った事は殆ど忘れたけど」


 俺の中に殆ど先生との思い出は残っていない。

 殆ど風化してしまった。

 小学生の頃の記憶なんてそんなもんだ。  

 大人になる度、大人に近づく度、幼い頃の記憶は風化していく。

 唯一、俺が覚えているのは先生の『立派な大人になれ』という言葉。

 あの言葉だけは何故か俺の中で未だに残り続けている。


「……お兄ちゃんのそんな顔、初めて見たような気がする」


 驚いているような戸惑っているような表情を浮かべる美鈴。

 彼女自身も感情の整理ができていないのか、気まずそうに人差し指で頬を掻いていた。


「もしかして、お兄ちゃん、桑原(ここ)に来たのって……今通っている高校に行こうと思ったのって、先生のお墓がここにあるから、……なの?」


「……ああ。地元から遠い土地で勉強頑張ろうって思ったのもあるけど、ここを選んだのは先生のお墓があるからだ」


「先生は何で桑原(ここ)にお墓を建てたの?」


「ここが先生が生まれ育った故郷だからだよ。先生の奥さん曰く、学生の頃からここに骨を埋める事を決めていたんだって」


 生暖かい風が俺らの間を吹き抜ける。

 花の香りは全くしなかった。

 俺達の間に奇妙な沈黙が流れる。


「一応、手だけ合わせようかな。この人がいなかったら、私、お兄ちゃんに会えなかっただろうし」


「ん、ああ。よろしく頼む。先生、結構寂しがり屋だから」


 俺は箒を地面に置きながら、先生の墓の前で手を合わせる美鈴をぼんやり見つめる。

 すると、茜色に染まる入道雲みたいな雲が視界に飛び込んできた。


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。

 次の更新は本日21時を予定しております。

 次回が実質本編の最終回です。

 よろしくお願い致します。


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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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