表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

192/331

4月26日(5) 俺と小鳥遊弟の巻

 怪我人である小鳥遊から何とか逃げ切り、美鈴と一緒に病院近くのラーメン屋さんで夜飯を食べて、美鈴をバイトリーダーの家まで送った後、俺はようやく帰路に着く事ができた。

 寮に戻るのは、ほぼ1週間振りだ。

 ちょっと長引いてしまったが、まあ、去年と比べると寮を離れる期間は短い方だっただろう。

 最近の騒動──金郷教騒動や魔女騒動、人狼騒動──は短かった。

 が、かなり密度は濃ゆい。

 胃もたれするくらいに。


「……暫くゆっくりしたいなぁ、温泉とか行きたい。あ、そろそろゴールデンウィークだから、温泉行くのアリかもな」


 そんなどうでもいい事を考えながら、寮に向かって歩き続ける。

 夕陽が西の空に沈もうとした頃、桑原にある唯一の駄菓子屋の前を通り過ぎようとした俺は、ベンチに座っている小鳥遊弟と遭遇してしまった。

 彼は俺を待っていたのか、特に驚く素振りを見せる事なく、駄菓子屋で買ったアイスを口に頬張りながら、俺が話しかけるのをじっと待ち続けた。


「よお、小鳥遊弟。元気にしていたか?」


 俺は彼の隣に座ると、茜色に染まった空を仰ぐ。

 今日は雲一つない快晴だった。


「うん、僕はね。父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも入院しているけど、僕は元気にしているよ」


「そうか。良かったっていう言い方はおかしいけど、お前が無事で良かったよ」


 暫く俺達の間に沈黙がに走る。

 その間、小鳥遊弟はアイスを齧り続けた。心地よい沈黙を堪能しながら、俺は夕空を仰いだ。

 今晩は星が綺麗に見えるだろう。

 それくらい空は住んでいた。

 そんな事を考えていると、隣に座る小鳥遊弟が俺に質問を投げかける。


「なあ、兄ちゃん。……どうやったら、僕は兄ちゃんみたいに強くなれると思う?」


 小鳥遊弟の質問はかなり難儀なものだった。


「……俺に憧れているのか?」


 小鳥遊弟は一瞬だけ躊躇うが、最終的には首を縦に振る。

 彼の気持ちは痛い程理解できた。

 年頃の男の子にとって、腕っ節が強い奴は腕っ節が強いと言う理由だけで、憧れの対象と化してしまう。

 俺だって子どもの頃はアクション映画の俳優さんに憧れていたし、彼らみたいなアクションができるように身体を鍛えていたという痛い過去を持っている。

 いや、アクション俳優ならまだマシだ。

 暴力を振るって誰かを助けたような気になっている俺に憧れるのは良くない。

 悪影響でしかない。

 もし彼が俺に憧れて、暴力を振るう事で誰かの意見を抑圧するようになったら、俺みたいな間違いを犯してしまうだろう。

 独り善がりで満足するような底の浅い人間になってしまうだろう。

 最終的には今回の"絶対善"のような暴走を犯してしまうに違いない。

 それだけは避けないといけない。

 俺は優しく諭すような口調を意識しながら、小鳥遊を傷つけないように、彼の憧れをやんわり否定しようとする。


「俺に憧れない方が良い。俺は暴力以外の解決方法を知らないお子ちゃまだから。俺に憧れるくらいなら、立派な大人になった方が良いと思うぞ」


 自分の要求を小鳥遊弟に突きつける。

 それが価値観の押し付けだと知りながら。


「……だったらさ、兄ちゃん。どうやったら、兄ちゃんが言う立派な大人になれるの?」


 難しい質問だった。

 昔、何処かの誰かが似たような質問をしたような気がする。

 俺はその質問に答えられる程、立派な大人じゃなかった。

 俺は暫く考えた後、自分の思った事をそのまま口に出す事にする。


「……誰かのために走れる(がんばれる)大人になってくれ」


 スラスラと出てきた言葉は、聞き覚えのある懐かしいものだった。


「この世界にはな、ある人曰く、助けを求めたくても求める事ができない人達が沢山いるらしい。信じられない事に、"助けて"の一言も言えずに死んでいく人達が山程いるみたいだ。だから、小鳥遊弟。その人達を助ける事ができるような大人になってくれ」

  

 あの日、教頭先生が言った言葉を今更ながら思い出す。

 どうやら俺が自覚している以上に、あの時、先生が言った言葉は俺の心の中に残り続けているようだ。

 もう顔をぼんやりとしか思い出せない恩師の顔を思い浮かばながら、俺はあの時の言葉を自分なりにアレンジして伝える。


「暴力以外のやり方で、困っている人を笑顔にできるような大人になってくれ。たとえどれだけ裏切られようとも、どれだけ詰られようとも、どれだけ蔑まれようとも、どれだけ調子に乗っても、どれだけ相手の地雷を踏んで怒らせても、どれだけ失敗しても、どれだけ遠回りしたとしても、誰かの幸せを心の底から願えるような人になってくれ」


 きっと俺は今の今まで先生が言ったような立派な大人像を目指していたのだろう。

 先生のように誰かの為に走れる大人になりたかったのだろう。

 ……まだ立派な大人になれていないけど。

 照れ臭くなった俺は夕空を見つめながら、人差し指で頬を掻く。



「勿論、自分を犠牲にしてまで他人に尽くせとまでは言わない。自分の思いを蔑ろにしてまで、他人を優先した所で誰も幸せにならないからな」


 立ち上がった俺はベンチに座っている小鳥遊弟と向かい合う。

 彼は純粋な瞳で俺をじっと見つめていた。

 少しだけ躊躇いを覚えてしまう。

 このまま俺の理想を彼に押し付けて良いのだろうか? 

 彼の未来を俺の一方的な押しつけで歪めて良いのだろうか?

 息を呑んだ俺は一瞬だけ茜色に染まった小鳥遊弟から目を逸らしてしまう。

 が、それでも俺の口は止まらなかった。


 「……けど、誰かのために走れる事は、誰かの笑顔のために頑張れる事は、立派な大人にしかできないと思わないか?」


 俺の質問に小鳥遊弟は賛同しなかった。

 ただ純粋な目で──汚れの知らない目で俺をじっと見つめる。

 そして、俺の顔をじっと見つめると、こんな事を聞いてきた。


「……兄ちゃんは、立派な大人じゃないのか?」


「ああ、残念ながらな」


 "……君が大きくなったら否応なしに理解できるだろう。私が愚かで幼稚な子どもである事を……"


 晩夏の教室で先生が言った言葉が頭の中で再生される。

 先生の懺悔を聞いた途端、俺は彼と本音で向き合わなければならないと思った。

 それが正しい事だと思いたかったから。

 夕陽をバックにしながら、小鳥遊弟にVサインを送る。

 

「……だから、俺は、いや、俺もいつかそんな立派な大人になりたいと思っている」

 

 小鳥遊弟は夕陽に照らされた俺を瞳に映しながら、俺の言葉をじっと聞き続けた。

 あまり手応えは感じなかった。

 やはり俺が紡ぐ言葉は、実力が伴っていないため、軽く薄いものになってしまったんだろう。

 これからこの言葉を重いものにするため、俺は必死になって走り続けなければいけない。

 かなり難儀な道だ。

 並大抵の道じゃないと思う。

 

 ……大人になった人達は、どうやって大人になったんだろう。

 どんな道を辿って、立派な大人になったのだろう。

 調子に乗りやすく、毎日のように間違いばかりを犯している俺もいつの日か大人になれる日が来るのだろうか。

 俺も大人の1人として、あの日の先生のように、子ども達を正しい道に導く事ができるだろうか。

 暴力を振るう事と守る事の区別さえついていない今の俺には、答えられそうになかっだ。

 きっと立派な大人になれたら、自然と答えは出るだろう。

 暴力以外で誰かの暴走を止める事ができるようになったら、答えが見つかるだろう。

 だから、今は前に進まなければ。

 たとえそのやり方が、間違っていたとしても。

 遠回りだったとしても。

 走り続けていたら、いつか答えが見えて来る筈だから。


 小鳥遊弟はじっと俺の姿を見つめた後、首をゆっくり動かすと、笑顔を浮かべた。


「うん、僕もそう思う」


 小鳥遊弟の口から飛び出した言葉は、かつて小学生の頃の俺が先生に言った言葉と全く同じものだった。

 俺と小鳥遊弟との間に初夏の風が吹き込む。

 夏が近づいている事を俺達は肌で感じ取った。


 

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、そして、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は19時頃に更新致します。

 よろしくお願い致します。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ