4月26日(3) 俺と小鳥遊の巻
窓から小鳥遊がいるであろう病室に入り込む。
病室に入った俺が目にしたのは、白いベッドの上で寝ている白いオオカミの姿だった。
オオカミが身に纏う雰囲気から、あのオオカミが小鳥遊である事を看破する。
「うっす、"一匹狼"。見舞いに来たぞ、体調はどんな感じだ?」
匂いで俺が来る事を分かっていたのだろうか、小鳥遊は俺が窓から入って来た事に特に驚く事なく、人を殺せそうな視線で俺を睨みつけると、不機嫌そうにこう言った。
「……あんたなんかに助けて貰わなくても、私1人でどうにかできてた」
一瞬で小鳥遊が強がりを吐いている事を見抜いてしまう。
そして、小鳥遊自身も自分がおかしい事を言っている事を自覚していた。
しかし、止まらなかったのだろう。
彼女は涙を零しながら、俺に罵倒を浴びせた。
「あんたなんかいなくても、私1人でなんとかしてみせた!あんたが出しゃばらなくても、私1人で"絶対善"を倒す事だってできたのよ……!なのに、なのに、何であんたがしゃしゃって出てくるのよ!?誰も頼んでいないのに!誰も助けてくれなんか言ってないのに!!」
小鳥遊の言葉を俺は黙って聞き続ける。
「なんであんたは私を……私の家族も親戚も……人間の……人間の癖に……!!何で……!?私達の……」
まだ十分に文句が言えていないにも関わらず、小鳥遊はオオカミの姿のまま、泣き崩れてしまった。
まだ彼女には感情を整理する時間が必要らしい。
俺は彼女を刺激しないように努めながら、リュックからプリントを取り出す。
そして、俺はそれを無言で彼女に突きつけた。
「……何なのよ、それ」
潤んだ瞳のまま、四季咲は俺の差し出すプリントを見る。
「お前が欠席した分のプリント」
オオカミ姿の小鳥遊にプリントを受け取るように催促する。
「…………もしかして、あんた、これを私に渡すためだけに、"絶対善"に喧嘩を売ったの?」
小鳥遊の心の底から呆れた声が、病室に響き渡った。
俺はその言葉を肯定する事も否定する事もなく、無言でプリントを彼女に突きつける。
「……馬鹿じゃないの、あんたは。私達のために、命賭けたりなんかして」
小鳥遊の雰囲気に少し落ち着きが生じたため、彼女に悪いと思いながら、俺はベッドの上に腰掛ける。
彼女はベッドに座った俺を咎めなかった。
そのまま、俺はシミ1つない病室の天井を仰ぐ。
彼女は俺に声をかける事なく、そのまま泣き続けた。
俺に泣いている事を悟られたくないのか、小鳥遊は涙声を噛み殺そうとしている。
俺は彼女と視線を合わさなかった。
顔を合わせようともしなかった。
退室する事もしなかった。
彼女がそれを望んでいると思ったから。
確証はない。
ただの勘違いかもしれない。
それでも、俺は彼女に追い出される事なく、彼女の隣に座り続けた。
小鳥遊の隣に座り続けて、数十分経過しただろうか。
彼女はまだ嗚咽の声を漏らしながら、罪悪感に満ちたような声色で、取り繕う事なく、俺に感情をぶつけて来た。
「……あんたなんかに、私の気持ちは、分からない。……だから、それ以上、私の気持ちを分かったような顔をしないでよ……」
「そりゃそうだろ」
俺は特に考える事なく、今回の騒動だけじゃなく、金郷教騒動の時も魔女騒動の時も感じた事を言語化する。
「幾ら言葉を交わしても、幾ら拳を交わしても、相手の気持ちを完璧に理解する事なんてできない。だって、その人の気持ちはその人のものだから」
誰の言葉でもない自分の言葉で──語彙力もない拙い言葉遣いで、俺は自分の気持ちを正確に言語化しようとする。
「だから、俺は寄り添うよ。そうすれば、少しは共有できると思うから」
相手の気持ちを完璧に理解できないように、俺が今思っている感情も完璧に表現する事はできなかった。
多分、みんな、俺と同じような事を思っているのだろう。
完璧に理解できないから、完璧に言語化できないから、齟齬が生じてしまう。
その齟齬によって、必要のない争いが生まれてしまう。
きっと俺が完璧に言語化できていたら、暴力を振るわなくても、"絶対善"を止める事はできただろう。
"絶対善"がちゃんと俺や人狼達を理解しようとしてくれたら、あんな騒ぎにならなかっただろう。
いや、言語化できていないのも"絶対善"も同じだ。
俺も彼も理解しようとしなかった。
気持ちを共有しようと思わなかった。
幾ら同じ言葉が使えたとしても、言葉で伝えないと意味がない。
言葉を使える知能を有していたとしても、暴力を行使してしまったら意味がない。
……結局、俺という人間は──暴力以外の解決手段を持ち合わせていない俺は、人としてかなり未熟な存在なのだろう。
そして、これからも、未熟な俺は暴力で問題を有耶無耶にしていくだろう。
勿論、暴力以外で解決できそうなら、その手段を選ぶと思う。
けど、今回のような事件が起きた場合、暴力以外の解決手段が思いつかない場合、俺は暴力で問題を有耶無耶にしてしまうだろう。
金郷教騒動の時みたいに。
魔女騒動の時みたいに。
今回の騒動の時みたいに。
暴力は根本的な問題を解決する事はできない。
けれど、今回のように暴力でしか止められない問題もある。
悲しい事に、悲惨な事に。
「俺はお前の気持ちを理解できない。けど、これだけは理解しているつもりだ」
そう言いながら、俺は再び白い天井を仰ぐ。
「お前が家族や友人のために、必死になって頑張った事を。傷だらけになっても、必死になって誰かのために走り続けた事を。お前が頑張ったから、俺が"絶対善"に追いつけた。お前の頑張ったお陰で俺が小鳥遊弟とも巡り合う事ができた。……お前の頑張りがあったから、俺はここまで走って来れたんだ。だから、お前は誇って良いんだよ。誰かのために走った事を。それはお前にしかできなかった事だから」
今、暴力は良くない事だと思っているのは、冷静さがあるからだろう。
再び日常に戻れば、俺は進んで暴力を振るうに違いない。
俺は子どもだ。
すぐに調子に乗る。
すぐに調子に乗って、人に嫌な事を言っちゃうし、ふざけ半分で暴力を振るう。
調子に乗った俺はまた同じ失敗をしてしまうだろう。
今みたいに暴力はいけない事だと猛烈に反省するだろう。
にも関わらず、また調子に乗って、同じ過ちを繰り返す。
俺はそんな人間なのだ。
聖人でもなんでもないただの愚かな子どもだ。
自覚していても治らない。
理由は至って明瞭、精神的に幼稚だから。
心が小学生のままだから。
今の自分が立派な大人とは程遠い存在である事を自覚する。
だから、あまり偉そうな事を他人に言う事はできない。
だって、言葉と行動が噛み合っていないから。
そんな事を思いながら、自分自身を卑下していると、いつの間にか人間の姿になった小鳥遊が俺の身体に寄りかかった。
俺は彼女の方を向く事なく、彼女の涙で服が濡れる事を疎ましく思う事なく、再度天井を仰いだ。
生暖かい風が窓から入って来る。
出会いと別れの季節が終わる事を俺達は肌で感じ取った。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
そして、この場を借りて謝罪をさせて貰います。
今日の投稿時間に関してですが、先日、今日の更新は12時・15時・18時・20時、そして、最終回を21時頃に更新しますと告知しましたが、訂正させて貰います。
正しくは12時・15時・18時・19時・20時・21時、22時頃です。
最終回は22時頃に投稿致します。
誤った情報を告知して申し訳ありません。
今後このような事がないように善処します。
あと残り数話ですが、最後の最後までよろしくお願い致します。
次の更新は本日15時です。




