4月26日(2) 全てが終わった後のお話の巻
"絶対善"を倒した後の話をしよう。
"絶対善"との喧嘩後、気絶した俺が目覚めたのは木曜日の夕方の事だった。
喜多駅近くにあった民宿で目覚めた俺は、意識は取り戻したものの、右の籠手の力を使った反動と竜と闘った時にやった超人的な動きの代償により、土曜日の昼まで身動き1つ取れなかった。
どうやら俺が思っている以上に、籠手の形状変化──竜のようなデカいものに変化させる行為──はかなり体力を使うらしい。
加えて、超人的な動きも筋肉を酷使するみたいで未だ筋肉痛は取れていない。
金郷教騒動や魔女騒動の時と違い、致命傷を負う事はなかったが、今回の方が床に伏せている期間は圧倒的に長かった。
今までは異常な回復力で次の日にはピンピンしていたが、多分、アレも籠手の力で、俺の体力を消費する事で回復していたのだろう。
今回、身動き1つ取れなかったのは、きっと消費するだけの体力がなかったからに違いない。
あのモノクロな世界と超人的な身体能力を使う事はあっても、籠手を竜の形に変形させる事はないだろう。
メリットよりもデメリットがあり過ぎる。
今後、積極的に籠手の力を使う事はないだろうが、もし使うとしてもより良く効率的に使える手段を模索するべきだろう。
積極的に使う事はないけれど。
身動き取れない2日間、俺は美鈴や四季咲、啓太郎の口から人狼達の現状と今後の事を教えて貰った。
簡単に説明してしまうと、人狼狩りを中止に追い込んだだけで、人狼自体はこれまで通り人目を避けて生活しなければいけないらしい。
要はこれまで通りの人間に擬態する事で魔導士達に見つからないように肩身の狭い思いをしながら、生活をしなくちゃいけないらしい。
つまり、"絶対善"や『magica』第3支部を返り討ちにした所で、人狼達を取り巻く環境は変わらないのだ。
いや、変わらないというのは語弊がある。彼等を取り巻く環境はより厳しいものになってしまった。
先ず経済面。
職持ちの人狼達は2週間近く仕事を無断欠勤したため、かなりの数の人達が職を失ったそうだ。
次に肉対面。
人狼達が負った身体の傷は後遺症が残らないくらい完治するそうだが、魔導士達に負わされた心の傷はかなりの時間を有しないと治らないらしい。
特にコンテナに閉じ込められていた人狼の多くは心身喪失状態に陥っているらしく、とてもじゃないが、すぐ元の日常に戻れる訳じゃないようだ。
たとえ俺が元凶である"絶対善"を暴力で取り除いたとしても、彼等の職が戻って来る訳でもなければ、心の傷が癒える訳でもない。
今回俺がやった事は、ただ問題を先送りにしただけに過ぎない。
結局、何も解決出来なかった。
人狼達魔族が人権を獲得するまで、今回のような悲劇は世界中で起きるのだろう。
いや、それだけじゃない。
魔族の抑止力である"絶対善"を倒した事で、彼の家族を殺したような本当に悪い魔族を野放しにしてしまった可能性も考慮できる。
俺が"絶対善"を倒した事で、彼が倒す予定だった本当に悪い魔族がどこかで暴れているのかもしれないのだ。
つまり、何が言いたいかと言うと、今回の騒動で得した人は1人もいない。
俺も人狼達も"絶対善"率いる魔導士もみんな損したという訳だ。
「あとは狼男さんや啓太郎さん達が何とかしてくれるよ」
帰りのバスの中で苦い顔をしていると、右隣に座っていた美鈴が、俺の心情を見抜いたかのような発言を溢す。
「流石にすぐ人権獲得は無理だけど、今回、人狼さん達が天使討伐に貢献してくれたってテリヤキさんが『magica』に伝えてくれるよ。だから、多分だけど、前よりもマシになる筈だよ。少なくとも人狼狩りなんて行われないくらいには」
「……そのテリヤキ君が信用に値しないと思うんだけどなぁ。あいつ、鎌娘と同じようにいつ裏切ってもおかしくないし」
俺の左隣に座っていた四季咲が反応する。
「彼は人狼達を自分の手駒にすると意気込んでいたぞ。彼は"絶対善"と比べて魔導士として優秀ではないらしいからな。少しでも出世し易くなるように味方が欲しいらしい。今回、この地にいる人狼達を500人以上を味方につける事は、彼にとって利になる行為だそうだ。だから、簡単には裏切らないだろう」
「けど、裏を返せば、人狼以上の手駒が手に入ったら、人狼達を裏切るって事だろ?啓太郎とかは"メリットがハッキリしているテリヤキ君の方が信頼できる"みたいな事を言うけど、俺はあいつみたいな利益で動く奴は信用できないというか何というか」
「なに人狼達も馬鹿ではない。彼等はこれを機に人権を獲得するための運動を始めるそうだ。人狼達と繋がっている魔族と手を組めば、その数は千にも万にも上るという。流石のテリヤキ君も万以上の魔族を敵に回すなんて愚かな選択肢を取る事はない。彼は魔導士としての才能ではなく、政治力で『magica』第3支部の副団長に昇り詰めた男だ。人狼達が利用できなくなるその日が来るまで、彼は魔族を利用し続けるだろう。そして、人狼達魔族もテリヤキ君が利用できなくなるまで利用し続けるだろう」
「……な、なるほど。どっちかというと、今は数の暴力でテリヤキさんが不利な状況に追い込まれているって訳だね」
「そこら辺のデメリットを受け入れた上で、テリヤキ君は人狼達と手を結んだのだ。逆を言えば、それくらいやらなければ、副団長以上の立場を手に入れる事はできないのだろう」
何であいつは──テリヤキ君は地位に固執しているのだろうか……?
上の立場に就く事で、何か成し遂げたい事があるのだろうか。
少し考えて、これも本人に聞かない限り知る事ができない案件であると理解する。
まあ、知らなくても良いだろう。
縁があれば知る事になるだろうし。
逆に縁がなければ一生知る事はないだろう。
人生、そんなもんだ。
この騒動のきっかけである美鈴に電話した女──小鳥遊弟と俺らを引き合わせたガラスの皇女の名前も知らない訳だし。
多分、漫画やアニメみたいに全ての伏線が回収される訳じゃないのだろう。
ああ、そう考えると、なんだかモヤモヤする。世の中、知らない事だらけだ。
「あ、お兄ちゃん、病院見えてきたよ」
そう言って、彼女はバスの車窓に映り込む桑原病院を指差す。
俺達はバスが停留所に着くと、バスから降りた。
「私は用事があるから帰らせて貰うぞ。人狼達のお見舞いに行くべきだと承知しているのだが、緊急の仕事が入ってしまってな。生徒会長として行かなければいけない」
「大体承知。人狼達のお見舞いは俺らに任せろ。ちゃんと見舞ってやるから」
そのまま、俺と美鈴は病院に向かって歩き始める。
「ああ、そういや、四季咲」
言い忘れていた事を色差に伝えるため、俺はもう1度彼女の方を向く。
「お前がいてくれて本当に助かった。お前がいなかったら人狼達の応急手当てできなかったし、俺は溺れ死んでいたし、"絶対善"を人気のない場所まで誘導できなかった」
「別にお礼を言われる事はしていない。私は君に返し切れない程、借りがあるのだ。今回はその借りの1つを返しただけに過ぎない」
「じゃあ、今回の件でそれはチャラだな。だって、お前は俺の命の恩人な訳だし」
四季咲は少し納得がいかないような表情を浮かべると、年相応の笑みを零す。
「ああ、そうだな。じゃあ、これで貸し借りはなしだ」
色々思う所はあったらしいが、最終的には俺の気持ちを汲み取ってくれた。俺は彼女にVサインを送る。
「じゃあ、神宮。また明日」
そう言って、彼女はポケットからスマホを取り出すと、慌ただしい様子で電話を掛けながら、近くにいたタクシーを引き止めた。
タクシーに乗った四季咲を見送った後、俺と美鈴は病院に向かって歩き始める。
「ああ、そういや、美鈴……」
「お礼は良いよ」
「まだ何も言っていないんだけど……」
「お兄ちゃんが自分のためにやったように、私も自分のためにお兄ちゃんを助けたんだから」
美鈴は天真爛漫な笑みを浮かべながら、俺に笑顔を送る。
その姿は彼女の自称姉であるバイトリーダーとよく似ていた。
「そういや、バイトリーダーはどうなったんだろうな。あれから連絡取れていないけど、決着とやらは着いたんだろうか」
「ああ、それなら、昨日の時点で連絡があったよ。決着は着けたって。で、今日は大学に行っているみたい」
「金郷教の時といい、裏で何をやってたんだろうな、あいつ」
病院の入り口前まで移動した俺は、どこか登れそうな場所を探す。
「美鈴、先に啓太郎とキマイラ津奈木達のお見舞いに行っててくれ。俺、小鳥遊のお見舞いして来るから」
「だいたいしょう……ん?お兄ちゃん、何で壁を登ろうとしているの?そこは入り口じゃないよ?」
「いや、俺、この病院の人達に嫌われているし……」
「そんな事をしているからだと思うよ!?」
美鈴に正論を言われるが、耳が痛いので無視する事にする。
俺は美鈴の正論を聞かないフリをすると、小鳥遊の気配を感じる3階の病室の窓目指して登り始めた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。
明日の更新は12時・15時・18時・20時、そして、最終回を21時に更新させて貰います。
2明日の更新で本編は終わりますが、最後の最後まで時間通りに更新しますのでお付き合いよろしくお願い致します。




