表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

188/331

4月26日(1) お見送りの巻

 4月26日日曜日、"絶対善"を名乗る少年との喧嘩、そして、外来神を名乗るガラスの竜を倒して、数日が経ったある春の日。

 俺と美鈴、そして、四季咲は帰国する狼男を見送るため、東雲国際空港に来ていた。

 国際空港は一般利用者が殆どいない──現在、国際便を利用する人は政府から許可を得る必要があるらしい。そのため、観光目的で海外に飛ぶ人はいない──ため、閑散としていた。


「お兄ちゃん、あれ、空港限定のマカロンアイスだよ!!」


「はいはい、マカロンアイスを食べるのは狼男を見送った後な。今、あれを食べるために並んでいたら、狼男を見送れなくなってしまう」


 俺は自分の着替えが入ったリュックを背負い直しながら、美鈴に苦言を呈する。


「別に無理に見送らなくてもいいぞ。この千切れた腕を引っ付けるために、一旦帰国するだけだからな。腕が戻り次第、すぐにこの国に戻って来る予定だからな。私の本当の闘いはこれから始まると言っても過言ではない」

狼男は大人の余裕を醸し出しながら、自らの腕が入ったアタッシュケースを残った腕で持ち上げる。


「にしても、外国には千切れた腕をくっつける魔術師がいんのか……本当、なんでもありだな、魔法ってのは。荒唐無稽というかなんというか」


「"絶対善"を素手で圧倒していた君程、荒唐無稽ではないんだがな」


「籠手がなかったら勝てなかったって」


「でも、籠手を使わなくても、彼を殺す事はできたんじゃないか?」


「たかが喧嘩で人を殺す訳ないだろ」


 俺の言葉を聞いた途端、狼男は苦笑する。


「……やはり、あの時、降参して正解だったよ。ケイタロウが言っていたように、君の強さに底はないようだ」


「買い被りだっての。てか、啓太郎の言葉を鵜呑みにしてんじゃねぇよ。あいつ、結構、いい加減だぞ」


 "絶対善"を名乗る少年を倒した後の事を思い出す。

 簡潔に言ってしまうと、テリヤキ君は『magica』第3支部の団長に昇格できるかもしれないらしい。

 どうやら"絶対善"は天使に負けたという設定で押し通すようだ。

 テリヤキ君は"天使に倒された"絶対善"の代わりに、人狼達や現地の魔導士と協力して天使を倒した"というシナリオで押し通すらしい。

 このやり方だと、テリヤキ君と人狼達の功績が認められるし、たとえ"絶対善"が本当の事を言ったとしても、数の暴力で真実を捻じ曲げられるそうだ。

 うん、大人って本当に汚い。

 ……まあ、提案したのは俺だけど。

 1人の意見を数の暴力で叩き伏せるのは、誰が見ても時代が違っても、間違っている行為だ。

 しかし、それをやらないと、人狼達500人以上が命の危機に晒されてしまう。かつて金郷教の時、俺は1人の意見(みすず)を守るため、数の暴力と闘う事を決意した。

 そんな俺にとって、啓太郎や人狼達がやろうとしている数の暴力案はとてもじゃないが賛同できるものではなかった。

 が、反対する事もできなかった。

 "間違ってはいるが、正しくもある"という奴だ。

 本当、この世界は1つの価値観が罷り通らないくらい複雑だ。

 今回の件を通して、俺は絶対的な善がこの世にない事を改めて痛感してしまう。


「けど、幾ら数の暴力で真実を捻じ曲げた所で、"絶対善"が本当の事を言っている証拠が見

つかったら、嘘がバレるのでは……?」


 俺と同じ事を疑問に思った四季咲は、狼男に尋ねる。


「バレないようにするのが私達の役目だ。安心したまえ、君達の頑張りを無駄にしたりなんかしない。必ずこの地にいる人狼達を元の日常に戻してみせる。そして、時間は凄くかかるだろうが、いつの日か魔族への差別をなくしてみせる」


 狼男は苦しそうな表情を浮かべた。

 そりゃそうだ、"絶対善"1人倒した所で魔族への偏見は取り除かれない。

 人間同士でさえ人種や文化、住む場所、性別が違えば、偏見が生じてしまうし、たとえ意識していなくても、無意識のうちに差別してしまう。

 一朝一夕で解決する話ではないのだ。

 魔族への差別は俺らが生きている間になくならないかもしれないし、もしかしたら数百年かかる代物なのかもしれない。

 きっと狼男や人狼達にとって、本当の闘いはこれからだろう。

 ただの高校生であり、ただの人間である俺にできる事はなさそうだった。


「……なあ、狼男。俺にできる事って何かあるのか?」


 狼男に俺にできる事を尋ねる。

 彼は大人っぽい表情を浮かべると、大人っぽい事を言い出した。


「そのままの君でいてくれ」


 狼男の言葉が気に入らず反射的に眉を顰めてしまう。


「難しい願いだと理解している。けど、君のような人を必要としている人が、この世界には沢山いると個人的に思う。君が駆けつけるのを心待ちにしている人が山程いる。だから、君には変わって欲しくない。君は君のままでいて欲しい。"絶対善"のように機械的に善行をしないで欲しい」


「……俺を過大評価し過ぎだっての。俺は大人になりきれていないただのガキだぞ?このままで良い訳ないだろうが」


「なら、子どものままであり続けてくれ。……いや、この言葉は適切じゃないな。君が君のまま、大人になる事を私は心の底から祈っている」


 狼男は苦笑を浮かべると、片手で荷物を持ち、搭乗口に向かって歩き始める。

 俺は最後に彼が言った事を理解できずに首を傾げた。


「あ、途中まで荷物持って行くぞ」


「いや、いい。これ以上、君に借りは作りたくない。ここまで見送ってくれて、ありがとう。後は私達で何とかしてみせるよ」


 狼男は振り返ると、少年のような笑みを浮かべた。

 彼の表情を見て、彼が大人のフリをしていた事を理解する。

 彼は再び俺達に背を向けると、今度は振り返る事なく、歩いて行く。

 俺達は彼の侘しい背中が見えなくなるまで、じっと見続けた。


「そのままの君でいてくれ、か」


 今回の件について思い出す。

 調子に乗った所為で人狼達をピンチに追いやり、スピーディーに動けなかったが故に小鳥遊をギリギリの所まで追い込んでしまった。

 "絶対善"の逆鱗に触れた所為で多くの人をピンチに晒してしまった。

 いや、今回だけじゃない。金郷教騒動の時だって、魔女騒動の時だって、俺は適切な行動を取れなかったが故に、美鈴や四季咲をピンチに追いやってしまった。

 このままの状態で大人になって良い訳がない。次の機会に活かせるように反省しなければ。


(でも、反省した所で同じ間違い犯してしまうんだよなぁ)


「大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 美鈴は天真爛漫な笑みを溢すと、俺の内心を見抜いたかのような発言を口にする。


「お兄ちゃんがどんな大人になっても、私はお兄ちゃんの味方だから」


「……流石にダメな大人になりそうな時は止めて欲しいかなぁ」


 どうやら俺が思っている以上に、立派な大人になる事は難しいらしい。

 誰かのために走り続ける。

 今回の件を通して、俺はその困難さを改めて痛感してしまった。

 独り善がりにならないように走り続けるのは、非常に難しい。

 下手したら、"絶対善"のような暴走を起こしてしまう。

 彼は決して間違ってはいなかったけど、正しくもなかった。

 今回の俺も正しくもなければ間違ってもいなかった。

 本当は"絶対善"と話し合う事で、最善の道を探るべきだったのだろう。

 しかし、俺も"絶対善"も暴力以外の解決手段を持っていなかった。

 ただ、それだけの話。


「……にしても、今回も結構な人に怪我させてしまったな」


 あの日──"絶対善"との喧嘩が終わった後、俺は駆けつけた啓太郎から今回の件で怪我を負った人狼の数を教えられた。

 重傷58人、中軽傷338人。俺やバイトリーダーが倒した魔導士達の数を入れると、怪我人の数はもっと増えるらしい。

 もっとスムーズに解決できたら、怪我人をもっと減らす事ができただろう。

 自分の不甲斐なさを痛感させられてしまう。


「けど、死者は誰1人出なかった。それは褒められるべきだと思うし、君がいなかったら、死人は出た上、もっと色んな人が傷ついていたと思うぞ」


 四季咲は俺の気分が明るくなるようなフォローを入れてくれる。

 しかし、そんなもんじゃ俺の気分は晴れなかった。


「"絶対善"が生捕りするよう命じたからな。もしあいつが殺すつもりだったら、多くの人狼が死んでいたに違いな……ん?」


 俺は溜息を吐き出しながら、自分の発言がおかしい事に気づいてしまう。


「どうした、神宮?」


「……なんで"絶対善"は人狼達を生捕りにしたんだ……?あんなに魔族を恨んでいたのに。普通、あれだけ憎悪していたら、生捕にしなくても殺していただろう。何か殺せない事情があったのか?」


「多分、殺せなかっただけだと思うよ」


 "絶対善"の気持ちが理解できるのか、美鈴は間髪入れずに言葉を紡ぐ。


「多分だけど、あの人はヒーローになりたかったんじゃないの?」


「ん?それ、どういう意味だ?」


「上手く説明できないんだけど……何か"絶対善"はあの人に似ているような気がして……」


 美鈴は顔を曇らせる。

 多分、彼女が言っている"あの人"は、金郷教騒動の時に俺の前に立ちはだかった教主の事を指しているだろう。

 彼も"絶対善"同様、正しくもなければ間違ってはいない方法──けど、多数決で見れば、教主の選択が正しい──で人類を救おうとしていた。

 そのやり方は俺の身勝手で我儘な言い分で阻止されてしまったが、彼も"絶対善"と同じように、彼なりの価値観を胸に秘め、多くの人を助け出そうとしたのだ。

 確かに美鈴の言う通り、"絶対善"と金郷教教主はよく似ている。

 彼等は考え過ぎた結果、ヒーローという非実在的存在になろうとしたのだろう。

 そう考えると、複雑な思いに陥った。


「恐らく美鈴ちゃんが言ったように"絶対善"の思想も関係があるのだろう」

 

 四季咲は苦々しい表情を浮かべながら、ある可能性を提示する。


「だが、私はそれだけじゃないと思う。私は遠目で神宮と彼の戦闘を見ていたが、彼の魔族への恨みは遠くから見ていても十二分に理解できた。……だから、私は理解できないのだ。何故、彼が人狼達を生捕りにしたのか。何故、コンテナの中に人狼達を詰め込んだのか。恐らく、彼は自由に動く代わりに上から条件を提示されていたのではないか?"人狼達を生捕りにするように"と。だから、彼は自由に動いても許されるし、憎き魔族を生捕りにしたのではないだろうか?」


 四季咲の言っている事は、"絶対善"と拳を交わした俺にはあまりピンと来なかった。

 多分、美鈴の言っている事の方が真実に近いような気がする。

 が、美鈴はそう思っていないらしく、四季咲の言葉を聞いた途端、彼女は顔を青褪めた。


「……じゃあ、なんで上の人は人狼さん達を生捕りにするように命じたの?」


「それは……」


 美鈴の質問に四季咲は困ったような表情を浮かべた。


「それ以上、考えても"絶対善"の頭の中を覗き込まない限り、答えは出ないと思うぞ。四季咲の考え過ぎかもしれないし」


「……ああ、確かに君の言う通りだな。私の考え過ぎなのかもしれないし」


「でも、……お兄ちゃんは知りたくないの?"絶対善"が生捕りにした理由を」


「あいつの過去を知った所で未来が変わる訳じゃない。たとえ"絶対善"より上の奴が動いていたとしても、今どうこうする事なんてできない。……今、俺が言える事は1つだけだ」


 "絶対善"が言っていた言葉を思い出しながら、渋い顔をする。


「俺はあいつを止める事はできなかった。……あいつを止めたのは、あいつ自身だよ」


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、そして、新しく評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。

 感想・レビュー・ブクマ・評価ポイントは自分にとって励みになります。

 この場を借りて、ブクマしてくれた方、感想・評価ポイントを送ってくださった方に再度お礼を申し上げます。

 

 あと、この場を借りて金曜日の告知をさせて貰います。

 4月30日金曜日は12時・15時・18時・20時・21時に更新させて貰います。

 21時に投稿させて貰うお話が最終回です。

 最終回まで残り2日となりましたが、最後の最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

 また、4万PV達成記念短編は来週の金曜日に投稿する予定です。

 5万・6万・7万・8万PV達成記念短編も投稿するつもりなので、4月30日以降も更新が続きますが、そこまでお付き合い頂けると嬉しいです。

 これからもよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ