4月23日(24)絶対悪の巻
視界が元の状態に戻る。
砂浜には全長30メートル級のドラゴン──透明感のあるガラスで身体が構成されており、瞳はルビーのように煌めき、鱗は否応なしにダイヤモンドを連想させた──が鎮座していた。
本能で理解する。
目の前の存在はガイア神よりも圧倒的に格上の存在である事を。
今まで目にした事がないくらいヤバイ存在である事を。
そして、アレが動くだけで人々が大勢死ぬ事を。
「この感じ……久し振りだわ」
ガラスの竜はうっとりした声を出しながら、自分のガラスでできた爪を眺める。
「まあ、全盛期と比べたら、多少力は落ちているけど、それもあそこにいる人達を食べれば解決するでしょう。うん、やっぱ、この状態は最高だわぁ」
ガラスの竜が口を動かす度に威圧感のようなものを感じ取る。
先程よりも身体の状態がマシになった俺は、産まれたてのバンビみたいに足を震わせながら立ち上がった。
背後を見る。
小鳥遊弟も四季咲も眼前に鎮座する超越者の所為で、顔を青褪めていた。
「……やらせるかよ」
息を切らしながら、俺は右の拳を握り締める。
もしここであいつを好きにさせたら、俺の背後にいる小鳥遊弟と四季咲は勿論、東雲市にいる人達もあいつに捕食されてしまう。
それだけは阻止しなければならない。
俺は右の籠手を装備すると、ガラスの竜の足元にいる"絶対善"の身体を引き寄せる。
彼はこの状態になってもまだ魔力は尽きていないようで、彼の身体を引き寄せる事は簡単だった。
俺は反発の力を使って、"絶対善"の身体を四季咲達がいる方へ弾き飛ばす。
たったそれだけの行為で、右の籠手は灰になってしまった。
これ以上、右の籠手を使う事ができない事を認知する。
「もうそのクソみたいな神器さえも使えないのね」
優越感に浸るガラスの竜を睨みつけながら、俺は息を整える。
背後で物音が聞こえてきた。
どうやら俺の意図を察した四季咲が、小鳥遊弟と"絶対善"を連れて、この場から撤収し始めたようだ。
「"絶対善"や街の人を見捨てたら、私を止められたかもしれないのに残念ねぇ。満身創痍な上、神器も使えない貴方じゃ──いや、この世界にいる生命じゃ、今の私は止められない」
ガラスの竜と言葉を聞き流しながら、俺は頭の中でこの状況を打破する方法を模索する。
しかし、幾ら考えても体力が尽きかけている以上、この状況を打破する術は思いつかなかった。
「……あんた、全盛期の力を取り戻した後、どうするつもりなんだ?」
息を整えようとする。
少しでも体力が戻るように時間を稼ぐ。
「うーん、特には考えていなかったんだけど……とりあえず、力を取り戻したら、この世界を火の海に沈めようかしら」
先程、俺が感じた"絶対悪"──あのガラスの竜が人類の繁栄を阻害するための存在──という評価は的確だったようだ。
息を大きく吐き出した俺は、改めてアレを止めなければ人類は滅んでしまう事を理解する。
「さて、時間稼ぎはこれくらいで良いかしら?」
ガラスの竜は超越者の自負の下、俺に殺意を放ち始める。
どうやら油断も慢心しもしてくれないらしい。
「悪いわね。私は貴方が満身創痍だろうが虫の息だろうが、油断も慢心しもしない。それで私は足下を掬われたのだから」
ガラスの竜は視線だけで人を殺せそうな勢いで俺を睨みつける。
あいつは俺を危険視している事だけはよく理解できた。
息を大きく吐き出し、時間稼ぎの方法は諦める。
「──だから、全力で行かせて貰うわよ。"獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす"みたいな感じでね」
そう言って、ガラスの竜は前傾姿勢で静止すると、俺の出方を伺い始めた。
あのガラスの竜は、ガイア神と同じように地形を一瞬で変える事ができるだろう。
この辺りを──いや、東雲市を一瞬で消し炭にできるだろう。
だがしかし、今、そんな攻撃を繰り出してしまったら、"絶対善"から奪い取った力を著しく消費する上、折角の餌を焼き殺してしまう。
だから、奴は広範囲の攻撃を繰り出さないと予想する。
「ええ、お察し通り、私はこの辺りを火の海にする気はないわ」
そんな推測を頭の中で立てていると、地面からの攻撃を察知する。
俺がバックステップすると同時に足元からガラスの剣がマグマのように噴き出した。
「だからといって、質の低い攻撃をする気もないんだけど……!!」
背後に下がった瞬間、背後の方からガラスの飛礫が飛翔する。
最小限の動きで回避する。
すると、四方八方からガラスの剣が音速の速さで飛んで来るのを知覚した。
体力も残り僅か。
右の籠手も使えない。
そして、目にも見えない速さで飛んでくる攻撃。
そんな攻撃を避けようとした瞬間、頭上から光の柱が降り落ちた。
瞬時に俺は落ちて来る光の柱を避けようとする。
しかし、四方八方から迫り来る攻撃が俺の逃げ道を封鎖していた。
光の柱を避けようとしたら、ガラスの剣を避けられない。
ガラスの剣を避けようとしたら、光の柱によって身を焼かれてしまう。
まさに八方塞がり。
まさに絶体絶命な状況下。
体力も尽きかけている。
右の籠手が使えない。
今の俺ではこの窮地を乗り切る事はできない。
思考する──この状況を打破する方法を。
模索する──この危機を乗り切る方法を。
考えて、考えて、考えた結果。
俺が出した答えは。
──前に向かって走る事だった。
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