4月23日(22)VS絶対善/「あんたじゃ俺には勝てないって」の巻
「はあ……はあ……はあ……!」
拳を振るう度に肉の感触が脳を揺るがす。
俺は"絶対善"を殺さないようにしながら、奴が気絶するギリギリの力量を調整しながら、自分の残り体力を省みる事なく、殴り合いに興じる。
本当は暴力以外の手段で"絶対善"を止められたら、良かったのだろう。
拳ではなく、言葉を交わす事で"絶対善"を止める事が最善なんだろう。
けど、俺にはこのやり方でしか"絶対善"を止められない。
暴力でしか奴を止めれない。
そんなやり方でしか、そんな幼稚で稚拙なやり方でしか止められない自分に嫌気がさす。
立派な大人なら決してやらないようなやり方で奴を止めようとする自分に腹が立つ。
本来なら暴力でしか物事を解決できない俺は、"絶対善"の行為を批判する権利はなかっただろう。
今やっている俺の行為も暴力で魔族を排除しようとする奴と大差ない。
五十歩百歩。
たまたま、小鳥遊達人狼が民間人に危害を加えていないから、俺の行為が少しだけ正当なものになっているだけで、奴と同じ事をやって、この騒動を解決に導こうとしている。
最低な奴だ。
暴力で解決しようとするのは、決して褒められるような行為ではない。
いついかなる時であっても。
はけれど、暴力でしか止められない時もある。
今みたいに暴力を振るう事が間違っていなければ正しくもない時もある。
絶対的な解決方法があったら、俺も暴力を振るう事はなかっただろう。
御伽噺のヒーローみたいに相手を止める事ができる一言を掛けられたら、暴力を振るわなくても、奴を止められたのだろう。
だから、俺はヒーローになれない。
拳を振るう事でしか、相手を傷つける事でしか何かを守れない俺にヒーローを名乗る資格はない。
幼稚で自己中で身勝手で暴力でしか誰かを止められない俺は永遠にヒーローを名乗れない。
それでも良いと思った。
ヒーローになれなくても。
目の前にいる人達のために走り続ければ、いつか立派な大人になれると思っているから。
今は暴力でしか暴走する誰かを止められないけど、走り続けたら、いつの日か暴力以外のやり方を知る事ができると思うから。
だから、今は拳を握る。
最善の道を探し続ける。
目の前にいる人の思いを大事にしながら、自分の思いを大事にしながら、前に進んでいけば、いつの日か立派な大人になれると思うから。
誰かのために走り続けたら、立派な大人になれると信じているから。
「はあ……はあ……あああああ!!!!」
必死になって酸素を肺に取り入れながら、俺は"絶対善"の腹部に拳を叩き込む。
奴は俺の拳を喰らうと、腹部を押さえながら後退した。
「お前さえ……お前さえいなければ……」
"絶対善"は憎しみを込めた視線を俺に投げつけると、右の拳を握り締め、俺の腹部を思いっきり殴る。
奴の拳は拳を振るう度に鋭いものに変わっていった。
殴り合いの素人が、少し拳を交わしただけで、殴り合いの玄人に変貌してしまった。
俺は奴の鋭い拳を腹に受けると、息を詰まらせながら、数歩だけ後退する。
「お前さえいなければ、俺はヒーローでいられたんだよ……!なのに、なんで……なんで、お前は絶対的に正しい筈の俺に刃向かうんだよ……!」
"絶対善"は俺の頬に拳を叩き込む。
奴の拳を受けて口の中を切った俺は、態勢を整えると、奴の頬に拳を叩き込む。
「なんで、今頃になって、ヒーローが現れるんだよ……!俺の時は誰も助けてくれなかった癖に……!!」
"絶対善"は支離滅裂な事を言いながら、口から血を垂れ流すと、再び俺の頬を拳で殴り続ける。
生々しい肉の音が、夜の砂浜に響き渡った。
俺は口の中に溜まった血を吐き出しながら、奴の頬に今出せる全力の一撃を叩き込む。
今度は奴の肉体から生々しい肉の音が聞こえて来た。
「誰も父さんも母さんも助けてくれなかった癖に……!みんなを助けてくれなかった癖に……!なんで今頃になって、……なんで俺の前に現れるんだよ……!!なんであいつらの時は救われて、俺達の時は救われなかったんだよ……!!」
"絶対善"の拳が届く度に、俺の血は砂浜に飛び散ってしまう。
俺の拳が届く度に奴の血は砂浜の上に撒き散ってしまう。
「あいつらが魔族だからか……!?俺が人間だから救われねぇのか!?魔族として生まれて来るだけで神様が救ってくれるのか!?」
"絶対善"は自分の中に眠っていた感情を整理する事なく、闇雲にぶち撒けていく。
俺はそれを受け入れる事しかできなかった。
ただ黙って聞きながら、奴の拳を受け入れる事しかできなかった。
奴の身体に拳を叩き込む事しかできなかった。
「なんで……なんで今になって、ヒーローが現れるんだよ……!?ヒーローがいないから、俺がヒーローになろうと思ったのに……俺が絶対的な善になろうとしたのに……何で今頃になって本物が俺の目の前に現れるんだよ……!?」
今までで1番重く鋭い一撃が、俺の頬を捉える。
俺はその拳を受け入れながら、拳を叩き込む事なく、今度は言葉を吐き出した。
「……この世界にヒーローなんていねぇよ」
"絶対善"の攻撃が止まる。
俺は肩で息をしながら、彼に語りかけた。
「どんなに苦しくても、……どんなに助けを求めても、……都合良くヒーローはやって来ない。……"絶対善"、ヒーローなんてもんも……絶対的な善って奴も……フィクションの世界にしか存在しないんだよ」
"絶対善"の口から嗚咽の声が漏れ出た。
「なら、何でお前は俺の前にいるんだよ!?ヒーローだからだろ!?ヒーローだから魔族を守ろうとしているんだろ!?ヒーローだから、俺の一撃を自分の身を省みる事なく、受け止めたんだろ!?背後にいるお前の仲間や街の人々を守るために!!」
「"絶対善"、……俺がここにいるのは……ヒーローになるためなんかじゃない。……立派な
大人になるためだ」
小鳥遊の時と同じ事を息を切らしながら、口から吐き出す。
「この世界にヒーローはいないけど、……いるんだよ、誰かのために走れる立派な大人が」
俺の言葉が気に食わないのか、"絶対善"は己の拳と俺の顔を交互に見ると、拳を再び振るい始めた。
「……それが、ヒーローだって言ってるだろうが!!」
"絶対善"の拳が俺の頬に深く突き刺さる。
「自分以外の誰かのために身体を張っている時点でヒーローなんだよっ!!お前がヒーローじゃなかったら、一体お前は何なんだ!?」
「ただの……子どもだよ」
"絶対善"は信じられないようなものを見るかのような目で俺を見つめる。
「自己中で……身勝手で……我儘な暴力でしか誰かを止められない、……立派な大人とは言い難いただの……子どもだよ。……俺という人間は」
俺の言葉を聞いた途端、"絶対善"は歯軋りを始める。
「ああ……!今ようやく分かった……!!俺はお前を、お前という人間を受け入れる事ができない……!!」
"絶対善"は右の拳に赤い稲妻を身に纏うと、それを俺にぶつけようとする。
「消えろっ!!お前じゃ俺を止められねぇ!!」
雷を纏った一撃。
それを左手を使って受け流す。
"絶対善"が成長しなかったら──素人のままだったら、この一撃を受け流す事ができなかっただろう。
しかし、効率良く殴る術を身につけた今の彼相手なら、ロクに身体が動かせない今の状態でも、最小最低限の動きで捌く事ができる。
半端に力を身につけた素人と違って、玄人の攻撃の方がどこに飛んで来るか非常に読みやすいからだ。
もし彼が最初に放った拙い一撃を放っていたら、脅威としか言いようのない急成長を遂げなかったら、俺は奴の拳を喰らっていただろう。
「──言った筈だ」
右の拳を思いっきり握り締める。
今度こそ"絶対善"の一撃を刈り取るために、俺は全体重を右の拳に預ける。
「──あんたじゃ俺には勝てないって」
俺が今出せる渾身の一撃が、彼の腹に重く鋭く突き刺さる。
俺の拳を受けた彼の身体は、呆気なく吹き飛ばされると、そのまま、砂浜の上を無様に転がった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。
皆様のお陰で、本日11時時点、この作品のブクマ件数が160件になりました。
これも皆様のお陰です。
厚く厚くお礼を申し上げます。
また、この場を借りて告知致します。
本作品「価値あるものに花束を」は4月30日金曜日に完結致します。
4万PV以降の記念短編は5月以降に投稿しますので本編完結以降も不定期的に更新しますが、本編は今月末に終わる予定です。
残り1週間もありませんが、これからも最後まで毎日更新致しますのでよろしくお願い致します。




