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4月23日(21)VS絶対善/泥試合の巻

 一瞬だけ意識が飛んでいたのか、気がついた時には俺は砂浜の上で伏せていた。

 立ち上がろうとする。

 だが、身体は鉛のように重く、自分の意思では指1本動かす事はできなかった。

 身体に痛みは感じない。

 ただ全身の力が抜け切っているだけだ。

 これが籠手の力を過度に使用した代償である事を理解する。


(立て……!立ち上がれ……!!まだ、"絶対善"は倒れていない……!!)


 必死になって立ち上がろうとする。ここでようやく俺は息をしていない事に気づいてしまった。


「──っ!?」


 息をしていない事に気づいた瞬間、息苦しさを覚える。

 深海の底にいるような感覚。

 ここは陸だというのに、幾ら息を吸っても酸素は肺に留まる事なく、外に排出された。 

 俺の呼吸音が異常である事を鼓膜が教えてくれる。

 が、幾ら呼吸音が異常である事を知ったとしても、今の俺には懸命に息を吸う事しかできなかった。

 窒息寸前の金魚みたいな無様さで俺は必死になって息を吸う。

 だが、息を吸っても吸った瞬間に吐いてしまうため、いつまで経っても俺の呼吸は元の状態に戻らなかった。

 このままでは酸欠で死んでしまう。

 何も為さないまま、道は半ばで、立派な大人になる事なく、子どものまま、死んでしまう。

 酸素が足りない所為で、視界は徐々に狭まる。

 脳に酸素が行き届いていない所為で、思考が徐々に鈍っていく。

 脳裏に浮かぶ走馬灯。

 生まれて来た時から今までの記憶が泡のように浮かんでは消えていく。

 瞬く間に再生されては消えていく走馬灯の中で、俺は恩師である教頭先生と再会した。


『神宮。息を乱した時は呼吸のリズムを整えた方が良いぞ』


 小学生低学年の頃に行われたマラソン大会の記憶が脳裏を過ぎる。

 小さい頃の思い出だったため、映像は所々、穴があった。

 あの時の俺もゴールした途端、大の字になって酸素を求めていたような気がする。

 息苦しそうに息切れをする俺を見かねて、先生は笑いながら、こんなアドバイスをしてくれた。


『先ず息を吐き出す事に集中しろ。で、余裕ができてきたら、ヒッヒッーフッーのタイミングで息を吐き出してみろ。そしたら、ちょっとは楽になると思うぞ』


 先生に言われるがまま、俺は息を吐き出す事に集中する。

 すると、少しではあるが、息苦しさは緩和された。

 そして、少しだけ緩和されたので、今度は腹式呼吸をし始める。

 呼吸のリズムが整っていくにつれ、息苦しさは徐々に和らいでいく。

 先生の知識のお陰でなんとか生き永らえる事に成功した。

 狭まっていた視界が少しだけ回復する。

 俺の周りには四季咲と小鳥遊弟、そして、美鈴と狼男がいた。

 彼等は何かを叫んでいるが、まだ脳の機能が回復し切っていないので、何を言っているのか全く分からない。

 彼等に無事である事を伝えようとした瞬間、前方から敵意を感じ取った。

 "絶対善"だ。

 視線を前方の方に寄せる。

 奴は理性を取り戻していた。

 奴の身に纏わり付いた赤黒い鎧も形状し難い武器も消え失せており、今の奴から怒りというものは全く感じられなかった。

 魔力の気配も感じられない。

 多分、さっきのドラゴン化による光線で全ての力を使い果たしたのだろう。

 今の奴は満身創痍の状態だった。

 にも関わらず、"絶対善"は拳を握り締めている。

 魔力も尽きた筈なのに、身体を動かすのだって辛い筈なのに、奴は止まる事なく、ゆっくりと俺の方に歩み寄る。

 俺は"絶対善"を迎え討つため、鉛のように重い身体を無理矢理起き上がらせた。

 そして、咳き込みながら立ち上がると、周囲の声を無視して、奴の方に向かって走り出す。

 一歩踏み出すだけで倒れそうになる。

 けど、倒れそうになっているのは、俺だけじゃない。

 "絶対善"もだ。

 彼は千鳥足の状態で、俺の方に右掌を突きつけると、小さな雷を放出する。

 右の籠手を身につけようとする。

 しかし、もう体力があまり残されていないのか、右腕に纏わり付いた籠手は、数秒も経たない内に形を崩すと、灰と化してしまった。

 籠手が使えない事を把握した俺は、飛んできた小さな雷を素手で弾く。

 右手の甲にピリッとした痛みが走る。

 が、今感じている息苦しさと比べると、屁でもない痛みだった。

 "絶対善"は悔しそうに顔を歪ませると、倒れそうになりながら大股で走り始める。

 俺も今にも倒れそうな身体を無理に動かし、砂浜の上を走り始めた。

 一歩踏み出すだけで息が上がる。

 一歩踏み出すだけで辛うじて整っていた息がまた荒くなってしまった。

 そして、俺達は互いの拳が届く距離まで走り寄ると、同時に跳び上がり、右の拳を互いの身体に叩き込む。

 いつもなら避け切れる殴打。

 だが、体力が残り少ないため、避ける余裕は全くなかった。

 "絶対善"の弱々しい拳が、俺の左肩に直撃する。

 痛みは全く感じなかった。

 しかし、足腰に力が殆ど入らないため、奴の拳を受けた俺の身体は後退させられてしまう。

 俺の拳を顔面で受け止めた"絶対善"は、数歩だけ後退すると、再び俺に殴りかかる。

 俺は奴の拳を躱す事なく、奴の身体に右の拳を叩き込んだ。

 踏み込みが足らない所為で、俺の拳は奴の身体に浅く突き刺さる。

 奴の拳はまたもや弱々しいものだった。

 多分、殴り合いの喧嘩をした事がないだろう。  

 彼の拳はただ振り回しているだけで、脅威でもなんでもなかった。

 だが、今の俺の体力では"絶対善"の拙い拳を避ける事ができない。

 奴の拙い拳を受けながら、俺は奴の身体に拳を叩き込む。

 "絶対善"は再び後退ると、再び俺に殴りかかろうとする。


「アアアアアアっ!!!!」


 "絶対善"は雄叫びを上げながら、拳を俺目掛けて振るう。


「はあ……はあ……はあ……うおお!」


 俺は息を切らしながら、奴の身体に拳を叩き込んだ。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方に評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。

 ギリギリ13時までに投稿できました。

 次の更新は明日の12時頃に予定しておりますので、次回もよろしくお願い致します。

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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