4月23日(19)VS絶対善/最後の手段の巻
右の拳を握り締め、"絶対善"の体力を少しずつ削ろうと試みる。
その時だった。
背後から人の気配がしたのは。
反射的に振り返る。
そこには、オオカミになった小鳥遊弟の姿が見えた。
彼の背後には青褪めた表情をした四季咲が息を切らしながら雑木林の中から出てくる。
瞬時に状況を理解した。
小鳥遊弟が俺の後を追いかけて来た事を。
小鳥遊弟が避難している四季咲とすれ違った事を。
そして、四季咲が彼を止められなかった事を。
「逃げろっ!!小鳥遊弟!!巻き込まれたいのかっ!?」
今までにない切羽詰まった声色でここに来た小鳥遊弟を怒鳴りつける。
「兄ちゃん!それ以上、あいつを傷つけるなっ!!」
小鳥遊は俺に構う事なく、忠告の言葉を吐き出す。
「美鈴曰く、そいつの武器は怒りじゃなくて精神的な負荷で威力を増すかもしれないって!!まだ可能性の話だけど、奴がダメージを負えば負う程、肉体ダメージと一緒に精神的に負荷が積もるかもしれないんだ!!だから、出来るだけ傷つけない方が良いかもしれない!!」
小鳥遊弟の言葉を聞いた途端、美鈴の言いたい事を瞬時に理解する。
怒りは精神的に負荷がかかる事によって発言する感情表現に過ぎない。
精神的負荷を和らげる1つの手段として、人は怒りという感情を表現する。
精神的な負荷がかからなければ、怒りというものはそもそも発現しないのだ。
つまり、"絶対善"の神造兵器は怒りを糧にしているのではない。
怒りの源である精神的負荷を糧にしているのだ。
"健全なる精神は健全なる身体に宿る"と考えられるように、肉体が消耗すれば精神も消耗する可能性も考えられる。
もし肉体のダメージが精神的負荷に変換されているとしたら。
奴の武器は怒りによって威力を増すのではなく、怒りの源である精神的負荷で威力を増すのなら。
今さっきやっていた俺の連撃は、火に油を注ぐ行為と言っても過言ではない。
瞬時に美鈴の言いたい事を理解した俺は、慌てて"絶対善"の方を振り向く。
ちょっと目を外していただけで、奴が身に纏う赤黒い稲妻と形状し難い棒状の何かは、マグマのように沸騰し始めていた。
美鈴の推測通り、精神的負荷により武器の威力が増しているらしい。
"絶対善"を止める暇がないと判断した俺は、背後にいるオオカミ姿の小鳥遊弟を抱えると、雑木林の方にいる四季咲の下へ駆け始めた。
そして、四季咲の下に到達した途端、"絶対善"のいた所から強烈な熱風が生じ始める。
熱風により砂浜の砂が吹き飛ばされる。
突如生じた砂嵐により、俺らの視界は埋め尽くされてしまう。
押し寄せて来る熱風と砂嵐から小鳥遊弟と四季咲を守るため、俺は2人を抱き寄せた。
背中に強烈な熱風と共に砂が突き刺さる。
少しの痛みを知覚すると同時に、遠くからノイズのような声が聞こえて来た。
「な、……なんだ、アレは……?」
四季咲は俺の背後にいる"絶対善"を見て、驚愕の声を上げる。
振り返ると、そこには全長20メートル級の赤黒いドラゴンが鎮座していた。
瞬時に理解する。
奴の身に纏っていた赤黒い稲妻が、ドラゴンの形に変貌した事を。
「■■■■■……!!!!」
咆哮だけで砂浜の砂は四方八方に散らばり、大気は痺れたように振動し、海原は荒波と化してしまう。
奴がちょっと自己主張しただけで、世界に多大な影響を与えてしまった。
──あれが動き出したら、ここの砂浜はおろか、この辺りにある土地は全て消し炭になってしまうだろう。
周辺の土地が吹き飛ばされるのなら、今、小鳥遊弟と四季咲を逃がしても無意味だ。
右の籠手が幾ら優秀であっても、あの膨大な量の魔力を白雷に変換するとなると、かなりの時間がかかる上に押し切られてしまう。
今の俺の手札じゃドラゴンと化した"絶対善"を止める事はできない。
完全に俺のミスだ。
奴の神造兵器を警戒する事なく、考察する事なく、ただ闇雲に攻撃してしまった所為で、奴をここまで増長させてしまった。
このままでは俺も小鳥遊弟も四季咲も啓太郎も美鈴も人狼達も魔導士達も──今現在、東雲市にいる人達全員が死んでしまう。
今の奴はそこにいるだけで数多の人を死に追いやる存在だ。
──どんな手段を用いても止めないといけない。
「■■■■■■………!!!!」
圧縮された言語がドラゴンの口から漏れる。
ドラゴンの口内に膨大な量の赤黒い稲妻が蓄積されていく。
もしあの密度の光線が放たれたら、右の籠手でも受け止める事はできないだろう。
かと言って、受け流してしまえば、背後にある街が焼け野原になってしまう。
あの光線が放たれる前に"絶対善"を殺す?
いや、そんな事はできない。
そもそもする気もない。
完全に詰みだ。
俺はない頭を振り絞って、突破口を絞り出そうとする。
(くそ……!俺もあいつみたいにドラゴンになれたら、ワンチャン受け切れたかもしれないのにな……!!)
右の籠手を見つめながら、俺は心の中で毒吐く。
その瞬間、俺の頭にあるアイデアが思い浮かんだ。
「そうか……!ドラゴンになれなくても、ドラゴンを造り出せば……!!」
右の籠手をドラゴンに変形させれば、ドラゴンの形になった右の籠手で奴の攻撃を受け止める事ができたら、誰も犠牲にしなくても済むかもしれない。
数週間前に出会った魔女は言っていた。
"竜はこの世界で完全かつ完璧な存在である"と。
竜の形を模した盾なら受け切れる筈。
どれくらい体力を消耗するか分からない。
本当に竜の形を造れるかは分からない。
だが、これ以上、良い方法が浮かばない。
だから、一か八か賭けてみる事にする。
「四季咲っ!小鳥遊弟っ!!そこから一歩も動くなよっ!!」
彼等に指示を飛ばした後、俺は右の籠手にありったけの力を注ぎ込みながら、前に向かって走り始める。
(頼むから受け切ってくれよ……!!)
そう願いながら、俺は右の籠手を前に突き出した。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に厚くお礼を申し上げます。
明日の更新は12時と13時に更新します。
突然の告知で申し訳ありません。
また、来週の木金は複数話投稿するつもりです。
あと一週間くらいで本編は終わりますが、これからもよろしくお願い致します。




