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4月1日(15) (自らの)肉も斬って骨も断つの巻

 「よくよく考えたら、あんたらの邪魔をすれば、何もしなくても私の願いは叶うって事よね?」


 啓太郎の運転する車が山口県に辿り着く頃、鎌娘はアホな事を言い出した。


「それにここまで来たなら、あんたが言う警察の知り合いもいないだろうし、……あ、もしかして、これ、今が逃げる絶好の機会じゃない!?やばっ!私って超頭が良いかも!!」


「へえ。じゃあ、君は僕らを裏切るつもりか?」


「ええ、イケメンと結婚するためにね!!」


「うん、分かった。じゃあ……」


 啓太郎はポケットから手錠を取り出すと、助手席に座る彼女の右手を拘束する。


「4月1日午後17時45分。器物破損の罪で君を逮捕する」


「はああああああ!!!!????」


「知らなかったのか?僕はね、お巡りさんなんだ」


そう言って啓太郎はドヤ顔を披露すると、懐から警察手帳を取り出す。


「はあ!?もしかしてあんたがあいつの言う警察の知り合いって訳!?」


「ああ。君に関してはファミレスの窓ガラスを壊した罪で逮捕状が出ている。つまり、いつでも君を逮捕できるって訳だ」


「ごめんなさい、裏切らないので警察だけは勘弁してくれないでしょうか」


「いいよ、君が僕に永遠の愛を誓ってくれるならね」


「おい、啓太郎」


 さらっと奴隷宣言をしろと宣う啓太郎に釘を刺す。

 彼はぎこちなく“冗談だよ”と言うと、話を元に戻した。


「僕も君が裏切らないのなら捕まえないさ。今の僕らにとって、君の力と知識が必要不可欠なんだ。もし惜しみなく協力してくれるなら君の犯罪行為を全て金郷教とやらに被せよう」


「え!?そんなことできるの!?」


「なに、僕は警官だ。それくらい朝飯前だよ」


 堂々と汚職宣言しやがった。

 ここに雫さんがいたら彼は間違いなく血の海に沈んでいただろう。

 ここに来て、ようやく俺は雫さんがいない事に気づく。


「あり?そういや、雫さんはどうした?」


「先輩なら今、桑原各地で起こっている謎の爆破事故の対処中さ」


「爆破事故?桑原で何が起こっているんだ?」


「先輩曰く、社会復帰した元信者達と金郷教の幹部が桑原で闘っているそうだ」


「また桑原で大変な事が起きているるな。こないだの麻薬密輸事件といい、日暮市は何でこんなに事件を呼び寄せるんだ?」


「さあ?僕が聞きたいくらいだよ。もしかしたら東の高校生探偵が日暮市にいるかもね」


「ちょ、急に私を褒めないでよね」


「「褒めてない」」


 啓太郎が運転する車は都市高速を降りる。

 あとは山口にある空港に行けば、信者達から逃げ切れる筈だ。

 飛行機から降りた後は4月4日が過ぎるまで俺の実家にいればいい。

 それだけで金郷教の目的は達成されなくなる。

 奴等を刑務所送りにするのはその後だ。


(先ずは金郷教と息がかかっている警官を炙り出して、その後に美鈴が暴行を受けていた証拠を収集して………4日以降にやる事が多いな)


 奴等は魔法で人を洗脳できるため、この騒動を本当の意味で収集させるのは、結構難航しそうだ。

 遠い先の事を考えて気が滅入っていてしまう。

 暴力以外に解決する術をもっていない俺にとって、この騒動は厄介以外の何者でもなかった。


 そんな事を考えていると、違和感を感じ取る。

 違和感の正体を探るため、俺は窓の外に視線を移した。

 何処かで見た事がありそうな田園風景が延々と広がっている。

 田舎の景色は何故、何処も似たような景色をしているんだろう。

 畑の中にポツンと立つ古ぼけた民家。

 時代遅れの木製電柱に緑生茂る大地。

 細部は違うが、桑原の田園風景と酷似していた。


 夕暮れに沈む田舎を注意深く眺めていると、前方の方から、ピリピリした威圧感が伝わって来た。


「啓太郎、一旦車を止めてくれ」


 何かが前方で待機している。

 それを予期した俺は彼に車を停めてもらい、車の外に出た。

 外に出た瞬間、右腕が疼き始める。

 身体の奥から湧き上がる熱が前方にある何者かを睨みつける。

 俺はこの時、この熱が漠然とした意識を秘めている事に気づいた。


「ちょ、アンタ急にどうしたのよ?早くしないと追手が来るわよ?」


 無神経に車から降りてきた鎌娘が俺の横に並ぶ。


「何かが前にいる」


「何かって何よ」


 鎌娘は無遠慮に風の砲弾を前方目掛けてぶっ放す。

 すると、緑の風の塊は何かと衝突した。透明だった何かは鎌娘の攻撃により、その姿を現した。


「でかい……人形……?」


 田舎道には似つかわしい西洋風の石像が俺達を見下す。

 硝子玉のような目をした全長15mくらいの石像は、俺達の姿を映すや否や拳を振り落とした。


「危ねえっ!!」


 ボーッと突っ立っている鎌娘を突き飛ばし、俺は巨大な拳を紙一重で避ける。

 彼女は突き飛ばした所が悪く、田植え前の田圃に落っこちてしまった。


「何すんのよ、この馬鹿!!泥だらけになったじゃない!!」


「すまん!今のは全面的に俺が悪い!!」


 俺の方に引き寄せれば良かったと思いながら、俺は迫り来る巨像と向かい合う。

 虚像は俺を標的にすると、躊躇いもなく俺を攻撃し始めた。

 俺はダッシュで巨像の股座を潜り抜けると、いつの間にか身に着けていた籠手で像の脚を思いっきりぶん殴る。

 たったそれだけで巨像の脚は粉々になってしまった。


(よし、……いける!!)


 魔法で泥を落としている鎌娘を尻目に、俺は隙だらけの巨像目掛けて、右ストレートを放つ。

 電撃を帯びた俺の拳を受けた巨像は瞬く間に塵と化してしまった。


「へえー、あのゴーレムをそんなあっさり倒しちゃうんだ。あんたの魔法って結構破壊力あるのね」


 泥を全て落とした鎌娘は感心しながら近寄って来る。


「こんな破壊力あんのは、魔法限定みたいだけどな。魔力とやらが通っていないと小石1つ壊せないみたいだし」


 足元にあった小石を拾い、電撃を流し込もうと試みる。

 しかし、電撃はうんともすんとも流れなかった。


「魔法限定でも上出来よ。それくらいなら余裕で荒稼ぎできるし。あ、もし良かったらこの事件終わったら私と組まない?結構金払いの良いお金持ちがイギリスにいるんだけど……」


「他当たれ。無断でイギリスとか言ったら寮長に殺されちまう。てか、今のご時世、俺みたいなただの高校生が海外旅行できる訳ねぇだろ」


 車で待っている啓太郎達の元に戻ろうとした矢先、再び敵意を感じ取った。

 周囲の田畑から音もなく巨像の大群が湧き出す。

 目の前に広がる絶望的な光景に俺と鎌娘は額から冷や汗をダラダラ流し始めた。


「……え、何これ?こいつら全部敵なの?」


 巨像らの腕が機関銃のような形に変形する。


「……おい、あれ、まさか発射されるって訳じゃねぇよな?」


 無数の銃口が俺らの周囲を取り囲む。

 こんなのを撃たれたら間違いなく蜂の巣だ。


『大人しく神器を差し出しなさい。さもないと、貴方達を殺します』


 何処からともなく声が聞こえる。

 少女の声だ。

 即座に巨像が立ち並ぶ田園風景を一望するが、人影は何処にも見当たらない。


『探しても無駄です。私は今、貴方の拳が届かない場所にいますから』


「でも、近くにはいるのよね?どんなに遠隔操作に長けている術者でも、魔術行使距離は最大1kmが限度。しらみ潰しに探せば十分見つかるわよ」


「つまり、敵は近くにいるって事か」


 詳しい事はよく分からないが、姿を隠している何者かは、俺達の目に届く距離に隠れているらしい。


『貴方達はとても頭が悪いようですね。もし貴方達が私とかくれんぼを始めたとしたら、後ろにある車は穴だらけになりますよ?』


「はっ!脅しのつもりかしら!なら、こっちにも考えがあるわよ!!」


 鎌娘は車の中にいる非戦闘員2人に降りるように指示を飛ばす。

 啓太郎と美鈴は彼女の言う通りに従うと、俺らの方へ駆け寄って来た。


「言われた通り降りて来たが、どうするつもりだ?何か考えがあるのか?」


「こうするのよ!!」


 鎌娘は風の砲弾を躊躇いもなく放つと、啓太郎の車を瞬く間に爆散させた。


「形成逆転ね!これであんたの脅しが効かなくなったわ!!」


「「「アホかああああああああ!!!!」」」


 俺と啓太郎と美鈴の声が綺麗に揃う。

 脅した張本人は鎌娘の行動がアホ過ぎる余り、絶句していた。


「何よ、みんな揃ってアホって!肉を切らせて骨を断つっていう戦法を知らないのかしら!?」


「断つのは相手の骨だろうが!!何で唯一の足を破壊してんだよ!?」


「あの車、結構高いんだぞ!?ちゃんと弁償してくれるんだろうな!?」


「な、何よみんなして!私のこの高度な作戦を理解できないっての!?」


「敵は車本体じゃなくて、車の中にいるこいつらを人質にしたんだよ!!車を破壊したってあいつの有利性は覆らないし、逆にこっちは機動力失って不利になってんだよ!!」


 鎌娘はまだ自分がしでかした事を理解できていないのか、可愛らしく首を傾げる。


「……じゃあ、私の所為でやばい状況に陥りそうって事……?」


「実際、やばい状況に陥ってんだよ!!」


「あっちゃー」


「あっちゃー、じゃねぇだろ!!どうすんだよ、この状況!!??」


 今の今まで言葉を失っていた敵は困惑した声で鎌娘に質問を投げかける。


『……貴方、ひょっとしてまだ私達の味方でいるつもりなんですか……?』


「はっ、冗談じゃない!神様なんかに縋るしか能がないあんたらと違って、私は元々イケメンと結婚できるポテンシャルを持った女なのよ!」


『ちょっと何を言っているのか分かりません。いや、ちょっと所じゃありません。私達を裏切るわ、味方を不利になる状況を作り出すわ、貴方は一体何を考えているのですか?』


「それはね……」


 鎌娘は炎上し続ける車を風の魔法で浮かすと。


「こうするためよっ!!!!」


 そのまま近くに立っていた石像に車をぶつけた。


「爺ちゃんの車がああああああ!!!!」


 石像と共に粉々になる車を眺めながら、啓太郎は地面に膝をつく。

 かなりガッカリしたらしく、彼は地面を俯いたまま、固まってしまった。

 可哀想過ぎて声が掛けられない。

 こんなに絶望感に浸っている彼を見たのは初めて見た気がする。

 俺が絶望に打ち拉がれる彼を眺めていると、石像の中から火傷を負った黒髪の少女──年齢は恐らく美鈴と同じくらい──が飛び出て来た。


「あ、何か出てきた」


 中から少女が出てくるのは予想外だったらしく、鎌娘は若干引き気味に呟く。

 いや、お前、打算とか策略とか一切なしで、ただ近くに立っていたから投げつけたのかよ。

 地面に叩きつけられた少女は直様起き上がると、激しい憎しみを帯びた目つきで鎌娘を睨み出した。


「くっ……!認識齟齬の結界を張ったにも関わらず、1発で看破するなんて……!まさかあのアホな行動は演技だったのですか……!?」


 いいえ、ただのアホです。


「ふっ、そのまさかよ」


 調子に乗ったアホは偉そうにドヤ顔を披露すると、平な胸を張る。

 俺らを取り囲んでいた石像は消え去っているのを確信したアホは更に偉そうな態度をすると、煽りの言葉を口に出し始めた。


「ふっふー!まさに飛んで火にいる何とやら!さあ、惨めに命乞いしなさい!3割くらいは聞いてあげるわよ!」


「もしかして、こんな擦り傷程度で勝ち誇っているのですか?」


 鎌娘の煽りを笑い飛ばした少女は指を鳴らすだけで地面を盛り上がらせる。


(まずい、何かする気だ)


 非戦闘員である啓太郎と美鈴の前に立った俺は何が来ても良いように迎撃準備を整える。


「まだ私は奥の手を使用していません。流石に魔法使いなら、この意味くらいは分かりますよね?」


 魔法使いである鎌女は彼の言っている意味を分かっていないらしく、可愛らしく首を傾げる。おい、分かっていないのかよ。


「………分からないなら教えてあげます!!」


 一瞬だけ彼女の反応に落胆した少女は足元にあった地面と一体化すると、大きな翼を背に生やす。

 背後から美鈴の声なき悲鳴が聞こえてきた。

 彼女は土塊の羽根を羽ばたかせると、夕焼けに照らされた空へ飛翔する。

 そして、翼を大きく展開すると、両翼を怪しく光らせ、こう言った。


「もうどうしようもないくらいに貴方達が詰んでいる事を!!」


「えい」


 鎌娘は蚊でも叩き落とすような動作で風の魔法を使うと、宙に浮いていた少女を地面に落とした。


「奥の手ってもしかして、宙に浮く事なのかしら?そんな程度で得意げになるとか、あんた、かなりアホじゃない?」


 調子に乗ったアホが得意げになりながら煽り出す。

 すると、いつの間にか巨大な石像が俺らの背後が立っていた。


「こんな一瞬で石像を作れるのか……!?」


 啓太郎は美鈴を抱えると、すぐさま石像の間合いから脱出する。

 俺もいつ攻撃を仕掛けられても良いように警戒しながら、石像の射程距離から離れた。

 しかし、鎌娘は気付かない。

 アホだから。

 彼女は背後の威圧感に気づく事なく、楽しそうに笑い続ける。


「おい、鎌娘!!うしろっ!!」


「あっはっはっは!!やっぱ、圧倒している時が1番楽しい………げふっ!」


 俺らの事が気にならないくらい愉快だったのか、鎌娘は俺達の行動にも背後にいる脅威にも気づく事なく、石像に蹴られてしまった。


「鎌娘えええええ!!!!」


 田植え前の田圃に頭から着地した鎌娘は速攻で起き上がると、即座に少女目掛けて走り出す。


「この、……!よくもやってくれ、げぼぉ!!」


 ぬかるみに嵌ったのだろうか。鎌娘は間抜けな声を出すと、腰の辺りまで田圃の中に埋まってしまった。

 俺と敵である少女は順当にアホを晒した結果、アホみたいな理由で行動不能になったアホから全力で目を逸らす。

 俺も彼女もあのアホの所為で不利な状況に陥った事を認めたくないのだ。


「……司、僕はあの魔法近いを助けに行く。その間、その不思議な力で美鈴ちゃんを守ってやってくれ」


「……え、あいつ助けるの?俺的にはあの状態の方が助かるんだけど」


「放っておくと、彼女、ぬかるみに殺されそうだからね。ほら、現に何故か仰向けに転倒して窒息しそうになっているし」


 啓太郎に言われるがまま、鎌娘をチラ見する。

 彼女の身体は何故か後頭部と背中以外、全て泥に浸かっていた。


「分かった、お前があいつ助けている間に終わらしとくから」


 啓太郎は靴を脱ぎ捨てながら、俺の心を見透かしたような発言をする。


「本当に終わらせられるのか?」


 その質問に答える事はできなかった。

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