4月23日(15)VS絶対善/沈没の巻
"絶対善"のガラスのような瞳に再び罅が生じる。
彼は俺の言葉を掻き消すくらいの声量で思いっきり叫ぶと、突風を巻き起こした。
俺の身体は呆気なく吹っ飛び、遥か後方にあった海面に叩きつけられる。
衣服が海水を吸水したと思いきや、俺の身体は海の底へと沈み始める。
俺は陸に上がろうと必死になってもがき始めた。
が、幾ら手足を動かしても、俺の身体は浮き上がる事なく、海の底へと沈んでしまう。
このままでは溺死してしまう。
慌てて右の籠手の力を使おうとする。
しかし、焦り過ぎるあまり、籠手を呼び起こす事ができなかった。
八方塞がり。
泳げない俺にとって、籠手の力を使えない以上、この状況を切り抜ける事ができない。
(どうする?どうする!?)
肺の中の空気が尽きていく。
俺は背後から迫り来る死神の足音をただ黙って聞く事しかできなかった。
「うげ、げほ……うえっ……!!」
口から液体を吐き出した俺は、激しく咳き込みながら意識を取り戻す。
まだ眠っていたいが、甲高い少女の声が俺の眠りを許さない。
彼女の声は俺の鼓膜を激しく揺さぶり続けた。
どうやら彼女は俺の名前を連呼しているらしい。
肌寒さを感じながら、俺は重い目蓋を開ける。
目蓋を開くと、地平線の彼方まで続く海原が視界一杯に広がっていた。
「神宮っ!!しっかりしろ、神宮!!」
俺の身体を揺さぶりながら、四季咲は俺の名前を連呼する。
「お、おう、四季咲……しっかりしているから……しっかりしているから、もう叩くのは止めてください……」
起き上がろうと地面に両手をつけた瞬間、地面が不安定である事に気づく。
ぼんやりと周囲を見渡す。
どうやら俺の身体は水上バイクの上に乗っているらしい。
「良かった……!意識を取り戻してくれて……!もうダメかと思ったぞ……!」
四季咲の方を見る。
彼女は今にも泣きそうな目で、濡れた唇を袖で拭っていた。
彼女の様子を見るに、俺は溺死しかけたらしい。
濡れた彼女の姿を見つめながら、俺は彼女が溺死しかけた自分を助けてくれた事に気づく。
「……ありがとう、四季咲。お前のお陰で本当に本当に助かった」
今にも泣きそうな四季咲を宥めるため、俺は彼女の頭を撫でる。
俺は意識を失う前の記憶を思い出そうとする。
すると、遠くから爆発音が聞こえてきた。
その爆音により、意識を失う前の事を思い出す。
「──"絶対善"はっ!?」
遠く離れたコンテナ港の方を見る。
さっきまで俺が"絶対善"と闘っていた所は文字通り火の海と化していた。
「"絶対善"は悪魔みたいな姿になった後、周囲にあるものを片っ端から破壊している。美鈴ちゃん曰く、天使と同等の力を得た結果、力に飲まれたらしく、今の彼に理性は殆どないらしい。また、魔力も無尽蔵に湧き出ているようで、魔力切れを狙う手段も使えないそうだ」
四季咲は袖で潤んだ瞳を拭いながら、俺に事情を説明してくれる。
「大体承知。多分、あいつの狙いは俺だ。あいつは俺を探すために周囲を破壊しているんだろう。……あそこにいた人狼の人達は?」
「今、啓太郎さんが彼等を安全な所に誘導している」
「じゃあ、あの火の海になっている所に人はいないって事だよな?」
「ああ、今、あそこには人はいない。しかし、あそこで闘うのは勧めない」
「どうして?」
「あそこから少し離れた所に団地があるからだ。今の周囲を省みない彼を見るにあそこで闘うのは止めた方が良い。関係ない人が巻き込まれてしまう」
「じゃあ、あいつを人気のない場所に誘導する必要があるって事か」
「なら、さっき君が天使と闘った砂浜が良い。あの砂浜近くに住む住人は、啓太郎さん曰く、さっきの天使による破壊活動による影響で現在避難中だそうだ。あそこなら人を巻き込まずに闘う事ができる」
「大体承知。俺はあいつを砂浜に誘導するから、四季咲は安全な所に避難していてくれ」
そう言って、俺は地面を蹴り上げ、"絶対善"の下に駆け寄ろうとする。
しかし、ここは海原。
勢い良く海面を踏み込んだ俺の身体は、またもや海の底に沈み始める。
「もがががが……」
「馬鹿か、君はっ!?」
泳げない俺は再び四季咲に助けられた。
「何で泳げない癖に勢い良く海に飛び込むんだ、君は!?」
「いや、ここが海である事を忘れていただけで……」
「普通忘れるかっ!?」
「とりあえず、四季咲。俺をあそこの火の海の所に連れて行ってくれ。後は俺が何とかするから」
「どうやって"絶対善"を砂浜まで誘導するつもりなんだ?」
「挑発しながら、砂浜まで走る」
「そのやり方だと君が砂浜まで彼を誘導している間、近隣の住民に危害が及ぶかもしれない」
賢い四季咲は現実を俺に突きつける。
「このまま私がこれを運転して、砂浜まで連れて行く方が合理的だと思うのだが……神宮、君はどう思う?」
「却下。そのやり方はお前に危害が及んでしまう」
「私以外の人に危害が及んでも構わないと?」
「いや、そこまで言ってないんだけど……」
「君が"絶対善"を引きつける。私は君を人気のない所まで運ぶ。もし私に危害が及ぶのなら、君が私を守れば良い。どこにいるのか分からない一般人を守るよりも、隣にいる私を守る方が君も守りやすいだろう?」
非常に合理的かつ効率的な提案だった。
だが、その提案は四季咲に火の粉が降りかかる可能性があるので、二つ返事で了承できない。
言葉を詰まらせていると、四季咲は俺の瞳をじっと見つめてきた。
「神宮、私は君を信じている。君が私を守ってくれる事を。だから、君も私を信じて欲しい」
随分前に四季咲に言った言葉が形を変えて、俺に返ってくる。
同じような言葉を掛けた覚えのある俺は、彼女の提案を飲まざるを得なかった。
「…………分かった、頼む」
「何だ、その苦虫を噛み潰したような顔は。そんなに私の力を借りるのが嫌なのか?」
四季咲はジト目で俺を見つめる。
「いや、お前に危険が及んだら嫌だなーって」
「大丈夫だ、私に危害は及ばない」
「何で断言できるんだよ?」
「君が私を守ってくれるからだ」
四季咲は年齢よりも幼く見える笑顔を浮かべながら根拠を述べる。
「……たかが数週間程度の相手を信頼し過ぎだっての」
頭を掻きながら、俺は四季咲の提案を素直に受け入れる事にした。
「分かった。お前にかかる火の粉は俺が振り払ってやる。だから、俺を砂浜まで連れて行ってくれ」
「委細承知。さ、運転するから私に掴まってくれ」
覚悟を決めた俺は、四季咲の指示に従う事にした。
が、ここで問題が生じてしまう。
(.……俺、こいつのどこに掴まれば良いんだ?)
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