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4月23日(13)VS絶対善/気づいていた答えの巻

 常人なら気絶する一撃。

 それをモロに喰らったにも関わらず、"絶対善"は僅か数秒で起き上がってしまう。

 奴の頬は赤く腫れ上がっていた。

 服の下から見える皮膚も青痣だらけで、口からは血を垂れ流している。

 指も変な方向に曲がっており、額には血が滲んでいる。


「はあ……はあ……は、あああああ!!!!」


 それでも"絶対善"は絶叫を上げながら立ち上がった。

 俺の度重なる殴打で重傷を負っているにも関わらず。

 もう魔力なんて殆どないにも関わらず。

 奴は再び立ち上がる。

 もう限界だった。

 俺は両手の拳を開き、右の籠手を外す。

 そして、迫り来る"絶対善"の身体を両手を使って投げ飛ばした。


「が、あっ……」


 投げ飛ばした右の籠手が"絶対善"の顔面に直撃すると、彼は仰向けに倒れてしまう。

 背中を強打した"絶対善"は浅い息を繰り返しながら立ち上がると、曇ったガラスのような瞳で俺の瞳を睨みつけた。


「……なあ、"絶対善"」


 "絶対善"の憎悪を受けながら、俺は彼に語りかける。


「あんたは"自分がやっている事を本当に正しいもの"だと思っているのか?」


 夜風が喧嘩で火照った身体と頭を冷やす。

 残ったのは拳に残る肉の感触だけになった。


「あんた、大事な人達を魔族に殺されたって言ってたよな?俺はそんな経験した事ないから分からないんだけど、あんたは知っているんだろ?……目の前で大事な人達を失う痛みを」


 大事な人を失う痛み──一瞬だけ俺に"立派な大人になってくれ"と告げた恩師の言葉が脳裏に過ぎる。

 俺の言葉を聞いた途端、"絶対善"の瞳に動揺の火が灯った。

 "それ以上、言葉を紡ぐな"と。

 "俺のアイデンティティを壊すな"と。

 彼は目だけで訴えた。

 だけど、俺は言った。

 彼の子供染みた価値観(げんそう)を壊すために。


「何であんたは大切な人達を失う痛みを知っている癖に、小鳥遊弟達から大切な人達を奪おうとしているんだ?」


 この世界に絶対的な善性(ヒーロー)がいないように、この世界に絶対的な悪もない。

 価値観という名の色眼鏡は、あらゆるものに善悪を与える。

 ある価値観(かんてん)から観れば善である概念も、違う価値観(かんてん)から観たら善じゃないかもしれない。

 一般的な価値観だと"人助け"は善行に含まれるだろう。  

 しかし、その助けた人が全人類に危害を及ぼす"どうしようもない悪者(どくさいしゃ)"だったら。

 その人を助けた事で将来的に多くの人が死ぬ事になったとしたら。

 その人助けは善行だと言えなくなるかもしれない。

 それくらい、善と悪は移ろいやすいものなのだ。

 恐ろしい事に。

 悲しい事に。

 今の"絶対善"のように自分の価値観が絶対的に正しいと思い込んでいたら、自分を客観視できなくなる。

 自分を客観視できなくなった者の善行は、やがて"独り善がり"になってしまう。

 俺も人に言える程、自分の事を客観視できていない。

 もしかしたら、俺がこれまでやってきた事も今やっている事もこれからやる事も"独り善がり"な行為かもしれない。

 善行ではなく悪行かもしれない。    

 今、"絶対善"に偉そうに言う資格はないかもしれない。

 けど、これだけは──たとえ俺に言う資格がなかったとしても、"絶対善"に言わなきゃいけない。  

 誰も彼に言ってあげなかっただろうから。

 彼に違う価値観を提示しないといけない。

 彼が見て見ぬ振りをしている事実を突きつけなければならない。

 誰も彼に現実を突きつけてやらなかった。

 だから、俺が突きつけなければいけないのだ。

 

 たとえ俺にその資格がなかったとしても。


「…………何であんたは自分の家族を殺した魔族と同じ事をやっているんだ?」


 躊躇いながら、自嘲しながら、言葉を選びながら、俺は俺自身の価値観を突きつける。

 "絶対善"が目を背けてきたもう1つの価値観を突きつける。

 すると、彼の曇ったガラスのような瞳に罅が入った。今まで彼が妄信して来た絶対的な価値観(ぜったいてきなぜん)が、絶対的な善ではなくなってしまう。


 "絶対善"を名乗る少年は罅の入ったガラスの目で俺と自分の手を交互に見ると、初めて苦しそうな声を腹の底から出し始めた。

 獣の如き慟哭が夜の海原に響き渡る。

 "絶対善"は俺なんかと比較できないくらいに賢い人間だ。

 とっくの昔に"絶対的な善"がない事に気づいていたのだろう。

 とっくの昔に善や悪が移ろい変わりやすいものだと理解していたのだろう。

 じゃなきゃ、俺に指摘された如きでここまで苦しそうな声を上げない。

 両手で頭を抱える"絶対善"を見て、俺は彼が良くも悪くも純粋な人間である事に気づいた。  

 彼は純粋であるが故に、憎悪に塗れたのだ。


「……なあ、"絶対善"」


 もうこれ以上、暴力を振るう必要はない。

 そう思った俺は、彼と話し合おうとする。

 

 "絶対善"に一歩歩み寄った瞬間、彼の身体から赤黒い稲妻が少しだけ漏れ出た。


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、そして、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は明日の12時頃を予定しております。

 あと少しで『価値あるものに花束を』は終わりますが、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

 これからもよろしくお願い致します。

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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