4月23日(3)VS小鳥遊神奈子/変形する籠手の巻
「お前じゃ俺には勝てねぇよ」
それが開戦の狼煙だった。
小鳥遊は4本の脚で砂浜を蹴り上げると、俺目掛けて銀色の尻尾を振り下ろす。
大剣のように振り下ろされた尾をバク宙する事で回避する。
振り下ろされた尾は呆気なく海原を両断してしまった。
空気が激しく振動すると同時に衝撃によって生じた強風により、俺は砂浜の上をみっともなく転がり回る。
どうやら小鳥遊も街中で本気を出せなかったらしい。
彼女は尾を12本に分裂させると、分裂させた尾を鞭のように振るい始める。
乱雑な動きで俺に襲いかかる銀色の尾。
規則性もなく襲いかかる尾を俺は右の籠手の力で──反発の力で弾きながら、何とか嵐のような攻撃を凌ぐ。
彼女の目を見る。
彼女の目は深い憎しみにより理性を喪失していた。
何を考えているのか、何を企んでいるのか、攻撃にどのような意図があるのか、目を見ただけではさっぱり分からない。
これでは彼女の動きを先読みできそうになかった。
だから、巨大オオカミと化した小鳥遊の身体構造を頭の中でシュミレーションしようと試みる。
どこに内臓があるのか、筋肉はどのように躍動し、骨はどのように動いているのか、視覚と聴覚を用いて、行動を先読みしようとした。
そうする事で彼女がどのような攻撃を仕掛けているのか、五感をフルに活用する事で攻撃の前兆を読み取ろうとする。
小鳥遊は分裂させた12本の尾を更に増やすと、巧みに分裂させた尾を操り、俺の身体だけでなく、周囲の空間を切り裂こうとした。
短く息を吸い込んだ俺は、尾の動きを先読みしつつ、右の籠手の力──反発の力を利用しつつ、乱撃を全て回避する。
が、籠手の力で吹き飛ばされた尻尾はすぐに体勢をを整えると、再び俺目掛けて襲いかかった。
引き寄せる事も受け止める事はできない。
1つ受け止めたとしても、受け止められなかった残りの尾が一斉に襲いかかるから。
触れただけでは破壊できない。
あの量の魔力を白雷に変えるには掴まなければならない。
(この籠手が剣に変わったら、あの魔力でできてそうな尻尾、容易く破壊できるのにな……!)
そんなないものねだりを心の中で願ってしまう。
すると、右の籠手は白雷を撒き散らしながら、俺が想像した通りの形に──籠手の甲と一体化した剣、俗にいう"手甲剣"の形に変貌してしまった。
「なっ!?」
変貌した籠手を見て、驚きの声を思わず上げてしまう。
……どうやらこの籠手は俺が想像した通りに形を変えてくれるらしい。
斬れ味という武器を手にした俺は、無駄のない動きで剣の形に変形した籠手を振るう。
蛇のように襲いかかる銀色の尻尾は、剣と化した籠手によって、バラバラに引き裂かれてしまった。
(右の籠手が通じるって事は……やっぱ、あの尻尾だけじゃなく、今のあいつの身体の殆ど魔力で構成されているのか)
右の籠手を元の状態に戻しながら、少しだけ小鳥遊との距離を取る。
籠手を元に戻した理由は至って明瞭。
籠手が剣のままだったら、彼女に一生ものの傷を負わせてしまうかもしれないから。
恐らく右の籠手の基本形態が籠手の形をしているのは、俺が無意識に"人に傷を負わせにくい武器"として認知しているからだろう。
右の籠手の使い方が分かってきた。
だが、いつまでも武器に頼っていられない。
右の籠手なしで彼女の攻撃を凌ぐ方法を見つけ出さないと、もし籠手の力が通用しない場面に出会したら、速攻で詰んでしまう。
だから、右の籠手に頼る事なく、自分の力だけであの嵐のような乱打を躱さなければ。
散々、彼女の攻撃を凌いできた。
散々、彼女の攻撃を脳裏に焼き付けてきた。
今の俺なら、過去のデータと五感をフルに活用すれば、右の籠手を使わずとも何とかできるかもしれない。
いや、なんとかできる筈だ。
息を短く吸い込む。
すると、突如、突拍子もなく、巨大なオオカミと化した小鳥遊は笑い始めた。
自分を、そして、世界を責めるかのように轟く嗤い声は、何故か俺も悲しくなった。
『どうして……どうして、あんたは……』
小鳥遊は憎悪に満ちた声色で自分の感情を着飾る事なく、そのまま口から吐き出す。
『どうして、あんたは……!赤の他人は助ける癖に……!どうして、わたしを、……私の家族を、……助けてくれないのよ……!』
「……何の話だ」
『あんたはヒーローなんでしょう……!私みたいな人間未満の化物と違って、あんたは困っている人がいたら、誰でも助けてあげる、何でもできるヒーローなんでしょう……!悪人だろうが、赤の他人だろうが、助けを求めている人がいれば、誰でも救い上げる理想的なヒーローなんでしょう、あんたは……!!なのに、どうして……どうして……!!』
小鳥遊は4本の脚で砂浜を蹴り上げると、俺に鋭利な爪を突き立てようとする。
『どうして、私の家族を救ってくれないのよ……!!!!』
彼女の振り下ろした右前脚が、夜空を切り裂き、俺の頭上目掛けて振り下ろされる。
先程までの攻撃と違い、悪意も殺意も全く感じなかったので、俺は彼女の攻撃を避ける事なく、その場に留まる。
小鳥遊は俺が避ける気がない事を悟ると、攻撃を繰り出すのを中断した。
『……あんた、一体何を考えているのよ……!!死ぬつもりなの!?』
小鳥遊の目をじっと見つめる。
案の定、彼女の瞳には理性の光は灯っていなかった。
そして、彼女と同じように俺も自分の感情を着飾る事なく、そのまま吐露する事にする。
「この世界にヒーローなんていない」
一歩、彼女に歩み寄る。
「どんなに苦しくても、どんなに助けを求めても、都合良くヒーローはやって来ない。ピンチの時に駆けつけてくれるヒーローなんていない。……小鳥遊、ヒーローなんてもんはな、フィクションの世界にしか存在しないんだよ」
当たり前な事を淡々と口から吐き出す。
それが彼女にどのような影響を与えるのか分からないまま。投げつけるように、投げ捨てるように、俺は言葉を紡いでいく。
『……じゃあ、なんで……なんであんたは、困っている人を助けんのよ!?ヒーローだからでしょう!?ヒーローだから、あんたは悪人だろうが赤の他人だろうが片っ端から助けてるんでしょ!!??』
「立派な大人になるためだよ」
波の音しか聞こえなくなる。
俺の言葉を聞いた途端、小鳥遊は呆れたのか、言葉を発する事も動く事も忘れたかのように立ち竦んだ。
「小鳥遊。俺が走っているのは、誰かのためじゃない。自分のためだ。俺は立派な大人になるために、走り続けているんだよ」
優しく諭すように、俺は自分の思いを口にする。
「誰かのために走れる大人がカッコ良いだと思ったから。誰かの笑顔のために頑張れる大人が立派だと思ったから。俺もそんな大人になりたいと思ったから。だから、俺は今、ここにいる」
大切な事を思い出した。
小鳥遊の動きを完璧に先読みするのに必要な事は、筋肉の動きを見る事でも、五感で感じ取る事でも、過去のデータを集める事でもない。
必要なのは、目の前の人間を理解するための歩み寄りだ。
『…………嘘だ』
小鳥遊の身体から魔力と怒りが滲み出る。
『さっき、あんたは私に気づく事なく、通り過ぎようとしたのに。私の事なんて見向きもしなかったのに。なのに、あんたは、どの面下げて、"ここにいる"って言っているのよ……事情なんて全く知らない癖に。私の家族がどんな目に遭っているのか知らない癖に…………私が、どれだけ苦しんでいるのか知らない癖に』
小鳥遊の身体から零れ出た銀色の魔力が、竜巻のように巻き起こる。
砂浜の砂が夜空に舞うのを見つめながら、俺はその場で立ち続けた。
今の彼女に何を言っても通じないと思ったから。
『あんたがヒーローじゃない事は、よく分かった!!もうこれ以上、あんたに期待しない!!だから、もう拳を握るな!!私の前に立ちはだかるな!!私は"絶対善"を殺してみせる!!あいつを殺して、私は家族を救い上げて……』
「"絶対善"を殺した所で第二、第三の"絶対善"が現れる事になるぞ。むしろ魔族への偏見がより強固なものになってしまう」
『うるさい!!無関係なあんたが、何も知らないあんたが知ったような口を叩くな……!!』
「小鳥遊弟はお前が血に染まっても喜ばないぞ」
『うるさい!!!!そこを退け!!!!』
「退かない」
右の拳を握り締める。
「退いたら、お前が救われない」
『なら、私はあんたを殺す!!!!殺されたくなければ、今すぐそこから……』
「お前じゃ俺を殺せないよ」
小鳥遊の瞳に一瞬だけ理性の灯が灯る。
が、一瞬で狂気に呑まれてしまった。
今の彼女が極論に走りがちなのは、胎内に天使の核があるからだと理解する。
あれさえ取り除けば、彼女も冷静さを取り戻すだろう。
「だって、お前は俺と同じ人間だから」
『なら、あんたを殺して証明してやる……!私が人間未満の化物である事をね……!!」
「なら、俺はお前を止めて証明するよ。お前がただの人間である事を」
俺と小鳥遊は地面を蹴り上げる。
こうして、俺と彼女の最後の攻防が始まった。
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